ホンダN-BOX L・ターボ コーディネートスタイル(FF/CVT)
欲望が生み出した怪物 2022.04.09 試乗記 ニッポンのベストセラーカーとして無人の野を行く「ホンダN-BOX」。軽乗用車ゆえにライバル車とサイズもパワートレインのスペックもほとんど同じなのに、カスタマーからの圧倒的な支持を受けるのはなぜなのか。最新モデルで検証した。スシロー VS 2番手グループの図式
コロナ禍によるサプライチェーンの寸断や半導体不足などの逆風を浴び続けた2021年、日本で最も売れた軽自動車はお変わりなしのN-BOXだったそうだ。
台数は18万8940台。2020年との比較では96.4%と若干数は落としているが、それでも2位の「スズキ・スペーシア」や僅差で続く3位の「ダイハツ・タント」に対して、7万台前後の差をつけた。軽スーパーハイトワゴン(という呼び名もどうかと思うが……)カテゴリーにあって、そのシェアは完全に一頭地を抜いている。回転寿司になぞらえればスシロー級の存在感に、くら寿司やはま寿司がなんとか一矢報いようとしている様相という感じだろうか。
そしてこの2022年、N-BOXは2021年12月のマイナーチェンジを踏まえて、ほぼ月2万台のペースで売れまくっている。桜も咲いたばかりだというのにあらぬ皮算用だが、このペースでいけば登録車も含む乗用車総合の日本一を再び奪還しそうな勢いだ。ちなみに2021年の総合1位は「ヤリス」だが、ここには「ヤリス クロス」というハコ違いの親戚も含まれている(この原稿を書いたあとに、2021年度<2021年4月~2022年3月>の新車販売台数が発表されましたが、N-BOXがヤリスを抑えて年間1位になりました。その差はわずか120台。ホンダの意地を感じます)。
もはや日本では国民車という符号に特別に意味合いも感じない、それほどに多様なクルマがすみずみにまで普及している。でも、そんな中でなぜN-BOXは大勢の支持を集めるのだろうか。そんなことを考えながら、今回は400km近くの行程を一気に走りきってみた。
東京・青山のホンダ本社から借り出したのは真ん中のグレードにあたる「L」の「ターボ」。バイカラーと鉄チンホイールで愛らしくまとめられた「コーディネートスタイル」というトリムラインだ。これで青山通りを練り回す55歳のオッさんという絵面はホンダにとってはまあまあな嫌がらせだろう。
申し訳ないなぁと思いつつ走り始めてみると、以前に乗った記憶と比べても、CVTのつながり感がタイトで、地下からの急なスロープを上がって歩道をそろそろと横切りながら表通りを曲がって……という微妙な低速域でのコントロール性が高い。そのまま渋滞からの加減速が連続する昼間の青山通りでも速度が合わせやすく、エンジンの無駄吹けが抑えられていることが分かる。何か手が加わったかなと調べてみたら、2020年末のマイナーチェンジでCVTのマネジメントが見直されていたようだ。
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ただただ広い
全乗用車における軽の保有率が万年最下位の東京にいて、一般道のみならず首都高程度のスピードレンジにおいても、N-BOXはまったく過不足のない走りをみせてくれる。さすがに深夜のC1ともなれば曲げるのに気を使うかもしれないが、それは周囲のクルマが勝手に速く走っているという話であって、左車線を淡々と走るぶんには何の差し障りもない。ただし首都高は非人道的な合流を余儀なくされることの多い構造ゆえ、ターボは付いているに越したことはないだろう。
クルマを止めて、あらためて後席に座ってみる。ただただ広い。エンジンの存在も忘れそうな広さだ。80年代の初代「シティ」や「ワンダーシビック」に狂喜したオッさんにしてみれば、「MM(マンマキシマム/メカミニマム)思想」ここに極まれりの感がある。が、一方で、この背の高い空間をまっしぐらに喜べない自分もいる。
N-BOXのウェブサイトを見ると、後席を折り畳み、27インチのシティーサイクルを立てたまま積み込んだ写真が載っている。実はタントやスペーシアのウェブサイトでも搭載しているのは同じ、27インチのシティーサイクルだ。
例えば夕方から降ってきた雨で家族を駅に、夜は放課後に塾や習い事に行った子供をと、そういうお迎え時に自転車をほいっと積んで帰れれば、翌朝は駅まで送る必要がなくなるからお母さんも楽ちんと、そういうニーズがスーパーハイトワゴンの票田にはたくさんあるという。N-BOXはホンダの必殺技ともいえるセンタータンクレイアウトを採用して、後席折り畳み時のスペースのフラット化によってその利便性を一層高めたことが市場にもうまく理解してもらえていると聞く。ちなみに後席は座面をチップアップさせることで、植木などの背高モノも寝かさずに積むことができるという旨の説明もサイトに載っていた。
思えばスーパーハイトワゴンのパイオニアであるタントは、当初、その異質な背丈を正当化するために子育てを前面に押し出していた。ピラーレスボディーもフラットアレンジも、子供を着替えさせてのびのび遊ばせるのに便利と、CMではそういう打ち出しがなされていた覚えがある。察するにそれは同門の看板だった「ムーヴ」とのすみ分けに用いられていたキーワードなのかもしれない。
山間部でケチがつく
その狭所をもっと拡張して、暮らしをもっと広くカバーできるということをいち早く打ち出したのがN-BOXだった。そしてタントも現行世代では、ライフパートナーと銘打ってユニバーサル性を大きく唱えている。猛烈な高齢化で特異な人口構成となった狭い日本の、いかなる使い方もカバーし、いかなるユーザーも取りこぼさない。かくしてスーパーハイトワゴンは、クルマにおいて国民の中央値を射抜いているのかもしれない。
翌日もその乗り心地や細街路での速度調整のしやすさに感心しながら、環八を曲がって東名に乗った。向かうは伊豆方面。東京からなら週末のドライブにうってつけの場所だ。
高速への合流や巡航もターボのおかげでそこそこ楽に行えるし、朝の渋滞時には電動パーキングブレーキの採用で全車速対応を果たした追従クルーズコントロールが賢く応答して疲れを軽減してくれる。とにかく静かで快適だ。これで自動車税が1万なにがしで高速料金も2割引きとかズルすぎ。こりゃあ売れるわけだ。そう思っていたのは渋滞から抜けて交通量も少なくなる山間部に入るまでだった。
上屋の動きは速度が増すにつれて二次曲線的に高まっていき、ささいなヨーからもロールの量やスピードが大きく表れるようになっていく。横風や路面入力などの外乱にもリラックスしていられるのはいいところ100km/h巡航くらいだろうか。つまり、大半の法定速度内での性能は担保できているが、プラスアルファはちょっと望めそうにない。新東名の120km/h区間は路面状態も悪くないが、操舵や制動にまつわる車体の動きが読みづらく、そこまでスピードを上げることにためらってしまう。雨天時に大型トラックを追い抜くような場面はあまり考えたくない。
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全部入りを求めすぎた結果……
峠を越える際にも気になったのはやはりハンドリングだ。足まわりは上屋を支えておくので精いっぱいという感じで、カーブに入るたびにロールは速く盛大にやってくる。タイヤのグリップも低いが、それ以上に操舵感がなまくらで、曲げているという路面からの手応えはほとんど感じない。
考えればまったくもって当然なことだ。使い勝手のために両側面と後部を限界まで開口化したボディーに重いゲートやスライドドアを加えれば、その剛性も重量も重心バランスも惨事になることは想像に難くない。そうやって室内空間も積載性も乗降性もなんとか成立させて乗り心地も婦女子のタウンユースに合わせ込んだうえで、スタビリティーだハンドリングだと言われてもそれはむちゃ振り。難癖つけるんだったら「N-WGN」乗ってろよというのが口に出さずともつくり手の本音だろう。
が、動的にみて全然まともなN-WGNの2021年の販売台数は、N-BOXの3分の1にも満たない。後席に座っても前後席間に著しい差はなく、自転車はそのまま積めずとも積載性は手品でも見ているように鮮やかで、同じL・ターボ同士で60kg軽く、発表燃費も1割近く優秀で、値段は20万円以上安い……というのに、皆さんこぞってN-BOXをお求めになるわけだ。
それこそ今日びの回転寿司屋に行くと、3つくらいの価格帯の中で、馬刺しやまぜそばまで網羅されるメニューのなんでもありっぷりに人の業を姿見で映されているような気分になるわけだが、N-BOXが牛耳るスーパーハイトワゴンというカテゴリーからは、同質の匂いが感じられる。あれも欲しい、これも欲しい、でも給料上がんないから軽じゃないとだめ。その無理筋をもなんとかしようとメーカーが血道をあげて臨んだ結果、生まれてしまったこれは、欲望の怪物なのではないか。そんなモヤモヤが心の中で拭えない。
今までは無邪気に喜べたことでも、いろいろと考え直さなければならない。われわれはそんな岐路にいる。もしCO2を生活レベルから減量する危機感が本当にあるならば、この状況は見直す必要もあるだろう。ちなみに今回、N-BOXで特にエコランすることもなく普通に走ってみての燃費は16km/リッターを超える辺りだった。同じ行程を20km/リッターで走れるハイブリッドやディーゼルの登録車もいる。とあらば、軽としての整合性を保つためにやるべき取捨選択や意識改革は、ユーザーもメーカーも急務なのかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダN-BOX L・ターボ コーディネートスタイル
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1790mm
ホイールベース:2520mm
車重:920kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64PS(47kW)/6000rpm
最大トルク:104N・m(10.6kgf・m)/2600rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:20.2km/リッター(WLTCモード)
価格:190万9600円/テスト車=219万4500円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション フロアカーペット<プレミアムタイプ>(2万5300円)/ナビ&ドライブレコーダーあんしんパッケージ(25万9600円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:504km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:260.1km
使用燃料:15.3リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:17.1km/リッター(満タン法)/16.8km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。