実質130万円で電気自動車が買える!? 「日産サクラ/三菱eKクロスEV」の衝撃と波紋
2022.05.20 デイリーコラム戦略的価格設定と太っ腹な補助金の合わせ技
かねてウワサだった、日産と三菱による軽自動車規格(以下、軽)の新型電気自動車(EV)がデビューした。車名は日産版が「サクラ」、三菱版が「eKクロスEV」だそうである。両社のほかの軽乗用車と同じく、日産が設計開発して、三菱の水島工場で生産される。
そのパッケージレイアウトは既存の軽ハイトワゴン(日産なら「デイズ」、三菱だと「eKワゴン/eKクロス」)とほぼ同じく、実際プラットフォームや上屋構造にも共有部分は多いという。日産サクラの内外装デザインはほぼすべて専用(エクステリアの共通部分はフロントガラスのみ)だが、三菱版のデザインは基本的にガソリン車のeKクロスと同じだ。
電池や価格についても、2021年8月に公表されていた「電池容量は20kWh、補助金を想定した実質購入価格は約200万円」という目標どおりの仕上がりである。
サクラには3グレード、eKクロスEVは2グレードがあるが、おおざっぱには上級グレードが290万円台、量販を見込むお手ごろグレードが230万円台という構成は両車で共通する。230万円台のお手ごろグレードであれば、国から出る本年度の補助金(軽EVは最大55万円)を差し引くと、実質180万円台となる。当初計画より少し安く感じるのは、本年度の補助金が予想より太っ腹だったからでもある。それに加えて独自の補助金を出す自治体も少なくなく、たとえば東京都では、EVの個人購入に対して、本年度は45万円の補助が出る。これらを合計すると、東京における購入負担は実質130万円台(!)という計算になる。
大幅に引き下げられた経済的ハードル
EVといえば最大のツッコミどころである航続距離については、一充電あたりで180km(WLTCモード)をうたう。当たり前だが、この程度の航続距離では家族のファーストカーとして休日のレジャーで遠出するような用途には適さない。急速充電にももちろん対応しているが、もとの電池容量が小さいので、90kWだ130kWだといった大電流の超急速充電には対応しておらず、「時間あたりいくらの料金設定となっている日本の急速充電では、あまりうまみがない」とは日産も正直に認めるところである。
というわけで、サクラ/eKクロスEVをストレスなく使うには、自宅(もしくは日常的にクルマを保管する場所)が200V普通充電をできる環境にあることが大前提となる。日産の調査によれば「軽の場合、1日の走行距離が30km以下のお客さまが53%」だそうで、充電環境さえ整っていれば「1週間弱で一度の充電でも、サクラならストレスなく使えます」とのことである。
日産デイズのターボモデルの車両本体価格は、サクラと同じFWD車で170万円前後である。先進運転支援システム「プロパイロット」のあつかいなどを考えると、装備内容比ではサクラのほうがまだ割高だが、その他の自動車関連税や(普通充電で運用すれば)ガソリンより安価なエネルギーコストなどを考えると、トータルの経済性はガソリン車とEVでかなり拮抗した状態といえる。さらに東京都なら、比較対象は同じデイズでも自然吸気モデルとなり、走りのよさまで勘案すればEVのサクラのほうが割安という見方もできなくはない。まあ、これらはあくまで補助金ありきの話ではあるものの、サクラ/eKクロスEVがEVの経済的ハードルを一気に低めたことは間違いない。
気になる“軽2大巨頭”の動向
このような本格派の軽EVが登場すると、どうしても気になるのが、軽に社運をかけているダイハツとスズキの動向である。
ダイハツについては、2021年末の会見で奥平総一郎社長が「2030年に国内新車を100%電動化する」と表明したが、これはハイブリッドも含めた話だ。EVについては「シリーズハイブリッドの利点を生かして、しっかりした商品を2025年あたりに考えたい」と述べるにとどめている。対してスズキは、鈴木俊宏社長自身が国内向け軽EVについて、具体的な発言をしたことはほとんどない。いずれにしても、日産・三菱以上に軽依存度が高い両社だけに、現在は「純エンジンの軽では乗り切れそうにない新燃費規制をいかにクリアするか」でテンテコ舞い状態。EV事業はその次の話……というのが現実かもしれない。
そんななか、ダイハツとスズキは2021年7月に商用車分野での次世代技術対応を進める共同出資会社「コマーシャルジャパンパートナーシップテクノロジーズ(CJPT)」にともに資本参加することを発表した。CJPTはトヨタ、日野、いすゞの3社が発足させたものだが、そこにダイハツとスズキも加わることになったわけだ。その発表会見で「トヨタ、ダイハツ、スズキの3社で軽商用EVを協業するのか」と指摘されると、スズキの鈴木俊宏社長はそれを否定しなかった。軽EVでは決まったルートで運用される商用車のほうが早く普及すると一般的には予測されており、ダイハツやスズキもそう考えているのだろう。ただ、軽商用EVでの協業がうまくいけば、「次は乗用車」となるのは自然の流れにも思われる。
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EVがきっかけで世紀の協業が実現する?
ダイハツの奥平社長はかつての会見で、軽EVは「100万円台でないとお求めになっていただけないと思う」とも発言している。このことから考えると、軽EVの本格普及にはサクラ/eKクロスEVが実現したレベルを超える、さらなる低価格化が必要と考えているようだ。
日産も「サクラは日産軽のフラッグシップ」として、いきなりデイズや「ルークス」より大量に売れるとは想定していない。とはいえ、日産は「リーフ」の、そして三菱は軽EVの先達である「i-MIEV」のユーザーを抱えており、その代替需要として一定数が見込めるのは大きいといえるだろう。
加えて、ちまたではガソリンスタンドが減少し、燃料価格も高騰している。そのあおりでサクラ/eKクロスEVが予想以上に売れたりすると、ダイハツとスズキも、今のようなスピード感では許されなくなるだろう。協業だろうがなんだろうが、「軽EVを1日も早く出せ!」ということになりかねない。その場合はダイハツとスズキという軽の2巨頭が一気に手を組む展開もありえるのではないか? ただ、この2社を合わせると軽市場でのシェアは軽く6割を超える。手の組み方しだいでは独占禁止法にも抵触しかねないらしく、そこはむずかしいところだ。
(文=佐野弘宗/写真=日産自動車、三菱自動車、ダイハツ工業、スズキ、向後一宏、webCG/編集=堀田剛資)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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