第691回:一度来たらもう病みつき! プロが語るニュルブルクリンク24時間レースの魅力
2022.06.07 エディターから一言![]() |
2022年5月26日~29日にかけて、“世界一過酷な自動車レース”ことニュルブルクリンク24時間レースが今年も開催された。広大かついささか危険なコースと、バラエティー豊かなエントラント、お祭り騒ぎのギャラリーが織りなすこのイベントの魅力を、プロカメラマンが語る。
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観戦エリアは飲めや歌えやのお祭り騒ぎ
モータースポーツの取材といえばラリーばかりで、サーキットでのレースにはとんと縁のないボクだけど、ニュルブルクリンク24時間レースだけは別。初めて取材したとき、イベント全体の雰囲気のよさや、その規模のデカさに感動して、すっかりハマってしまいました。「グリーンヘル」とも称されるノルドシュライフェ(北コース)は広大で、撮影ポイントも無数。日本のサーキットじゃありえない場所で撮影が可能で、ラリーの取材でヤバイ瞬間を一通り経験したボクですら、「アカン、今日死ぬかも」と本気で思ったこともありました。そんなところもラリーと似ていて、ハマッた一因かも。
それ以上にステキだなあと思うのは、何日も前からキャンプしつつ、レースウイークをドンチャン騒ぎで過ごすイカれたギャラリーたち。だって、ヤツらときたらレースなんかほとんど見ないで(笑)、毎日毎日肉焼いて酒飲んで過ごすんですよ! 酒の量だって半端じゃなくて、ここは酒の問屋か? ってぐらいのビールケースの山、山、山。キャンプといったって普通のテントじゃないんです。表現がいいかはわからないけど、災害時の避難所レベルのでかいヤツとか、なかには小屋を建てる猛者もいる。ゆるキャンブームの日本なんて、彼らからしたらままごとレベルよ。電飾やミラーボールがギラギラ光り、でっかいスピーカーからEDMが大音量で流れ続け、もはやライブ会場と化した場所まであったなぁ。それとね、日本のサーキットじゃお酒なんて売ってないでしょ? ここでは、あっちこっちでバーが営業していて、常にお客さんでいっぱいなのだ。
昨年、一昨年と、厳しい来場規制のなかで行われたニュルブルクリンク24時間レース。今年は規制がなくなり元通りになったこともあってか、公式発表23万人の観客は、この2年間のさまざまなうっぷんを晴らすように、いつにも増してイベントを堪能しているようでした。いや、ほんとに楽しそうでしたよ!
メーカー系よりアマチュアチームが面白い!
今回で開催は50回目。それでも欧州のモータースポーツイベントとしては歴史の浅いほうだけど、舞台となっているニュルブルクリンクは、今では各メーカーが開発テストで親しんでいる場所だ。そんなわけで、このレースにもさまざまなメーカーが参戦しています。しかし今年は日の丸勢の姿が少なくて、常連のスバルが唯一のワークスとなりました。おなじみVA系「WRX STI」の仕様を変えて挑むも、深夜にクラッシュ。修復は不可能と判断し、リタイアを選びます。2年間のブランクは大きかったと認めた辰己英治監督だけど、「来年また戻ってくるから」とスッキリした顔で語っていたのが印象的でした。
日本絡みだと、ほかにもTOYOTA GAZOO Racing Europeが合成燃料で走るeFuels 98仕様の「GRスープラGT4」で参戦。ほとんど“ツルシ”の仕様とのことで速さは見せられなかったけど、見事に完走し、環境とモータースポーツの両立に挑戦する姿勢を示しました。
一方、総合優勝争いに目をやると、今年は有力チームが序盤から続々と脱落する波乱に満ちた展開に。去年の優勝チーム、Manthey Racingの「911 GT3R」もレース序盤にクラッシュしてリタイア。生き残ったアウディ勢とAMG勢の争いは、まるでスプリントレースのようなペースでフィニッシュまで続きました。24時間走って同一ラップ、しかもほんの数秒差のレースが続くなんて、信じられます?
……なんて、レースジャーナリストならそんな息詰まる展開をリポートしているところなのでしょうが、ボクは優勝争いにはあまり興味がなく(笑)、トップを競うセミワークス的な連中“以外”の、このレースを支える偉大なアマチュアチームに注目しています。こちらのかいわいでは、長年にわたり参戦している「オペル・マンタ」がレース直前に炎上し、参戦を中止。この悲報に多くのニュルファンが涙しました。が、そんなマンタ先輩の意志を継いで……かどうかは知らんけど、今年はニューカマーが活躍します。その名は“ロガン兄さん”(ボクが勝手に命名)です。
モータースポーツ先進国の器のデカさ
「ロガン」というのは、ルノーの傘下にあるルーマニアの自動車メーカー、ダチアが2004年に発売した4ドアセダン。なぜか日本で乗ったことがあるんだけど、安いこと以外に特筆すべき点のない、なんてことのないクルマでした。それでも実はモータースポーツでちょくちょく活躍していて、ラリーのヨーロッパ選手権でロガンを撮影したこともありました。過去にはS2000仕様のラリー車が開発されていたこともあったんですよ。……結局、参戦しなかったけど。
話をロガン兄さんに戻しますと、Ollis Garage Racingが走らせるこのマシンは、去年ニュル初参戦でいきなり完走を果たしたのでした。その走りは笑えるぐらい遅く、今年も1周目からすでに走るシケイン状態! にもかかわらず観客からは大声援が送られていて、欧州のモータースポーツファンの見識を見た思いでした。
後から知ったのだけど、ロガン兄さんの心臓部はルノースポールの2リッターにスワップされていたものの、トランスミッションは元のままらしく、そら走らんわ! というものです。そんなクルマでも参戦できて(もちろんレギュレーションに合致する必要はありますが)、観客からも歓迎される姿に、モータースポーツ先進国の器のデカさを感じた次第。2年連続で完走したロガンの走りは動画サイトでも公開されているので、興味のある人はチェックしてみてください。
一度来たらもう病みつき!
一方、総合優勝を果たしたのはAudi Sport Team Phoenixの「アウディR8 LMS」でした。24時間の緊張から解かれたチームは大騒ぎで、メカニックたちは表彰式にビールケースを持ち込んでビールかけを敢行! その手際のよさや慣れた雰囲気は、プロ野球で例えると常勝時代の西武ライオンズかヤクルトスワローズか。強いチームは喜びを表現することにもたけているんですねぇ。
今年は冬のように寒く、日曜午後にはやっぱり雨が降ったニュルブルクリンク。カメラマン的には危ないし大変だけど、撮りがいがあって生きている実感を味わえるイベントでした。誰もが認めるめちゃくちゃ危険なコースと、そこをさまざまなレベルのエントラントが混走するレース。ひたすら飲んで食べて騒ぐ、愛すべきギャラリーたち。日本ではありえない光景は、一度経験すると病みつきになること間違いなし。それは競技参加者も同じのようで、長年にわたりさまざまなチームから参戦し、今年久しぶりにニュルに帰ってきた木下隆之選手の「ニュルは麻薬みたいなもの」という言葉が的確に表現していると思いました。
日本からだとドイツは遠いけど、皆さんもぜひ、合法的にブッ飛べるイベントを一度味わいに来てください。次はボクも、キャンプサイトで焼きそばでも焼きながら取材したいと思ってます。
(文と写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)

山本 佳吾
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