第43回:“静かで快適”はもう古い! 新型「レクサスRX」が体現する新しい高級車の潮流
2022.06.14 カーテク未来招来 拡大 |
トヨタが、レクサスブランドの基幹を担う高級SUV「RX」の新型を発表(参照)。大きく手が加えられたプラットフォームや、新しいパワートレインの採用に見る狙いとは? 車両に触れ、開発者への取材を通して、“エンジン付き高級車”の新しいトレンドを探った。
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“半分スピンドルグリル”の狙いは?
ご存じの向きも多いと思うが、今日におけるレクサスの最量販モデルは、RXなのだそうだ。レクサスの最大市場は昔も今も米国で、2021年の販売台数は30万4476台を数える。その3分の1以上を占めるのが、11万5320台を販売したRXなのだ。レクサスの米国販売におけるSUVの販売台数は22万7487台なので、ブランド内でSUVの占める比率は74.7%。そのなかでもRXは半分以上を占めることになる。
ちなみに、世界全体で見てもレクサスの販売に占めるSUVの比率はおよそ3分の2に達している。セダン系の車種が主流だった時代は、とうの昔に過ぎていたのだ。
そんなレクサスブランドの大黒柱であるRXの次世代モデルが、日本時間の2022年6月1日に公開された。新型RXは、すでに発売されている新型「NX」や、同年4月30日に公開されたEV(電気自動車)専用モデル「RZ」とともに、レクサスの“ネクストチャプター”を体現するモデルであり、その内容が注目されていた。
リアピラーまわりの造形に先代のイメージを残しながらも、新型RXは、よりソリッドな面と鋭角なプレスラインで構成されたダイナミックなデザインになった。特に目立つのが、上半分がボディーパネルと同色になった新しいスピンドルグリル……ではなく「スピンドルボディー」である。
このスピンドルボディーは、EVのRZから採用され始めたのだが、RZではエンジン車ではグリルとなる部分がボディーと同色で、その両側を黒く塗った「ネガポジ反転」(トヨタ)のデザインを採用していた。これに対し、エンジン車である新型RXでは、もう一度グリルの機能を考え直し、下半分だけでも機能を保てることが分かった。そこで上半分をボディーと同色にするという、新しいアイデアが生まれたという。
グリルとボディー同色部分との境目は非常に巧妙にデザインされていて、デザイナーの苦心がしのばれる。そのかいあって、これまでのスピンドルグリルではちょっとくどく感じられたものが、上手に緩和されている感がある。
プラットフォームを大幅につくり直す
新型RXのネクストチャプターを体現する2番目のポイントは「対話できるクルマ、走って楽しいクルマ」への挑戦だったという。これは、2016年1月のデトロイトモーターショーにおいて、豊田章男社長が高級クーペ「LC」の発表の席で紹介した「『レクサスは退屈だ』と言われた」というエピソードに端を発する。それ以来、レクサスは運転して楽しいクルマを追求してきた。RXはその最新の成果というわけだ。
本気度は、ベースとする「GA-K」プラットフォームを大改造したことに表れている。具体的には、リアサスペンションの構造を従来のトレーリングアームを使った4リンクのマルチリンク式(カタログ上は「ダブルウイッシュボーン(スタビライザー付)」と記載されている)から、5リンクへと変えたのだ。当然、アームの取り付け点も変わるから、後部座席より後ろのフロアまわりは全面的に刷新された。これは大きな変更といえる。
GA-Kプラットフォームは、言わずと知れたトヨタの新世代プラットフォーム「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」ファミリーのなかで、基幹ともいえるC/Dセグメントを担うものだ。現行車種では「RAV4」「カムリ」、レクサスブランドでは「ES」や「NX」といった中核車種に使われている。
部品や設計の共通化を狙って導入されたTNGAで、RXだけ異なる構造を採用することは、開発の効率化という点では明らかにマイナスだ。それでもRXで新たな形式のリアサスペンションを採用した理由について、新型RXのチーフエンジニアである渡辺 剛氏は、「アンチスクォート特性を向上させるため」と説明している。webCG読者には説明するまでもないと思うが、スクォートとは発進時や加速時の車体後部の沈み込みのこと。アンチスクォートとは、それを抑制する性質を指す。
実のところ、アンチスクォートのことだけを考えれば、従来のトレーリングアームを用いた4リンク式でも対応は可能なはずだが、ピッチング(車体の前部が持ち上がって後部が沈み、次の瞬間には逆に前部が沈み込んで後部が持ち上がるような運動)やノーズダイブ(制動時の車体前部の沈み込み)といった、その他の車体の姿勢変化も含めての安定化を考えれば、設計の自由度の高い5リンク式のほうが対応しやすい。このあたりは、やはり5リンク式リアサスペンションを採用した「マツダCX-60」と通じるところがある。新型RXとCX-60は、車体の大きさも近いアッパークラスのSUVである。その両者が、そろって5リンク式リアサスを採用したのは興味深い。
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新開発のハイブリッドシステムの狙い
一方、パワートレインでのハイライトは、最も高出力なグレード「RX500h」に新開発のハイブリッドシステムを搭載したことだ。現在、トヨタが採用している「THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)」は、発電用のモーターと駆動用のモーターを使う2モーター式のハイブリッドシステムで、駆動用モーターの駆動力とエンジンの駆動力を、遊星歯車機構を使って合成し、これらの駆動力配分を変えて無段変速する仕組みになっている。
これに対して日産やホンダが採用しているシリーズハイブリッド方式では、エンジンを主として発電に使い、駆動力は主にモーターで得るため、大出力のモーターが必要となる。これに対してTHSは、駆動力をエンジンとモーターの両方から得るため、モーターがシリーズ方式に比べて小型で済み、システムコストが抑えられる。かつてはさまざまな方式にトライしたトヨタも、現在はすべてのハイブリッド車にこのシステムを搭載している。
ところが、である。驚いたことにトヨタは今回、RX500hに2.4リッター直4ターボエンジンと6段自動変速機(6段AT)の間にモーターを組み込む、1モーター式のハイブリッドシステムを採用したのである。その理由を渡辺氏に聞くと「2.4リッターターボの大トルクをダイレクトにタイヤに伝えるため」という回答だった。THSのように複雑な行程を介することなく、エンジントルクをタイヤに伝え、ターボの弱点であるターボラグはモーターによるアシストで補うという考え方だ。変速ショックがないのがTHSの特徴だったはずだが、今回は走る実感を高めるため「有段ギアの楽しさを味わえるよう」あえて6段ATと組み合わせたのだという。
先述のとおり、このシステムではエンジンと変速機の間にモーターを内蔵するが、エンジンとモーターの間にはトルクコンバーターではなく湿式多板クラッチを搭載してパワートレインからエンジンを切り離せるようにしている。トルコンではなく湿式多板クラッチを採用している点も、先に紹介したCX-60の8段ATと似ているところだ。
このように新型RXは、今日におけるトヨタ車の基盤であるTNGAをベースとしながらも、多くの部分に独自技術を採用している。また、その狙いも「対話できるクルマ」であり、これはCX-60の目指す「カラダの延長のようなクルマ」に通じるところがある。エンジンを持たない高級EV(電気自動車)が続々と登場するなか、エンジンを搭載する高級車は静かさや乗り心地ではなく、運転する楽しさに存在価値をシフトしていることを実感した。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=トヨタ自動車、マツダ、webCG/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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