第45回:お隣から黒船来航!? 「ヒョンデ・アイオニック5」を日本のライバルと比較する
2022.07.12 カーテク未来招来![]() |
最新の電気自動車(EV)「アイオニック5」を引っさげ、日本市場に再参入した韓国ヒョンデ・モーター。アイオニック5は、車体サイズ、価格帯ともに「トヨタbZ4X」「スバル・ソルテラ」「日産アリア」と重複するところのあるライバルだ。そこで今回は、この韓国製最新EVを日本のライバルと比較してみよう。
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2030年までにEVの販売を187万台に
トヨタ自動車が肝いりの新型EV、bZ4X(スバルからは姉妹車のソルテラ)を発売し、日産自動車からも最新モデルのアリアや軽乗用EVの「サクラ」(三菱自動車からは姉妹車の「eKクロスEV」)が登場するなど、日本でもにわかに活気づいてきたEV市場。そうしたなかで日本に再参入したのが韓国ヒョンデ・モーターだ。
ヒョンデは2022年3月に開催した「2022 CEO Investor Day」フォーラムで、EVの世界年間販売台数目標を、従来の「2025年までに56万台」から「2030年に187万台」に引き上げ、世界シェア7%レベルを確保するという新たな目標を掲げた。ヒョンデのコロナ禍前(2019年)の世界販売台数は447万6000台なので、187万台という台数はその約4割にあたる意欲的な数字だ。
ヒョンデのEV戦略の要となるのがEV専用プラットフォーム「E-GMP(Global Modular Platform)」である。トヨタの「e-TNGA」や日産の「CMF-EV」がFWD(前輪駆動)を基本にするのと異なり、E-GMPは独フォルクスワーゲンの「MEB」と同じく、RWD(後輪駆動)を基本とするのが特徴だ。
E-GMPは今回のアイオニック5にも採用されており、次いでヒョンデは2022年内に「アイオニック6」、さらに2024年には「アイオニック7」の販売を計画する。このほか、高級ブランドのジェネシスや、子会社のキア・モーターでもE-GMPをベースとしたEVを展開している。
ただし、ヒョンデは早くも2025年には次世代のEVプラットフォーム「IMA(Integrated Modular Architecture)」の導入を予定している。EV用プラットフォームの刷新はフォルクスワーゲンも計画しているほか、公表はされていないもののトヨタも2020年代半ばに次世代のEVプラットフォームを投入するといわれており、2025年頃には世界の多くの完成車メーカーが次世代のEVプラットフォームを採用した車種を市場に投入することになる。
技術的な見どころは日本勢より多い
RWDを基本にするのに加え、E-GMPの2番目の特徴として挙げられるのが、SiC(シリコンカーバイド)インバーターを採用することだ。SiCインバーターは、従来のSi(シリコン)素子を使ったインバーターに比べて、電力変換時の損失を大幅に減らすことが可能だ。これにより、Si素子を使ったインバーターに比べて航続距離を5%延ばすことができたという。SiC素子を使ったインバーターは、bZ4Xやアリアではまだ採用されておらず、トヨタはレクサスブランド初のEV専用車「RZ」のリアモーターで、自社の量産車として初めて採用することを表明している。
また充放電システムが800Vの高圧充電に標準で対応しているのもアイオニック5の特徴である。800V充電では、わずか18分で80%まで充電でき、5分の充電で100kmの走行が可能になる。これに対してアリアやbZ4Xは400Vまでにとどまっており、高速充電という点ではアイオニック5が上回る。もっとも、日本ではまだ800Vの高圧充電設備がほとんどなく、当面の間は宝の持ち腐れになってしまいそうだが……。
このように、アイオニック5はbZ4Xやアリアといった日本勢に対して、技術面でリードしていると言っていい。他方で、車体寸法やホイールベースなどはかなり日本勢に近い。アイオニック5の全長は4635mmでちょうどbZ4Xとアリアの中間程度だが、全幅は1890mmで日本の2車種より広い。そしてホイールベースも3000mmと、日本の2車種より長い。
モーター出力は、アイオニック5のFWD仕様の場合160kWで日本の2車種とほぼ同じだが、AWD仕様では225kWでbZ4Xを上回る。そして航続距離は、SiCインバーターの効果か、バッテリー容量あたりで計算すると最も長くなっている。そして、ここが大きなポイントだと思うのだが、ベース車種の価格は479万円と、bZ4Xやアリアよりもだいぶ低い。1年ほど前までは、米テスラの「モデル3」もベースモデルの価格が500万円を切っていたのだが、現在では600万円近くに値上げしてしまっている。そう考えると、このアイオニック5の価格はかなり割安感がある。
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インターフェイスに見るアドバンテージ
さて、前置きが長くなったがアイオニック5で走りだしてみよう。発進はEVらしいスムーズな感触だ。踏み込めばモーター駆動ならではの力強い加速も楽しめるが、普通に走っているぶんには穏やかな走行特性である。ボディー剛性も高く、段差などを乗り越えても車体がだらしなく振動することなどない。ただ、このあたりはbZ4Xなど他のEVでも同様で、それほど特徴的な部分はない。
アイオニック5で感心したのはユーザーインターフェイスの工夫である。bZ4Xの場合、ドライバー正面の小さなディスプレイと、インストゥルメントパネル中央の大型ディスプレイに分かれていて、正面のディスプレイに表示される情報はかなり絞り込まれている。これに対し、アイオニック5はドライバー正面とインストゥルメントパネル中央に2枚の大型ディスプレイを備えており、ドライバー正面のディスプレイの情報もかなり豊富だ。
例えばウインカーを右に出すと、ドライバー正面のディスプレイには車体右側の映像が映し出されて、後方からの車両が来ないかを確認できる。バックするときなどは、中央のディスプレイに車両を上から俯瞰(ふかん)した画像が大きく表示されるので、周囲が確認しやすい。通常、こうした画像は車両周辺の4台のカメラからの映像を合成しているのだが、よく見ないと分からないくらい巧妙につなぎ目が処理されているのに感心した。今回は残念ながら都内の一般道のみの試乗だったので、高速での走行は試していないが、運転支援システムなどの表示も大きくて分かりやすそうだ。こういったユーザーインターフェイスの工夫は、少なくともbZ4Xとの比較(アリアは未試乗)では、アイオニック5のほうが上回っていると思った。
意外と伸びなかった電費
逆にいくつか期待はずれだった点もある。今回は先ほども触れたように、主に都内の一般道路を走ったのだが、電費は5km/kWh程度(車両の電費計の表示)で、カタログ値の約7km/kWhにはだいぶ及ばなかった。冷房を使用していたとはいえ、bZ4Xに試乗した際には同じく冷房を使用していて7km/kWh程度の電費(同)だった。それと比べて、大きく見劣りする。SiCインバーターの効果はどこにいってしまったのかと、ちょっといぶかしく思ったほどだ。
もうひとつはデザインについてである。アイオニック5の外観は、シャープな線や角張ったランプ類で構成された個性的なもので、これはこれでいいと思うのだが、内装は柔らかい面や線で構成されたデザインで、どうも外観と雰囲気が一致しない。ヒョンデ・ジャパンの担当者に聞くと、これはあえてそうしているもので、内装はリラックスできることを重視して、クルマではなく住宅などの内装をイメージしてデザインされているそうだ。確かに言わんとすることは分かるのだが、シャープなデザインのエクステリアを見たあとで室内に入ると、少し面食らってしまう。著者だけなのかもしれないが、この違和感は最後まで消えなかった。
まとめると、デザインの好みや、やや期待はずれの電費を除けば、アイオニック5は高い価格競争力を備えたEVといえる。米国市場では2022年の1~4月のEV販売で、ヒョンデとその子会社であるキア・モーターは合計で、テスラに次いで2位の実績を上げている。日本でも知名度が上がっていけば、アイオニック5はbZ4Xやアリアの強力なライバルになりそうだ。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=ヒョンデ・モーター、鶴原吉郎<オートインサイト>、山本佳吾、webCG/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。