第237回:初めての水没
2022.07.25 カーマニア人間国宝への道自宅の床よりもフェラーリの床のほうが低い
7月12日の夜。東京でもかなりの雨が降っていたが、隣の埼玉県は、とんでもない豪雨に見舞われているとニュースが伝えていた。東松山市周辺が特にひどく、水害の発生に厳重に警戒してください、と。
私はまだ一度も水害に遭ったことがない。自宅は杉並区内を流れる中小河川(善福寺川)にほど近く、大雨が降ると必ず警戒警報が聞こえるが、被災したことはまだない。
唯一の被害は、近所の野球場が水没して草野球の練習が中止になったことくらいである。この野球場、水害を防ぐための調整池を兼ねているので是非もなし。
実は自宅の被災よりも心配なのは、フェラーリの水没だ。自宅の床よりもフェラーリの床のほうが低いのである。
その懸念は28年間、ずっと頭の片隅に抱いている。川の水があふれたら、大雨のなか自走して、少し高いところに退避させなきゃなぁ、と思い続けてきた。
ただ東京都の水害対策は着々と進んでいて、特に環状7号線の地下に巨大な調整池(トンネル)ができてからは、ほとんど心配しなくなった。
一方、東松山市では、3年前に大きな水害が起きている。東松山市には、弊社スタッフ・安ド二等兵の実家がある。安ドの実家は大丈夫かなと軽い懸念を抱きつつ、眠りについたのでした。
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セクシージャンボの安否やいかに
翌朝。安ド二等兵から電話がかかってきた。
「実家が床上浸水しちゃいました!」
なぬー!? 床上!? 床下じゃなく床上!?
「軽トラの安否はわかりませんが、取りあえず、これから実家に駆けつけます」
あっ!!
そういえば軽トラ、安ドの実家で預かってもらってるんだった!
2021年6月に購入した人生初めての軽トラ、1990年式「ダイハツ・ハイゼット トラック ジャンボ」。さまざまな試練を乗り越えて、おおむね使命を終えたので、秋のイベントに出演させたら手放そうと思い、それまで安ド実家の広大な屋根付きガレージに保管してもらっていたのである。
秋のイベントとは、私が主催する「大乗フェラーリミーティング」。今年は「遅いクルマ祭り」と称し、遅いクルマたちの加速対決を行う予定だった(フェラーリは、遅いフェラーリでも速すぎて参加できません)。
床上浸水じゃジャンボ、ダメかな……。取りあえずバッテリーは水につかっただろうな。エンジンも床下だからつかったかもな。でもなんだかんだで無事かもな。そんな根拠のない楽観的な見通しを抱いていたが、午後、安ドより写真付きの報告が入った。
「ここまでいっちゃってました」
なんとぉ! ヘッドランプの上に最高水位の痕跡があぁぁぁぁぁぁぁ!
ネットで「水没車」を検索してみたところ、「フロアより上まで浸水した場合は水没車扱いになります」とある。フロアどころか、ダッシュボードまでいってるだろ……。
まさか東松山で水没するとは。「山」なのに。安ドによると、近くに川があるわけではなく、排水溝の網にゴミが詰まって、安ド実家と隣の2軒だけ浸水したらしい。
とにかく、廃車は避けられまい。それより安ド実家のほうが心配だが、ご家族は無事ってことでなによりだった。
ジャンボよ、安らかに眠ってください……。
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水害の恐ろしさが身に染みる
数日後、ジャンボをみとりに行った。みとるというより死に顔と対面する感じですが。
ジャンボは、屋根付きガレージの下に、割と平然とたたずんでいた。安ド実家は床上浸水で大損害、畳や床は全滅状態。いわゆる「水害ニュース」そのままの光景だったが、ジャンボは何の問題もないように突っ立っている。
が、よく見れば、間違いなく致命傷を受けていた。ヘッドランプの中が金魚鉢! ドアを開ければ、グローブボックス内にあった車検証も水浸し! ここまで水没したら、たとえエンジン内部はまだ無事でも、電装系は確実にアカンだろう。
一応脈を取るイメージで、バッテリーの電圧を測ってみると、コンディションは「GOOD」と出た。キーを回したら電源も入ったが、よくわからないカチカチ音が鳴り響く。まだ生きてるみたいでしのびないが、涙をのんで廃車屋さんを手配しよう! ジャンボには申し訳ないけれど、「フェラーリ様じゃなくてヨカッタ~」というのが本音だし!!
それにしても水害は恐ろしい。クルマも家も、数時間水につかっただけで大変なことになるんだねぇ。つーかクルマは即死するんだねぇ。潜水艦ってすごいなぁ。
皆さま、増加する自然災害に備えてください。クルマは潜水艦にはなれませんから。
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。