第768回:世界のどこでもフリーパス!? ステランティス車は世界最強の「Suica」だ!
2022.08.04 マッキナ あらモーダ!1店で2度おいしい
今日、ある意味で「最強の自動車は?」というのが、今回の話題である。
英国イングランド地方の自動車販売店グループMotorvogue(モーターヴォーグ)は2022年6月24日、東部ノリッジに新たなショールームをオープンした。ひとつの建物の半分がアルファ・ロメオの、もう半分がDSオートモビルの販売用施設になっており、「プレミアムステランティスブティック用ショールームデザインを実現した拠点としては世界初」という。同店は2022年3月からSNSを通じ、「何のブランドが入るでしょう?」といった、いわゆるティザーのメッセージを発信していた。
イタリアをゆかりの地とするFCAとフランスを本拠とするグループPSAの経営統合によるステランティスの誕生から1年半。今後日本を含む世界各地で、同様の“伊仏ハイブリッド”のショールームが誕生するかもしれない。
統合の効果は、筆者が生活するイタリアでも、さまざまなかたちで見られるようになってきた。
「eビレッジ」は、ステランティス誕生前夜の2020年12月、旧FCAがトリノにオープンした環境対策車特化型ショールームである(本欄第696回参照)。昨2021年11月のことだ。建物の前を何気なく通り過ぎてからどこか違和感を抱き、振り返ってみてその理由が分かった。なんと、シトロエンの街乗り用電気自動車(BEV)「アミ100%エレクトリック」が鎮座していたのである。ウィンドウの向こうにいるショールームのスター「フィアット500e」よりも前に出てきてしまっているその配置に、企業統合が行われた事実をあらためて実感した。
2022年6月には、ステランティスによって、イタリア郵便会社にオペル車約1万7000台が納められることが発表された。今回は納入先の環境目標達成基準にしたがい、BEVとハイブリッド車、そして天然ガス仕様車が選ばれ、ステランティス系のリース会社を通じて供給される。この国の郵便車といえば、基本的にフィアット車だった。筆者が住み始めた四半世紀前からの記憶のなかでも、「900T」に「フィオリーノ」、そして「パンダ」と、すべてフィアットである。ゆえにオペルの郵便車は、これまたグローバル企業誕生の反映といえる。
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画期的な相互乗り入れ?
2022年6月、トリノ・ミラフィオーリにあるFCAイタリー(注:ステランティスのイタリア国内オペレーションは、今日でもこの名称が用いられている)の施設を訪れたときのことだ。守衛所で、以前では考えられない光景を目にした。「シトロエンC4」が入っていったのである。従来、この施設にはフィアットやランチア、アルファ・ロメオ、マセラティといったFCA関連ブランドの車両しか入構できなかった。日本メーカーの工場に系列ブランドの車両しか入れないのと同じである。出迎えてくれた広報のスタッフに確認すると、「ステランティス系のみ入構可」にルールが変更されていた。
ステランティス傘下のブランド数は14にものぼる。そのルールが他国にも適用されているとすると、グループのいちブランドのクルマに乗っていれば、欧州大陸、英国(ボクスホール)、米国(クライスラー、ダッジ、ラム)のどこでも関連施設に入構できる。おそらく中国をはじめとする他の地域も同じであろう。これは個人的に、日本で鉄道などの乗車券システムとして「PASMO」と「Suica」が共通になったとき以上の出来事だ。英国のコンサルタント会社が毎年、査証(ビザ)なし渡航できる国・地域の数を基準に発表する“最強のパスポート”になぞらえれば、ステランティス車は今日最強のクルマに違いない。
たとえ「メルセデス・マイバッハSクラス」や「ロールス・ロイス・ファントム エクステンデッドホイールベース」に乗っていても、ステランティスの施設においては、エリア外に路上駐車しなくてはいけない。対して、初代フィアット・パンダでも、「プジョー206」でも、とにかくステランティス系ならば入構オーケーなのは痛快だ。
アウトビアンキやインノチェンティ、タルボといった、消滅したものの、いまだにステランティスが商標権を維持しているブランドで乗りつけるのも面白いかもしれない。ただし守衛さんを困らせるのは、ほどほどにしよう。
ムッソリーニでもできなかったこと
ステランティスと入構可能な車両ということで、最後にもうひとつ。
同じトリノのリンゴット地区にあるフィアット旧本社は、第746回で記したように、2022年2月にIT企業のリプライに売却された。6月、筆者が現地を訪れてみると、すでに玄関には「REPLY」の文字がはめられていた。
それはともかく、ちょうど駐車場に入っていくクルマを見ると「フォード・フォーカス」だった。
思えばこの歴史的建物では、1923年のこけら落とし(実際の完成は翌年)以来、フィアット系車両以外の入構は許されなかったはずだ。そのルールは、所有権の移転とともに撤廃されたわけだ。
あのドゥーチェ(統帥)ことベニート・ムッソリーニは政権全盛期の1939年、ミラフィオーリ工場の落成式に愛車アルファ・ロメオで乗りつけてしまっている。だが、それ以前の首相就任翌年の1923年、リンゴット本社訪問ではフィアットが差し向けたと思われる同社製「トルペード」の後席に収まっている。1932年の再訪でも、リンゴットの直後に訪問した施設の映像からすると、どうやらフィアット製と思われる車両だ。
そうした意味では、あのムッソリーニでもなし得なかったことを、その新興企業は成し遂げてしまったのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Motorvogue、ステランティス/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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