第769回:失敗ばかりの時代にあらず! エスプレッソの国で生きていた「ユーノス・プレッソ」を発見!
2022.08.11 マッキナ あらモーダ!イタリアにおけるマツダファン
今回はイタリアにおける、あるマツダファンのお話を。
1950年代後半から1960年代前半生まれのイタリア人自動車ファンが、マツダと聞いて真っ先に思い出すのは、「ロータリーエンジン」であることは間違いない。自身の青春時代と自動車の黄金時代が重なる彼らからは、「当時“夢のエンジン”の情報を収集すべく、自動車雑誌を読みあさったものだ」といった昔話を聞く。実際のマツダ車の普及はアルプス以北より遅くても、ブランド名だけが先に知名度を上げてしまったのである。
いっぽう1980年代生まれ以降のマツダファンの多くは、歴代「MX-5(日本名:ロードスター)」の愛好者である。それを証明するように、イタリアにも「マツダMX-5イタリア」「レジストロ・イタリアーノ・マツダMX-5」「MX-5ミアータ・クラブ」といった組織が存在する。同時にネット上にはさまざまなフォーラムが立ち上げられ、活発な議論が行われている。
今回紹介するのは、それらとは違う視点からマツダ車を楽しんでいる、ある紳士のお話である。
流れ着いた米国仕様
そのマツダ車を発見したのは2022年の初夏、筆者が住むシエナと同じ県にあるモンテプルチャーノでのことだった。一帯は風光明媚(めいび)なことと、標高が高いために好天でも猛暑に至らないことから、毎週末のように自動車系ミーティングや走行会が催される。クラブなどの主催者の本拠地は他州と地元の双方だ。
その朝、モンテプルチャーノにやってきたのは後者の人々であった。古いクルマならどのようなブランドでも参加OKという、おおらかな会だ。
プログラムも「朝に集合。ツーリングを楽しんで、ランチを食べて解散」という、ゆるいものであった。残念ながら、筆者が居合わせたのは、ツーリングの半ばに盛り込まれた広場での展示のみであった。しかし、そこに見慣れぬクルマがたたずんでいるのを発見した。「マツダMX-3(日本名:ユーノス・プレッソ/オートザムAZ-3)」である。筆者の四半世紀におよぶイタリア生活でも、それを見るのは初めてだ。
参加者たちの大半は、広場を見渡せるバールで、朝のエスプレッソコーヒーを傾けているようだった。そこでオーガナイザーに頼み、MX-3から離れていた持ち主を携帯電話で呼び出してもらうことにした。
まもなく茶色のTシャツを着たオーナー、ビーノ・フェさんがやってきた。筆者がマツダと同じ日本出身であると自己紹介してから、さぞ捜索に苦労したでしょう? と聞いてみた。
「珍しいクルマですが、実は1年ほど前、自宅から数km離れたガレージで発見しました」と教えてくれた。そして「3年ほど不動状態で保管されていたものです。間違いなくラッキーな発見でした」と、当時を振り返る。
なぜ手に入れようと思ったのか? との質問には、「1.8リッターという小排気量のV型6気筒エンジンを搭載していることでした」と目を輝かせながら答えてくれた。
「北米仕様の珍しい装備が装着されていることも、購入を決めたきっかけでした。例えばこれです」
そう言って実演してくれたのは、自動装着式シートベルトである。シートに腰掛けてドアを閉めると、Aピラーに待機していたベルトがレールに沿って後方へとスライドし、乗員に装着される。1980~1990年代に数々の米国車や外国車の米国仕様車に見られた装備である。
「後部用ナンバープレートの貼り付けスペースも米国規格です」。なおイタリアの陸運局では、標準の横長規格ナンバープレートが収まらない車両の場合、ビーノさんのMX-3のような長方形ナンバープレートを発行してもらうことが可能だ。
ベル・エポックの日本車
ビーノさんは50歳。普段の仕事はプロ運転手であるが、かつては修理工場や板金工場での勤務も経験してきたという。そう話しながら、手元のスマートフォンで、膨大な車歴をぱらぱらと見せてくれた。紹介する写真は、その一部にすぎない。
彼にとってのクルマ選びの基準を聞いてみた。
「必ずしも(金銭的に)価値のあるクルマである必要はありません。大切なのは、他車とは明らかに異なる独自性、オリジナリティーです」
ビーノさんは、前述したMX-3のエンジンや米国仕様によるエキゾチック性と同様に、そのスタイルについても熱く語る。
「美しい丸みは、当時の日本車を象徴するピュアなスタイルです。日本車が非常にきちょうめんで、特徴的だった時代を体現しているのです」。ビーノさんの目に映るMX-3は、まぎれもなくベル・エポック(美しい時代)の日本車なのだ。
筆者個人の述懐をお許しいただければ、MX-3/プレッソとともに、1990年代のマツダ系ブランド車でデザイン的に興味を抱いていたのは「ユーノス100」「マツダ・ランティス」であった。日本車にしては珍しく前部と側面、そして後部のデザインの連続性に、ほぼ破綻がみられなかったからだ。また、ユーノスの「コスモ」や「500」は、やみくもに威圧感を漂わせるライバル車とは一線を画するデザインであった。
残念ながら当時のマツダを語る際、初代ロードスター/MX-5ミアータの成功と、トヨタや日産を模した国内販売系列5チャンネル化の失敗のみが回顧される。それに対して、ロードスター以外のデザイン的洗練が評価される機会が少ないのは惜しいことである。
そうした意味で、その週末に偶然出会ったビーノさんの自動車趣味を、筆者は高く評価したい。自身の確固たる理由と基準をもってクルマを楽しむ人との出会いと語らいは、著名コンクールを訪れるのに匹敵する楽しみを与えてくれるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>、Bino Fé/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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