第249回:なにごとの おはしますかは しらねども
2023.01.09 カーマニア人間国宝への道見た目も走りも上品
「次の月末『シビック タイプR』をご用意できますが」
サクライ君からのメールに、思わず「ヤッター!」とつぶやいた。
奪い合いのホンダ・シビック タイプR。2022年末で完全に売り切れたらしいシビック タイプR。一生乗る機会はなかろうとあきらめていたが、サクライ君が、ソイツに乗せてくれるという。ありがたいことだ。カーマニアの純粋な娯楽として試乗させていただきます!
当日。
わが家にやってきたシビック タイプRは、ホンダのタイプRらしく、「チャンピオンシップホワイト」に塗られていた。いつも思うことだけど、白のタイプRは、ボンネットにデカい日の丸をつけたら猛烈に似合いそうだ。実物を見たことはないが。
ベースのシビックが、おっさん殺しの端正なスポーツセダン(正確にはハッチバック)にリボーンしたので、今度のシビック タイプRは、とっても上品でカッコいい。リアスポイラーも理性的な形状だ。工作精度もメチャ高いらしく、ドアの開け閉めの感触は完全に高級セダン。スパルタンな究極のFFスポーツといったイメージはまるで湧かない。
走りだすと、見た目同様、走りも上品だった。エンジンにも6段MTにもステアリングにもとがった雰囲気はなく、ただただつくりのいい一級品としか感じられない。首都高で「+R」モードにブチ込めば豹変(ひょうへん)するのだろうか? さあ行くぜ、タイプRよ!
首都高への合流車線、まずは「コンフォート」モードでアクセル全開だ。
「シュオオオオオオオ~~~~ン」
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馬鹿になれない
なんというスムーズさだろう。しかもターボをほとんど感じない。ターボを感じないターボエンジンは大抵退屈なものだが、このフィーリングは自然吸気の「VTEC」に近い!
「スポーツ」モード、そして+Rモードに変更すると、足まわりはどんどんハードになり、首都高のジョイントでは激しい縦揺れとなって脳をゆさぶるが、それでもじゃじゃ馬感が全然ないのは、完成度の高さゆえだ。さすが、あらゆる媒体で絶賛されているだけのことはある。
がしかし、個人的には全然物足りない。このクルマ、あまりにも理知的すぎる! アントニオ猪木は「馬鹿になれ」という名言を残したが、それができない! タイプRなのに!
思い起こせば、3代目シビック タイプRは、狂ったようにサスが固くて馬鹿だった。ターボ化一発目の4代目タイプRも、アクセル全開でトルクステアも全開。それだけで「ヒャッホ~!」と馬鹿になれた。5代目はかなり大人になったけど、見た目(特に後ろ姿)がかなり馬鹿だった。
でもこの6代目は、見た目も走りも大人そのもの。もはや聖人君子と言ってもいい。ジャイアンが出木杉君になっている!
オレ:サクライ君、これじゃつまんないよ!
サクライ:そうですか?
オレ:サーキットでは最速だろうけど、公道じゃ刺激がない! 公道では「シビックe:HEV」のほうが楽しいよ! あっちは本物の自然吸気だし。
サクライ:そういえばそうですね。
オレ:そう考えると、e:HEVのハイブリッドシステムってすごいよね。タイプRより刺激的なんだから!
サクライ:そういう意見は初めて聞きました。
オレ:とにかくオレは断然シビックe:HEVを支持するよ! これ買っても、車庫にしまっといて値上がりを待つしかないもん!
サクライ:了解です。
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アメリカ人カーガイの聖地巡礼
そう結論が出たところで、辰巳PAに到着した。今夜はすいているなぁ、どこに止めようかなぁと奥に進むと、そこにはなんと、サスが狂ったように固くて馬鹿だった3代目シビック タイプRがあぁぁぁぁぁぁっ!!
うおおおおとコーフンしつつ、1台分を空けて隣に止め、オーナーさんに声をかけた。
「アイムアメリカン」
ええっ!? どう見ても日本人だけど、アメリカ人なんですか!?
「イッツァレンタカー」
げえっ! 確かによく見りゃ「わ」ナンバー! 「おもしろレンタカー」のステッカーが貼ってある!
聞けば、彼はロサンゼルス在住のアメリカ人(26歳)で、愛車は初代「マツダMX-5ミアータ」。ひとりで来日して今日このレンタカーを借り、初めての右ハンMTに苦戦しつつ、榛名、赤城と『頭文字D』の聖地を巡り、湾岸に来たという。
そうか……。そうなのか。
彼は新型シビック タイプRを「初めて見た」と目を輝かせていたが、そりゃそうだろう。オレだって今日初めて見たんだから。「乗ると出木杉君で、馬鹿になれないクルマです」なんて説明は無用だ。
シビック タイプRはもはや買えないクルマだけれど、こうして確かに誕生し、おそらく最後のタイプRになるだろう。そして今後10年20年と、彼のような外国人がレンタカーで乗り、聖地巡りをするのかもしれない。
つまりシビック タイプRは、日本の文化遺産なのだ。文化遺産にケチをつけても無意味! オレが買うならe:HEVにするとか、そんな議論は完全に馬鹿! これは富士山とか法隆寺とか、そういう存在なのだから。
ああ、シビック タイプRが日本にあってよかった。
「なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」(西行法師)
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。