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EVの普及が世界の電力危機を救う!? 日産が提唱する“逆説”のEV必要論

2023.03.03 デイリーコラム 林 愛子

加速する日産のEV戦略

日産自動車は2023年2月4日から3月1日まで、持続可能なモビリティーの在り方を提案するイベント「Nissan FUTURES(ニッサン フューチャーズ)」を開催。神奈川・横浜のグローバル本社ギャラリーにコンセプトカー「Max-Out(マックスアウト)」を展示したほか、パネルディスカッションやスペシャルプレゼンテーションなどを行った。

2月21日にはV2X(Vehicle-To-Everything)とバッテリーの2次利用をテーマにした「Nissan FUTURESパネルディスカッション-EVエコシステムへの取り組み」をオンラインでも配信している。メッセージの根底にあるのは、2021年11月発表の長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」であり、その先には日本政府が掲げる2050年のカーボンニュートラルがある。本稿ではパネルディスカッションの内容を中心に、日産の電動化戦略についてリポートする。

以前より日産は、2030年までに「15車種のEVを含む23車種」の電動車両を投入すると公表しており、上述のパネルディスカッションでもそう述べていたが、2月27日付でその目標値を「19車種のEVを含む27車種」に上方修正した(参照)。これによって、2030年度時点のニッサン、インフィニティの両ブランドを合わせた電動車のモデルミックスは、グローバルで従来見通しの50%から55%以上へ上昇するという。あわせて、主要市場における2026年度の電動車の販売比率も上方修正し、特に欧州では75%から98%へと、「もう電動車しか売らない」といってもいいレベルにまで増やした。

日産が電動車戦略を加速させるために重視するテーマが、V2Xとバッテリーの2次利用だ。2月21日のパネルディスカッションでは日産およびパートナー企業の専門家が登壇し、自然エネルギー財団の西田裕子シニアマネージャー(気候変動)をモデレーターに、さまざまな観点から情報を発信した。

「Nissan FUTURES」の会場となった日産本社ギャラリーにおいて、ステージ上に展示されたコンセプトカー「マックスアウト」。
「Nissan FUTURES」の会場となった日産本社ギャラリーにおいて、ステージ上に展示されたコンセプトカー「マックスアウト」。拡大
日産 の中古車

EVの普及は再エネの利用拡大に欠かせない

パネル前半のテーマはV2X。世界的に太陽光や風力といった再生可能エネルギー(再エネ)の需要が高まっているが、自然由来のものだけに発電量が安定しないという課題がある。以前から、大容量の蓄電池を載せたEVには再エネの不安定さをカバーするバッファとしての期待が寄せられているが、それを実現するには、EVを電力網に連結するV2G(Vehicle-To-Grid)技術が欠かせない。

日産自動車グローバルEVプログラム&エナジーエコシステムビジネス部のユーグ・デマルシエリエ担当理事は、「EVはA地点からB地点に移動するための手段というよりも、A地点からB地点にエネルギーを運ぶものという認識だ。例えば自宅で再エネを使って充電し、移動先で電力を提供する(放電する)といった使い方ができる」と述べた。充電に要する費用を電力提供で得られる収入が上回れば、ユーザーにとってもメリットがある。

「再エネの利用拡大には電力網と蓄電環境の整備が必須」と指摘するのは、V2G技術に強みを有するドリーブ社のエリック・メベリックCEOだ。問題意識の背景にあるのは地球温暖化問題だけではない。欧州でも地政学リスクから電気価格が高騰し、日本と同様に安全保障上の課題との認識が広がりつつあるという。また、米国でV2G事業を展開するヌービー社のグレゴリー・ポイラスCEOも、当地での電力価格高騰に触れ、再エネ利用拡大と電力価格の安定化のためには「V2X技術でEVを系統に接続することが重要」と述べている。

EV普及のために再エネを拡大するのではない。地球規模の世界の課題に立ち向かうには、再エネが必要であり、その利用拡大のカギを握るのがEVでありV2Xということだ。

大容量のバッテリーを搭載したEVが電力網とつながり、「電気を蓄え、運ぶツール」として機能すれば、不安定な“再エネ発電”をカバーするバッファとなるという。
大容量のバッテリーを搭載したEVが電力網とつながり、「電気を蓄え、運ぶツール」として機能すれば、不安定な“再エネ発電”をカバーするバッファとなるという。拡大

4つの“R”に取り組むフォーアールエナジー

パネルディスカッション後半のテーマは「バッテリーの2次利用について」。登壇者は日産自動車 経営戦略本部担当の真田 裕常務執行役員、欧州日産自動車エネルギービジネスユニットのソフィアン・エルコムリ ディレクター、フォーアールエナジー社の堀江 裕代表取締役社長だ。モデレーターは引き続き、自然エネルギー財団の西田裕子シニアマネージャーが務める。

ここでの主役はフォーアールエナジーだ。“エコな取り組み”としてはリユース、リデュース、リサイクルの「3R」がよく知られているが、同社は「車載バッテリーを回収して再利用するリユース、ニーズに合わせてモジュールを組み換えるリファブリゲート、再販売のリセール、資源を再利用するリサイクル」を「4R(フォーアール)」として事業展開してきた。欧州でも6年前から同様の事業を展開し、スペインのエネルギー供給会社やオランダ・アムステルダムのスタジアムなどに導入実績があるという。

日産の真田常務は「EVエコシステム」と「バッテリーエコシステム」という2つの視点について説明した。“エコシステム”とはもともと生態系を意味する用語で、ここではEVが事業や交通インフラとして成り立ち、環境負荷低減に効力を発揮するための環境整備と理解してもらえればいい。今回のパネルディスカッションでは、前者のEVエコシステムは主として“再エネ”のようなゼロエミッション電力を利活用する充電・給電システム構築のことを指し、パネル前半のV2Gはこちらに深く関係する話題だった。後者のバッテリーエコシステムは、バッテリーの生産から資源化・廃棄までの、ライフサイクル全体のシステム構築のことで、フォーアールエナジーの取り組みそのものだといえる。

「EVエコシステム」と「バッテリーエコシステム」という、2つの分野における取り組みを説明した日産自動車の真田 裕常務執行役員。
「EVエコシステム」と「バッテリーエコシステム」という、2つの分野における取り組みを説明した日産自動車の真田 裕常務執行役員。拡大

大事なのはビジネスとして成立するか否か

バッテリーエコシステムの構築に関して、重要な役割を担うフォーアールエナジーの現状を、堀江社長は「いまは2010年に発売された初代『リーフ』のバッテリー回収が始まったところ。販売台数に応じて回収対象も増えるので、これからバッテリーの回収量が増えていくだろう。すでに2次利用の実績もあるが、役目を終えたバッテリーから資源を抽出するリサイクル技術については、まだまだこれから」と説明する。

一方で、日産の真田常務は「現時点ではバッテリーの回収が大きな課題。車載のバッテリーを回収するには本格的なソリューションを構築しなければならず、そのためには個社(日産単独)ではなく、さまざまな企業とパートナーシップを組む必要がある」と、企業の垣根を越えた取り組みの必要性に言及した。

また日産は、バッテリーエコシステムのさらなる展開にも期待を寄せている。現状はバッテリーの劣化がEVの価値下落に直結するため、中古EVは売りにくく買われにくいが、バッテリーの2次利用市場が活性化すれば、残存価値が高まって中古市場も活性化する可能性が高い。EVが売りやすくなれば、それは新車の販売台数にも好影響をおよぼし、普及にも一層の弾みがつく。

2次利用市場の健全な活性化は、CO2削減やカーボンニュートラルにも貢献し得るが、実現可能性はビジネスとして成立するか否かにかかっている。自動車に限らず、リサイクルやリユースは利益を出すことが容易ではない。アイデアを結実させるには他社を巻き込み、業界全体の取り組みにすることが最難関にして最重要の条件といえそうだ。

バッテリーの再生事業を担うフォーアールエナジーの浪江事業所。
バッテリーの再生事業を担うフォーアールエナジーの浪江事業所。拡大

幅広い消費者とのコミュニケーションの場として

最後に、Nissan FUTURESというイベントそのものの意義についても触れておきたい。

既述のとおり、パネルディスカッションでは再エネを核とした循環型社会におけるEVの必要性や、EV/バッテリーエコシステム構築におけるV2Gとバッテリー2次利用の重要性について語られたのだが、目新しい話題があったわけではない。しかし、このディスカッションは誰でも参加・視聴できるイベントの一環として開催されたものであり、コンセプトカーの実車展示なども含め、「Nissan FUTURES」は日産オリジナルの小さなモーターショーであった。

自動車業界/自動車メーカーが広く情報を発信する場としてのモーターショーの存在意義は、ここ10年ほどですっかり薄らいでいる。現状は、そこにコロナ禍がとどめを刺した格好だ。しかし、V2Gを使った電力の需給調整やバッテリーの回収、2次利用の推進には、消費者を含め幅広い層の理解が必要不可欠である。と同時に、日産としても消費者のインサイトをより深く知りたいところだろう。それもあって、日産は1カ月間にもおよぶ長期イベントを開いたのではないか。商品を売り込むPRから、“パブリックリレーションズ”という言葉が本来意味するところのPRへの回帰である。メーカーのPR活動は、新たなフェーズを迎えているといえそうだ。

(文=林 愛子/写真=日産自動車/編集=堀田剛資)

およそ1カ月もの長きにわたり開催された「Nissan FUTURES」。モーターショーのような大規模イベントが衰退するなかにあって、今後は自動車メーカーが、直接社会や消費者に訴えかけるイベントを主催するようになるのかもしれない。
およそ1カ月もの長きにわたり開催された「Nissan FUTURES」。モーターショーのような大規模イベントが衰退するなかにあって、今後は自動車メーカーが、直接社会や消費者に訴えかけるイベントを主催するようになるのかもしれない。拡大
林 愛子

林 愛子

技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。

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