第750回:ガルウイングのコンセプトカー「ビジョン111」が登場 メルセデスデザインの最先端に触れる
2023.06.20 エディターから一言アイコニックラグジュアリーに不可欠な4つの要素
メルセデス・ベンツは定期的にデザインのワークショップを開催している。自動車のデザインは何かと秘匿事項がからむので、日本のメーカーはほぼ絶対にこうしたイベントはやらないし、外国のメーカーもあまり積極的ではない。「他がやらないならウチはやろう」という発想は、過去を振り返ってみてもメルセデスらしい所業であり、何よりいまのメルセデスデザインを率いているゴードン・ワグナー氏のリーダーシップによるところも多いと考えられる。大盤振る舞いというか、よほどの自信の表れか、いずれにせよ、2017年の第1回では現在のデザインコンセプトである“Sensual Purity(センシュアルピュリティー)”のお披露目を行っているので、近未来のメルセデスデザインのヒントがちりばめられていることだけは確かである。
毎回テーマが据えられていて、5回目となる今回は「Creating Iconic Luxury(クリエイティングアイコニックラグジュアリー)」だった。場所はサンディエゴ空港からクルマで約40分に位置する“IDCカールスバッド”で、ここはメルセデスデザインの北米拠点でもある。ちなみにその昔はクライスラーのデザインセンターだったところ。「現在、ラウンジとして使用されている場所は以前、アイアコッカのオフィスでした」なんて聞かされると、「そういえば“ダイムラー・クライスラー”なんて時代もあったな」と感慨深くなる。
ゴードン・ワグナー氏によると、アイコニックラグジュアリーにはアイコニックプロダクツとアイコニックブランド、アイコニックピープル、アイコニックスタイルという4つが不可欠で、例えばアイコニックプロダクツはシャネルの「No.5」、アイコニックブランドは「オレンジ色のH」に象徴されるエルメス、アイコニックピープルはジョルジオ・アルマーニ、そしてアイコニックスタイルはルイ・ヴィトンのモノグラム柄などを指すそうである。これをメルセデスに当てはめると、それぞれ「300SL」(ガルウイング)、マイバッハ/メルセデス・ベンツ/AMG、ゴットリープ・ダイムラー/カール・ベンツ、そしてスリーポインテッドスターとなるから、メルセデスは4つのすべてを備えた正真正銘のラグジュアリーブランドである、ということらしい。
デザインはテクノロジーとより密接に
デザインワークショップでは毎度、主役的コンセプトモデルのお出ましがある。2022年は、AMGがプラットフォームから独自に開発を進めている電気自動車(BEV)のスポーツカー「ビジョンAMG」だった。それに相当する今年のモデルが「Vision 111(ビジョンワンイレブン)」である。ご覧のとおり、ビジョン111は「C111」をオマージュしたデザインが特徴で、もちろんドアはガルウイングタイプである。ゴードン・ワグナー氏いわく「C111はメルセデスデザインの歴史上におけるアイコン的存在であり、ガルウイングもまたC111と300SLに採用されたアイコン的存在です。だからビジョン111のこのカタチは新しくもあり必然でもあるのです」とのことだった。
また彼は、「今後のデザインはテクノロジーとより緊密な関係になる」とも語っている。ビジョン111はミドシップのようなフォルムをしているが、フロア下にバッテリーを搭載するBEVで、リアにYASA製のコンパクトなモーターが2つ装備されていて、それぞれで後輪左右を駆動する。YASAは英国の電気モーターメーカーで、2021年にメルセデスが買収、完全子会社化している。ビジョン111に採用されているモーターは、従来の3分の1というコンパクトなサイズが特徴。ビジョン111の全高は1170mmしかなく、これが実現できたのはパワートレインの小型化も大きく寄与しているそうだ。
「そこまで小さいモーターなら、小型車にも使わないのか」との質問に、開発担当役員は「そうしたいのは山々だが、いまはまだコストとの兼ね合いで難しい。取りあえずはスポーツカーで採用し、原価が下がってくれば将来的には当然小型車への採用も考えている」とのことだった。内燃機からモーターになった時点で、パワートレインが占めるスペースはずいぶん小さくなり、BEVはパッケージの自由度が増した。さらにモーターが小さくなり、バッテリーまでもが小さくなると、クルマのデザインはどこかの時点でドラスティックな変貌を遂げる可能性があるかもしれない。
エクステリアデザインは、「EQS」や「EQE」で導入したフロントエンドからルーフを介してリアまでつなぐ“ワンボウ”のコンセプトを踏襲している。フロントグリルにLEDのヘッドライトを組み込み、ノーズが低くボンネットに相当する部分が極端に短いフロントフェイスはインパクトがある。インテリアにもフロントグリルのような横長のパネルがあり、「次世代のMBUXハイパースクリーン」を表現しているとのこと。通常はバケットタイプのシートは、自動運転時にバックレストがリアのバルクヘッド部分に収納され、ラウンジシートに様変わりするという。スポーツカーといえども、ラグジュアリーな要件は満たしているというわけだ。
チャットGPTの実証実験もスタート
量産型のモデルの一部には“マニュファクチュアプログラム”を本格展開することも発表された。日本でも「Gクラス」などで“マニュファクチュア仕様”がすでに販売されていたが、このプログラムはそれこそ本革シートのステッチの色や種類までもオーナーの好みで選べる、いわゆるカスタムオーダーメイドサービスだ。ゆくゆくは新車購入時だけでなく、中古車などにも対応していく予定だとか。気に入って長く乗り続けたものの、ちょっと内装の雰囲気に飽きてきたなんてときにリフレッシュできるのはいいかもしれない。マイバッハに用意された「ナイトシリーズ」という仕様は、その名のとおり内外装ともに黒でまとめたもの。アメリカ人には「So Cool!」なんて評されていたけれど、実際にこんなのに後ろにつかれたら、さっさと道を譲ってなるべく近寄りたくない雰囲気満載である。
デザインとは直接関係ないけれど、とあるデモカーにも乗せてもらった。実はメルセデスは2023年6月16日に、米国内で「MBUX」に「チャットGPT」を搭載する実証試験を開始した。すでにMBUX対象のモデルを所有していれば、ソフトウエアをダウンロードするだけで使えるようになる。3カ月間の期間限定で、どのように活用されるのかを検証するという。デモカーでは「ハイ、メルセデス。近くのビーチに行きたい」と話したら3つのビーチを紹介してくれて、「ひとつ目のビーチはどんな感じなの?」と聞いたら、そのビーチの歴史やたまにサメが来るなんて情報も提供してくれた。実証実験とはいえ、メルセデスのこの動きの早さには驚いた。
発表したら少なくとも5年以上は新車で販売するクルマのデザインはすぐに廃れないように、時代や流行を先取りする必要があるが、今後はいま以上に、最先端技術を直ちに採り入れるような柔軟な対応も求められるだろう。
(文=渡辺慎太郎/写真=メルセデス・ベンツ/編集=藤沢 勝)

渡辺 慎太郎
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