トヨタの豊田章男会長は本当に運転がうまいのか?

2023.07.11 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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トヨタ自動車の豊田章男会長は、社長時代からモータースポーツのいろいろな競技に参戦していますが、本当に運転がうまいのですか? プロレーサー並みのテクニックをお持ちなのですか? 忖度(そんたく)抜きで教えてください。

そもそも「運転がうまい」というのはどういうことか。その定義はないわけですが――「速く走れる」「タイムがよければいい」というのはレーシングドライバーに求められることで、われわれ自動車メーカーの人間においては、「クルマが走っているときに起きている現象を正確に設計者に伝えられる」のが第一義になります。そして、いずれにしても、運転がうまくなるためには、練習をしなければなりません。

しかし、この「運転の練習をする」というのが、一般の人にとってはものすごくハードルの高いことなのです。普通のスポーツとは違って、サーキットに通うことが前提になるなど、時間とお金、特におカネがものすごくかかります。クルマは傷むし、タイヤもどんどんなくなりますし……。現実的に、よほどのお金持ちか、生活すべてを捨ててのめり込んだ人でないと、うまくはならない(苦笑)。そういう世界です。

ところが、自動車会社で、なかでも実験部みたいなところに配属されると、これが“会社の仕事”としてできるようになるわけです。タイヤなんか倉庫に山のように転がっている。しかも、どのメーカーもテストドライバーを養成するプログラムを用意しています。大変恵まれた環境で、時間をかけて練習に励むことができるのです。

なにしろ、わざわざサーキットに行かなくても、自分のところにテストコースがあります。特に冬場、雪道となったコースで練習するとクルマの挙動がよくわかるようになり、確実に運転はうまくなります。

で、話は豊田会長です。

よく言われるように、豊田章男さんは成瀬 弘さんというテストドライバーからの「あなたのようにクルマの運転のこともわからない人にああだこうだと言われたくない」という言葉に一発奮起して、運転の練習をするようになりました。これは本当です。

最初は、クルマを何台も壊しながら、とことん練習していましたね。普通の経営者ならゴルフに行ったり高級クラブで飲んだりという時間をすべて運転の練習に費やした。そのように、普通の人の何倍も練習できたかいあって、比較的短時間で運転がうまくなりました。もちろんそれは、レーシングドライバーのような速さというよりは、主にクルマの評価をするための“うまさ”ですけれども。

トヨタの場合、テストドライバーの運転資格は、初級・中級・上級と分かれていて、どの部署のひとでも受験できます。しかし、それだけではまだスキルとしては十分ではないとの観点から、実験部署の人間のためだけに、そのさらに上のランクが2つ設けられています。S1(スペシャル1)と、最上級のS2(スペシャル2)です。章男さんは、そのS2にまで到達しています。(※編集部注:かく言う多田さんもS2取得者)

S2になったころは、それはもう、相当うまかったと思いますよ。今現在は? さすがに練習からは遠ざかっていらっしゃるでしょうから……。どれくらい鈍っているかは、私にはわかりません(笑)。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。