第816回:珍品「マレリの家庭用ラジオ」が教えてくれること
2023.07.13 マッキナ あらモーダ!ヴィンテージという言葉
皆さんは「ヴィンティッジ(もしくはヴィンテージ)」という言葉をどうお使いだろうか。「Vineyard(ワイン畑)」などと同じ「Vin」という語頭から想像できるように、本来は良質のブドウが採れた、いわば当たり年や地域を明記したワインを指した言葉である。
今やファッションや時計、家具などのさまざまな世界に、それぞれのヴィンテージイヤーといわれるものがある。
自動車の世界でも、ヴィンテージという言葉が氾濫している。時には「ランボルギーニ・ミウラ」や「マセラティ・ギブリ」まで、ヴィンテージと表現するファンがいる。ただし、気をつけてほしいのは狭義の「ヴィンテージカー」は、第1次世界大戦終結翌年の1919年から世界恐慌が発生した1930年までの生産車だ。米国と欧州の双方で自動車産業が大きく成長した時期を指す。
まあ考えてみれば、スーパーカー/グランツーリズモのヴィンテージイヤーは、欧州のそうしたクルマたちが米国でもてはやされた1960年代から1973年の第1次石油危機前夜までとみることができるから、やみくもに目くじらを立てるのもよくないだろう。
今回は、先日リサイクルショップで見つけた、ちょっとヴィンテージなラジオをもとに、話を展開することにしよう。
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ラジオマレリとは?
先日、シエナ市街のリサイクルショップを訪れた。本欄第770回で記したジャンニ氏が営む店である。前回は「トヨペット・クラウン」のモデルカーについて記したが、彼の店には懐かしい家電も数多く入荷する。店の周囲には1980年代に造成・分譲された集合住宅が立ち並ぶ。当時働き盛りで購入した住民たちは、一斉に高齢化している。ゆえに、日本でいう終活をするお年寄りや、もしくは不幸にも亡くなった人の家族が持ち込んだものであることが容易に想像できる。
そうしたなか、今回見つけたのは「マレリのラジオ」だ。正しいブランド名はラジオマレリという。
そういえば日本の大手自動車部品サプライヤー、マレリが2022年7月、東京地裁に簡易再生を申請してから1年が経過した。
マレリの始まりは、電気技師エルコレ・マレリ(1861~1922年)が、34歳だった1895年にミラノで開業した小さな家電工場である。創業当初の主力製品は扇風機だった。リサイクルショップのジャンニ氏も「イタリアでマレリの家電といえば、扇風機の印象が強いよ」と証言する。
そのマレリが第1次世界大戦の終戦翌年である1919年、フィアットと合弁で設立したのがマニエッティ・マレリであった。「magneti」とは草創期の自動車に用いられた「マグネトー」(永久磁石を用いた点火装置)を意味する。以後マニエッティ・マレリは、電装品メーカーとしてフィアットとともに成長。第2次大戦後の1967年には、母体であるマレリが株式を手放したことにより、完全にフィアットのものとなった。黄金時代は1980年代だ。マニエッティ・マレリグループはカレッロやイェーガー、ソレックス、ヴェリア・ボレッティといった、古典車ファンにはおなじみのそうそうたるブランドを次々と手中に収めた。
1994年にはフィアットの意向で、同じく系列サプライヤーであったジラルディーニと統合され、新生マニエッティ・マレリとなる。しかし2018年になるとFCA再建計画の一環として、先にカルソニックカンセイ株の買収を終了していた投資会社KKRの傘下であるCKホールディングスに売却される。翌年に社名が変更され、マレリは日本に本拠を移すこととなった、というわけである。
話をラジオマレリに戻そう。この製品は扇風機をつくっていた“本家”マレリの製品と思われがちだが、それは正しくない。旧マレリは第2次大戦中から主に電気機関車の製造、つまり重工業に軸足を移している。いっぽうで、ラジオマレリはマニエッティ・マレリの子会社として1930年に設立された会社だ。いわば自動車部品メーカーの経営多角化だったのである。
ラジオマレリはオープンリール式テープレコーダーなども手がけたが、前述した1967年のフィアットによる買収を機にマニエッティ・マレリと統合される。
今回発見したラジオマレリは1960年代に生産された「RD299」という真空管式である。中波専用だ。サイズは横幅×高さ×奥行き=27×15.5×10.5cm。繊細な縦型のスピーカーグリルと、大胆なダイヤルのコントラストが絶妙である。そのダイヤルを包括したインジケーターのデザインも洒脱(しゃだつ)である。色も上品だ。当時の家庭内では、さりげなさと凛とした存在感という、相反する要素を見事に醸し出していたに違いない。
その後ラジオマレリ部門は1970年代に再び本体から切り離され、トリノの企業に売却される。以来、商標はいくつかの企業を転々とし、テレビも手がけられたが、さしたる成果は上げられず今日に至っている。そうした意味で、RD299はラジオマレリにとって、最後に輝いていた時期のプロダクトのひとつだ。
トランジスタのセールスマン時代
実は、同じコーナーで別のラジオを発見した。
ひとつは松下電器製「ナショナル-パナソニックRKF220モデルR-8 6石トランジスタラジオ」である。サイズは横幅×高さ×奥行き=17.5×7.5×7cmと、ラジオマレリと比較してかなり小さい。上部のふたを開けると、イヤホン入れになっている。このあたりの気づかいが松下製らしい。
インターネットを検索すると、サーモンピンクやベビーブルーと呼ばれる水色、さらにブラックの仕様もあったことが確認できる。今日のオークションの出品元は米国が中心なので、当時は輸出を主にした商品だったことがうかがえる。
いくつかの出典によれば、RKF220の製造年は1964~1965年ごろである。一部国での広告コピーは「Small Wonder」であった。1960年代の松下電器は自社のデザイン力を向上させるべく、日系デザイナーのアラン・シマザキを招聘(しょうへい)。インターナショナル工業デザイン(IID)を設立している。RKF220がシマザキの息がかかった製品かどうかは不明である。だが、それ以前の同社製ラジオと比較すると格段に洗練されていることからして、少なくとも当時の松下電器の社内に、製品の形態をより良いものにしようという機運が存在したことが、その明快なフォルムから伝わってくる。
もう1台はソニー製4バンドトランジスタラジオである。1960年代末から1970年代初頭の、やはり輸出に重きを置いたモデルと思われる。強固な筐体(きょうたい)のつくり、各スイッチのしっかりとした操作感は、日本のわが家にあった同社製「ソリッドステート11」(本連載の第197回を参照)とも共通する。ものづくりに対する高いモチベーションがあふれていた時代の製品だ。前述の真空管のラジオマレリを駆逐したのは、こうした日本製トランジスタラジオだったのである。
実はもうひとつ、こちらは笑える小型ラジオがあった。なんと「トーキョー」というブランドである。どう見ても日本ブランドではない。製造業者もスペックも見当たらないうえ、上述の日本製の2機と比較して明らかにつくりが大ざっぱである。そもそも「TOKYO」の書体が、一昔前の米国におけるアジア料理店である。日本製品が世界を席巻していた時代、どうにかメイド・イン・ジャパンに間違えてもらえるようにとつくった商品と思われる。日本ブランドは憧れだったのである。
1962年に欧州を訪問した当時の池田勇人首相が、フランスのド・ゴール大統領から「トランジスタ(ラジオ)のセールスマン」と揶揄(やゆ)されたというのは、よく語られてきた話である。本当にド・ゴールがそう述べたのかどうか、謎の部分があることは、2021年に静岡大学の鈴木宏尚氏が『外国データベース』に執筆している。しかしながら、トランジスタラジオが自動車よりも一歩先に、国際舞台で日本を象徴する製品であったことは間違いない。リサイクルショップの品々は、それぞれの国のヴィンテージ期を教えてくれる。
たった7年でヴィンテージ?
ヴィンテージといえば、2023年初夏にこのようなことがあった。女房の「Apple Watch Series 2」のバッテリー持ちが悪くなってきた。そこで市内にあるアップルのオーソライズドリセラーに持っていったら、店員はこうのたもうた。「もうイタリアの正規店では電池交換できません」。そしてこう付け加えた。「こういうヴィンテージモデルは」。
おいおい、たとえ38mmサイズ(文字盤)といえどステンレスケース+ミラネーゼループで、リリースされた2016年にはそれなりの値段がした。にもかかわらず、たった7年でヴィンテージ呼ばわりされるとは。初代「iPod」などは先史時代の扱いかもしれぬ。電子ガジェットの新陳代謝のスピードは、到底クルマの比ではない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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