第823回:“廃墟ツアー”でわかる自動車ディーラーの衰退と新たな傾向
2023.08.31 マッキナ あらモーダ!廃墟の先輩
スキーリゾート、ニュータウン、温泉旅館……近年、動画投稿サイトを閲覧していると「廃墟探訪」が目立つ。なかには、100万回以上再生されている投稿もみられる。
イタリアでもそうした動画はある。「2006年トリノ冬季五輪に合わせて競技場脇に建てられたが、閉幕後倒産してしまったホテル」といった、社会派を匂わせる内容もある。ただし、多くの再生回数は10万回程度だ。日本の視聴者は廃墟好き、と捉えることもできる。
いっぽうで、他の視点もあろう。イタリアでは日本のバブル経済時代より先に、1950年代末から60年代初頭にかけて奇跡的な経済成長を遂げている。そして後年、人々は資金が枯渇、放置された建築物に、日本よりひと足早くに直面していたのだ。今日でも自治体や政府の補助金支給停止で、建設の途中で放棄されてしまった建屋があふれている。イタリア人はこうした風景に、ある種慣れっこになっているのである。
事情をまだあまり知らなかった1990年代末、放置されたサッカースタジアムを発見したときだ。不思議に思ってイタリア人に聞くと、当たり前のように「ファッリータ(倒産)だよ」と言われて驚いたのを覚えている。あの頃、まだ日本では、冒頭のような動画のブームは起きていなかった。彼らは「廃墟の先輩」だったのだ。
廃ディーラー続々
2023年8月、わが街シエナで、路線バスのラッピング広告を見て驚いた。「シトロエン販売店新規オープン」と記されている。所在地を調べてみると、本欄第660回で取材したオペル販売店である。すなわち、同じステランティス系ブランドを併売することにしたのだ。取材を機会に連絡してみると、2023年春からシトロエンを扱い始めたという。
実は、シエナにおけるシトロエンのディーラー事業は、長年にわたり1962年創業の古い店が手がけていた。ショールームには、「アミ」や「ディアーヌ」といった古いモデルが新車とともに誇らしげに飾られていたものだ。それが、同店は2017年に地区販売代理権を別の販売会社に譲ってしまう。引き継いだ販売店は、それまでフォルクスワーゲンを並べていたショールームを改装し、シトロエンを扱い始めた。
今回さらに取り扱い販売店が変わったということで、従来の店を見に行ってみると、早くも廃墟になっていた。つまり2番目の店はシトロエンを6年しか扱わなかったことになる。
他にもここ十数年で、シエナ市とその郊外では、いくつもの自動車ショールームが消えていった。今回紹介する写真は、その一例である。そうしたショールームを運営していた販売会社のなかには、他都市の拠点で同じブランドを継続販売したり、新たなブランドを扱ったりして生き延びているところもある。また、ワンランク下の販売協力店や指定サービス工場となって、別の場所で同じブランドを扱っている店もある。だが全体としてみると、かつてのような出店攻勢は感じられない。
それはデータが顕著に証明していた。自動車販売店に強い調査会社「イタリア・ビランチ」が2022年に発表した国内販売店調査によると、2021年には2207社が国内に存在したが、2021年には1220社にまで減少している。背景にあるのは市場縮小にほかならない。2007年には過去最高の250万台をうかがっていた年間乗用車販売台数は、2022年には約130万台にまで減少しているのだ。これは過去44年で最低である(データ参照:UNRAE)。
勢力を増すメガディーラー
販売店自体が経営的にギブアップする、もしくはインポーターのスクラップ&ビルド政策で、より販売力のあるディーラーに地区販売権が集約されている。
そうしたなかでイタリアでも躍進しているのが「メガディーラー」である。その一例がペンスキー・オートモーティブだ。米国の元F1ドライバー、ロジャー・ペンスキー氏(1937-)が設立したこの世界的販売店グループは、まず米国におけるトヨタ販売で大成功を収めた。日本では2021年にニコル・グループを子会社化したことが記憶に新しい。イタリア市場には、2012年2月にボローニャを拠点とする既存販売店グループを買収するかたちで進出。現在、ドイツ系プレミアムを中心に11ブランドを扱っている。
ペンスキーのように大規模でなくても、統合は進んでいる。例えば筆者が住むシエナ県の「ウーゴ・スコッティ」は、古くから旧フィアット系ブランドを中心に扱っていた。だが近年はメルセデス・ベンツ、トヨタ、そしてアウディと、同地域の他社が手放した地区販売代理権を次々と取得していき、現在の扱いブランド数は9に及ぶ。
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消えゆく寛容さ
そうしたなか、消えつつある独立系の小さな店とのつきあいで思い出すのは、「そこにいる人間との相性次第」であったということだ。
2000年前後のこと。ある外国のポピュラーブランド販売店でのことである。店先に、「アルナ」が中古車として販売されているのを発見した。日産とアルファ・ロメオのジョイントベンチャーによって1983年から1987年に販売されたそのクルマは、当時イタリアでもレアな存在になっていた。即座に「これは写真に収めておくべきだ」と思った。
店内に入り、撮影させてほしい旨を告げると、なんと「IDカードを見せろ」という。釈然としない気持ちになりながら手渡すと、店員は脇の複写機で裏表をコピーした。クルマを購入するとき以外、販売店でIDを要求されたのは、それが最初で最後である。「こんな不条理なことを言う店は続かない」と思っていたら案の定、そのポピュラーブランドの販売をやめてしまった。いつも閑散としていたから、恐らくインポーターのほうから地区代理権を返上するよう、引導を渡されたのだろう。その後しばらく新興系ブランドを扱ったあと、店じまいしてしまった。
いっぽう、いい思い出もある。あるメーカー指定整備工場だ。聞けば社長は、かつてショールームの併設サービス工場で工場長をしていたという。ところが勤務先が2005年に代理権を返上したのを機に独立。隣町で同じブランドの指定工場を始めた。従来彼に頼っていた客をそのまま獲得できると考えたのは、言うまでもないだろう。
修理代金の分割払いは信販会社経由などと固いことは言わず、いつも適当だった。正直、筆者もそれに甘えたことが何度もあった。利息もなく、借用書に相当するものもなかった。ただし、そうした主(あるじ)につけこむ輩(やから)もいたようだ。社長は未払いの客にいつも頭を抱えていた。それだけではない。外に数々のクルマがあるので聞けば、「事故車や故障車を持ち込んだものの、引き取りをせず放置していってしまう客があとをたたない」のだと教えてくれた。
2023年夏、工場を久々に訪ねた。不在にしていた社長に代わって受付スタッフが教えてくれたところによると、2024年春をもって彼らの工場は地元メガディーラーに吸収されることになったという。従業員はすべて移籍するそうだ。社長の無利息・お手盛り月賦システムは、もうメガディーラーではあり得ないだろう。近代化は寛容さを失いながら進んでゆく。アミーチ(友達)感覚の人間関係が好きなイタリア人にとって、メガディーラーはあまり親和性が高くないのでは、という気もしているのだが、どうなるだろうか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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