第827回:イタリア撤退から幾年…… あのブランドのクルマは今!
2023.09.28 マッキナ あらモーダ!新興ブランド進出の陰で消えたクルマたち
近年イタリアでは、かつては知られていなかったブランドのクルマを見かけるようになった。筆頭が当連載でもたびたび紹介した、いずれも中国・吉利控股集団の傘下にあるリンク&コーとポールスターのモデルである。
そうかと思えば2023年8月、フィレンツェのショッピングセンターで、中国・東風小康(DFSK)のバッジを付けたクロスオーバーSUVが展示されていた。DFSKといえば、かつて欧州でも堂々とBMWのキドニーグリル風マスクをもつ安価な軽トラックを販売していた。だが、そこで販売されていた「グローリーix5」の価格は、2万8990ユーロ(約458万円)だった。これが欧州市場で普及するかは未知数だが、またひとつ、新たなモデルが路上に加わろうとしている。
いっぽうで、今回はかつて製造企業や販社の事情で消えてしまったブランドのクルマの“今”を取り上げようと思う。筆者の手元にはさまざまなアーカイブ写真があるのだが、ヤレ具合も含めて現在の車両状態をご覧いただくため、2023年撮影のものに限定した。
今も重宝される「パンダになれなかった韓国車」
最初は欧州版シボレーである。前身である韓国の大宇(デーウ)自動車は、イタリアで1998年にシティーカーの初代「大宇マティス」を発売し、これがヒットした。マティスは5ドアで、かつイタリアで人気があるLPG仕様をカタログモデルとして用意していた。そうした点が、デビュー18年目を迎えて老朽化していた“国民車”初代「フィアット・パンダ」のユーザーを見事につかんだのだ。
ちなみに初代マティスは、パンダと因縁がある。ベースとなった1993年のコンセプトカー「ルッチョラ」は、デザインを担当したイタルデザインが次世代パンダとしてフィアットに提案したものだった。しかしフィアットは関心を示さなかったため、イタルは大宇にそれを持ち込んだのだ。
大宇は2000年の経営破綻を機会に米国ゼネラルモーターズ(GM)傘下となり、GM大宇自動車技術となる。それにともない、欧州域の旧大宇車はシボレーブランドで売られることになった。マティスも2005年の2代目からシボレーを名乗ることになるのだが、紆余(うよ)曲折はまだ続いた。2013年にGMは、欧州におけるGM大宇系シボレーを、オペルブランドに統合させる方針を発表したのだ。2016年以降、ヨーロッパで韓国系のシボレーブランドは消滅した。
筆者が住むシエナの旧シボレーディーラーは、オペルにくら替えはせず、複数ブランドを扱う一販売店となって現在に至っている。ちなみに今日、イタリアには「正規代理店 シボレー・イタリア」を名乗る企業がある。ただし、こちらはモンツァの一企業がインポーターとなって、「カマロ」「シルバラード」「コルベット」のみを扱っているものだ。
イタリアで史上最も売れたシボレーであるマティスは、生産終了から13年が経過した今日でも、路上で元気な姿を目にする。欧州における主要中古車検索サイトのひとつ「オートスカウト24」を参照すると、2005年式・走行7万kmの2代目マティスLPG仕様が6300ユーロ(約100万円)で販売されている。全長×全幅=3495×1495mmというサイズは、現行パンダ(3650×1640mm)よりもひと回り小さい。古い馬小屋や倉庫を改造した車庫における取り回しのしやすさや、LPGによる経済性が評価されての相場だろう。筆者の知人のひとりも、2022年に「フォルクスワーゲン・ポロ」を購入するまで、マティスをガレージに置いていた。
愛される日本車、愛されない日本車
次はダイハツである。同ブランドはヨーロッパ市場で「全車メイド・イン・ジャパン」を売りに展開していたが、2013年1月末に撤退した。当時の円高・ユーロ安による採算悪化を受け、東南アジアへのリソース集中を決めたためだ。日本の自動車ブランドで初の欧州撤退だった。筆者が住むシエナでダイハツの地区代理店だったディーラーは、併売していたトヨタに注力するようになった。
今日イタリアで走り回っているダイハツ車は、最低でも車齢が10年以上ということになる。しかしシボレー・マティス同様、都市部でも地方部でもたびたび見かける。
2020年の本連載第675回でリポートした愛好会「テリオス・クラブイタリア」のジョルジョ・デ・マルコ氏は、「DPSがあるから大丈夫」と話す。DPSとは、撤退するダイハツから部品事業を継承し、イタリア北部ベルガモに設立されたダイハツ・パーツサービスのことである。
対照的に、人々に十分認知されないまま消えることになったのがインフィニティだ。このブランドが西ヨーロッパ市場から撤退したのは2020年だった。2008年のパリショールーム開設から、わずか12年しか市場に存在しなかったことになる。
アメリカ人ユーザー好みのキネティック(動的)なデザインは、個人的にはライバルのレクサス以上に路上で存在感を示していたと振り返る。しかし、筆者が知る地元の日産販売店も、今ひとつディーラーシップに慎重だった。実際、店頭に赴いたときスタッフは、「一応、地区の代理店ということにはなったのですが」と言った。そして彼が指さした先に、告げられなければわからないほど小さな看板があったのを記憶している。
筆者の行きつけの給油所オーナーは、「インフィニティQX70」のディーゼル仕様を所有していたが、目下売却を検討中だ。「お前、自国ブランドのクルマを買わないか?」と、今にも相談されそうな勢いである。
根強い人気のサーブ
最後に、忘れてはいけないのがサーブだ。GMがサーブ・オートモビルをオランダのスパイカーに売却したのは2010年。そのスパイカーもサーブを米国の投資会社に売り渡し、結局は2011年に破産してしまった。あれから12年。同じスウェーデンを本拠とし、かつ同様に米国系メーカーに見放されながらも、中国・吉利のもとで発展を遂げたボルボとは、まさに明暗を分けたかたちである。
イタリアにおいて、末期のサーブはオペルディーラーで併売されていた。したがって、多くの販売店はサーブを失ってもオペルを売り続けて今日に至っている。
2023年、イタリアにおけるサーブの現状はといえば、「9000」は姉妹車「アルファ・ロメオ164」「ランチア・テーマ」、そして「フィアット・クロマ」とともに、ついぞ今まで見かけない。
かわりに発見できたのは、GM製プラットフォーム上にデザインされ、欧州市場における最後のモデルとなった初代および2代目の「9-5」である。車齢は最低でも12年ということになる。それでも根強い人気があることを示すのは、再び「オートスカウト24」の出品状況だ。2012年の9-5が、走行10万kmで、1万9000ユーロ(約300万円)で売りに出されているのである。
参考までに、サーブが消滅したあと、買い替えユーザーがどのブランドに流れたかを語ってくれたのは、第807回で記した87歳スバル店店主ニッコロ・マージ氏だ。彼によれば、「サーブから流れてきたお客さんが少なからずいた」という。GM時代のサーブの一部車種にスバルの姉妹車があったことは、欧州ではほとんど知られていない。ゆえに、航空機をルーツにもつブランドに共通のオーラがあったのかもしれない。
ふと筆者が思い出したのは1990年代、東京で編集記者をしていた時代だ。諸先輩方が、スチュードベーカー、パッカード、ファセル・ヴェガといった消滅したブランド名を、目撃証言とともに口にするたび、羨望(せんぼう)のまなざしを注いでいたものだ。そのうち私も「サーブが~」や「インフィニティが~」とつぶやいているだけで、物知り感が増すのではないか? と不純なことを考えている。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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