ベントレー・フライングスパーS V8(4WD/8AT)
長期政権の予感 2023.10.10 試乗記 ベントレーの旗艦「フライングスパー」に伝統の「S」が登場。ベントレーがその名を与えた以上、全長5.3m級の巨大なサルーンであってもドライビングフィールはまぎれもなくスポーツセダンだ。4リッターV8ツインターボモデルの仕上がりを試す。やり過ぎないのがベントレー
ベントレーといえば、珠玉の12気筒エンジンの2024年4月をもっての生産終了が公表された。ということは、現在ある「マリナーW12」、および同エンジン専用モデルだった「スピード」も、必然的に販売終了になるわけだ。
そんな12気筒の行く末を見据えてか、ベントレーはこの2023年モデルから、今後も当面は継続生産される4リッターV8ツインターボと、今後の主力となりそうなプラグインハイブリッドの2機種に、新しくSを追加した。今回の試乗車はフライングスパーだが、同様のSは「ベンテイガ」や「コンバーチブル」を含む「コンチネンタルGT」にも用意される。
公式プレスリリースによれば、Sは「ドライビングパフォーマンスとビジュアルプレゼンスを重視した」モデルだそうだ。さらに、同じフライングスパーでも「快適性を重視するお客さまには“ウェルビーイング・ビハインド・ザ・ホイール”のコンセプトを掲げる『アズール』がおすすめ」で、Sは「視覚・聴覚・触覚を刺激するドライビングを体験したいお客さまにぴったり」だと記される。
ちなみに、フライングスパーを含む各ベントレーにはそのアズールやSのほか、“ビスポーク(≒オーダーメイド)”の土台となる素モデルや、より派手めなラグジュアリー観を表現した「マリナー」も残される。
そんななかで、Sはスポーツモデルに相当すると理解して間違いないだろう。かといって、その手法は某国のMやAMGのような庶民派(!?)とは異なり、動力性能を強引に上乗せしたり、内外装をことさら武骨に飾り立てたりはしない。
フライングスパーでS専用となるのは「スポーツエキゾースト」の設計変更によるエンジンサウンドと大径22インチホイールの標準化、エクステリア細部のグロスブラック化、中央の起毛仕上げの「ダイナミカ」生地を使った専用形状のシート……といったところらしい。
熟成極まるパワートレイン
特別なエアロなどがあしらわれるわけではないが、ホイールからグリル、ウィンドウモールやサイドモール、バッジ類から、ボンネット先端の「フライングB」マスコットまで、ことごとく黒く光るイデタチは、武骨ではないが不敵である。高速を普通に流しているだけで前走車に道をゆずられて恐縮するのはベントレーでも“あるある”だが、今回は、まさにクモの子を散らすように前が開けて困った。
一応はSならではの基本デザインはあっても、お好みでいかようにも変えられるのがベントレーだ。今回の試乗車にあつらえられていたグリーンとクリームの内装色も上品そのもの。さらに、いつもは本木目やカーボンがお約束のダッシュパネルも、試乗車では見慣れないクリーム塗装が施されていた。聞けば、これは「ピアノリネン」というマリナーあつかいの特別オプションらしい。「リネン=Linen」とは英語で亜麻(あま)繊維のことで、ベントレーでは、この独特のクリーム色をそう呼ぶ。
“ズロロロロ~”というV8サウンドが、より鮮明に耳に届くのは、S専用というスポーツエキゾーストによるものだろう。しかし、けっして騒々しいわけではなく、スポーツカーエンジンの息吹が、まるで山ひとつ隔てた彼方から聞こえてくるかのようだ。
ポルシェが原設計を担当して、ランボルギーニやアウディとも共有されるV8ツインターボは、ベントレーでは比較的抑制のきいたチューンである。ただ、とくにスポーツモードにしたときの回転上昇にともなってトルクが積み増されていく、駆け上がるようなフィールは、確かにスポーツカーの血筋を感じさせる。変速機もスポーツカー直系のデュアルクラッチだが、見事なまでに滑らかに調教された変速マナーは、現行型の登場から4年以上(基本骨格を共有する現行コンチネンタルGTから数えると5年以上)の熟成のたまものでもあるだろう。
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まぎれもなくスポーツカーの味わい
シャシー方面では現行フライングスパー最大の22インチホイールがSの基本となる。そこに、四輪駆動とエアサスペンション、連続可変ダンパー、四輪操舵、そして(ハイブリッドには未装備の)前後アクティブスタビライザー……と、現時点で考えられる電子制御ハイテクデバイスがほぼすべて標準で備わる。
現行フライングスパーについては、じつは筆者個人としては今回が初のV8体験だった。W12やハイブリッドの記憶と比較すると、今回のS V8はこれまででもっともスポーツセダン……というかスポーツカーの血統を色濃く感じさせる乗り味である。
今回試乗したS V8の身のこなしは、これまで筆者が乗ったどのフライングスパーより軽快だ。いやはや、3.2m近いホイールベースに車重が2.5t近い巨大サルーンが、軽快なわけがないだろう……とのツッコミは当然だ。しかし、W12と比較すれば前軸重だけで50kg以上軽い。前軸重だけならV6のハイブリッドのほうが少し軽いが、クルマ全体の車重は今回のV8のほうが約130kg軽いのだ。
この巨体からは想像しづらいほどの軽やかなスポーツセダンテイストは、低速時の逆位相で最大4度以上もステアする四輪操舵の恩恵も大きい。約5.5mというDセグメントなみの最小回転半径で街なかでも取り回しやすいだけでなく、低速タイトコーナーで、この長尺の車体がスルリと向きを変える回頭性はちょっとクセになる。
さらに電子制御4WDとアクティブスタビライザーのおかげか、常に安定した水平姿勢を保って取っ散らかることもない。いっぽう、速度が上がってもロールは過大にならず、今度はリアタイヤがフロントと同位相に切れるので、いかにもビッグサルーンらしい吸いつくような高速安定性を披露する。
W12だけがエラいわけではない
フライングスパーにも、パワートレインからシャシーまでを統合制御するドライブモード選択機能が備わるが、とくに万能系デフォルトモードともいうべき「ベントレーモード」のデキには感銘を受けた。このクルマのベントレーモードは本当に守備範囲が広い。
低速での路面感覚はふわりとクリーミーで、まさにハイエンドブランドならではの“やんごとない”肌ざわりである。なのに、高いGをかけても大くずれせず、タイトな山坂道もスイスイと泳ぐように駆け抜ける。同じベントレーモードでも、V8のSのそれがとくに完成度が高いのは、クルマそのものの熟成に加えて、V8ならではの軽さや重量バランスのよさも効いている気がする。
いずれにしても、12気筒の生産が終了すれば、このV8がベントレーのトップに昇格する。1998年に現在のフォルクスワーゲン(VW)グループ傘下で開発されたベントレーはW12エンジンを頂点にいただいていたから、V8に格落ち感(?)をいだく向きもあるだろう。
ただ、現在50代半ばの筆者にとってのベントレーは、VWグループに買収される1998年以前のロールス~BMW傘下のイメージが強い。この時代のベントレーはほぼ一貫してV8を積んでいたから、今回のV8サウンドを「これこそベントレーだよなあ」と実感したのはウソではない。また、独立資本でルマンに勝ちまくっていた1920年代(正確には1930年まで)こそ本物と信じる筋金入りにとっての最強ベントレーは、直列6気筒だろう。
なにをいいたいかというと、由緒としては、かならずしもW12だけがエラいわけではないということだ。そうこうしているうちに、英本国ではエンジン搭載車の販売禁止が2030年から2035年に延期されて、欧州連合(EU)では次期排ガス規制「ユーロ7」の緩和が合意されるなど、事態は今も流動している。さすがに12気筒の生産終了が撤回されるという情報はないが、このV8ツインターボは予想以上に長生きするかもしれない。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパーS V8
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5325×1990×1490mm
ホイールベース:3195mm
車重:2480kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:550PS(404kW)/5750-6000rpm
最大トルク:770N・m(78.6kgf・m)/2000-4500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR22 104Y/(後)315/30ZR22 107Y(ピレリPゼロ)
燃費:12.7リッター/100km(約7.8km/リッター、WLTPモード)
価格:2990万9000円/テスト車=3631万0510円
オプション装備:オプションペイント<ソリッド&メタリック>(106万5450円)/ツーリングスペック(122万9100円)/カラースペック(38万9000円)/ムードライティングスペック(36万8690円)/22インチ10本ツインスポークホイール<ブラックペイント>(51万5570円)/イルミネート「フライングB」ラジエーターマスコット<グロスブラック>(61万7030円)/パノラミックガラスチルト&スライドサンルーフ(48万3830円)/ベニヤ&テクニカルフィニッシュ<ピアノリネンシングルフィニッシュbyマリナー>(38万4190円)/ベニヤ&テクニカルフィニッシュダイヤモンドナーリング<ローレット加工>(42万5400円)/ベントレーローテーションディスプレイ(92万3250円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:137km
走行状態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:295.3km
使用燃料:58.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.1km/リッター(満タン法)/5.3km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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