第842回:ファッション見本市の名脇役 初代「パンダ」の輝きと1980年代ブーム
2024.01.18 マッキナ あらモーダ!経済の頭打ちや戦争もものともせず
今回は、ファッション見本市で脇役を務めていたクルマたちのお話を。
毎年1月のフィレンツェで、年明けを飾るイベントといえば紳士モードの見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」の秋冬コレクションである。2024年1月9日から12日に行われた第105回では、主に2024~2025年の秋冬物が、ひと足早く披露された。
同じく秋冬物を紹介した2023年1月の回と比較して、出展社は約800から832へ、来場者は約1万8千人から約2万人へと増加。日本からも三越伊勢丹など、11社のバイヤーが来場者リストに連なった。
参考までに、イタリア産業連盟が発表した2023年1~7月の数値によると、イタリア紳士モードの輸出額は約54億ユーロ。前年同期比で11.4%増と、コロナ後に堅調に回復していることがうかがえる。最大の輸出国はフランスで、以下ドイツ、米国と続く。中国は5位で7.3%増、ロシアは13位だが41.5%も増加している。経済の成長の頭打ちや戦争の影響は、この業界にはあまり響いていないことがうかがえる。気になるのは9位の日本で、前年比23%増を記録したのにもかかわらず、気がつけば8位の韓国に抜かれている。
ランボルギーニ×トッズ
ピッティでは、自動車ブランドとのコラボレーションがたびたびみられる。今回、話題という観点から最も華やかだったのは、ランボルギーニである。会期2日目の1月10日、靴ブランドのトッズとともに、初のシューズコレクション「トッズ・フォー・アウトモビリ・ランボルギーニ」を発表。同日に発売した。ドライビングシューズ「ゴンミーニ」とスニーカーの2種類で構成され、いずれもメンズ/ウィメンズ双方が用意される。
ゴンミーニはトッズの定番商品だが、今回発表されたランボルギーニ版のカラーはクルマの車体色をイメージ。レザーは世界最高峰のタンナーから調達され、製造工程では裁断や縫製が手作業で行われるなど、高度な職人技が注がれている。特設会場となった旧鉄道駅舎には、2台の「レヴエルト」とともに展示された。
両社のコラボレーションはすでに2023年2月に発表されていたもので、今回は皮革グッズやウエアも包括した協業の第一歩という。トッズ創業家出身のディエゴ・デッラ・ヴァッレ氏は、フェラーリ元会長のルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ氏と長年にわたるビジネスパートナーだった。実際に、イタリア初の私鉄特急運営会社イタロの立ち上げには、2人で携わっている。すでにモンテゼーモロ氏はフェラーリを離れて久しいから問題はなかろうが、そうした過去からすれば、今回の2社の協業は、ちょっとした“脱系列化”と捉えることもできよう。
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「フィアット500」の底力を見た
本会場では、カジュアルウエアブランドのサンズが、フィアットとのカプセルコレクション「サンズ&500」を発表した。サンズは、約半世紀前に南部プーリアで創業した服飾企業が2018年に立ち上げた新レーベルである。
今回展示されたのは、車両に用いられている「フィアット500」のロゴをあしらったものだ。サンズが得意とするダウンジャケットのほか、トレーナー、Tシャツ、キャップ、バッグ、トロリーもそろえられている。ランボルギーニ同様、こちらもカラーには「シチリアンレッド」など500の車体色が投影されている。サンズの広報マーケティングディレクター、ジュゼッペュ・スバーノ氏は、「色彩に満ちた私たちのブランドを、イタリアらしさとして500とともに強調したい」と抱負を語る。
ピッティとフィアットといえば2022年6月、靴ブランドのフェスーラがEV「500e」をイメージしたスニーカーを、同様にカプセルコレクションとして発表した(本連載第762回参照)。
スバーノ氏によれば、企画誕生の背景には、フィアットの担当者がサンズのファンだったこともあったという。ダウンジャケットを畳むと、車内で子どもが眠るときのクッション代わりになるといったアイデアが、美しさと機能性の両立を追求したフィアット500の思想と合致したのも奏功した。ユニセックス、レディス、そしてキッズを用意。発売は2024年後半の予定だ。
現行のフィアット500は2007年の発表であるから、モデルライフはすでに17年目ということになる。それもプレミアムカーではなく、いわば大衆車だ。にもかかわらず、いまだこうしたコラボレーション企画が外部から持ち込まれることは、500の高い認知度を示している。
心中お察しします
これらの2ブランドは、いわゆるコラボレーションものだが、純粋に展示の小道具として自動車を用いていたのは、イタリアのスポーツ系カジュアルブランド、MC2サンバースである。ウインターコレクションのアピール用に、初代「パンダ4×4」をディスプレイしていた。
初代フィアット・パンダ4×4といえば、昨2023年が誕生40周年だった。にもかかわらず、イタリアで人気は衰えていない。走行10万km超でも5000ユーロ(約80万円)前後で取引されている。中古車店でも右から左へと売れてゆく。郊外やアウトドアの足に、極めて重宝がられているのである。
加えて、最近ではコレクターズアイテムとしても注目され始めている。2023年10月、フィアットのメーカー公式歴史部門は、工場内で使用されていた走行4万kmのパンダ4×4をフルレストアし、希望者に販売することをアナウンスした。参考までに、今回MC2サンバースのパビリオンに展示されたパンダ4×4も、ブレシアの高級車専門ショップ、アウトクラスによる完全復元車両である。
イタリアでは近年、1980年代がトレンドのひとつだ。それは2019年6月の当連載第610回でも記したとおりである。加えて紳士服飾界の関係者によると、2023年の春夏に続き、2024-25秋冬も「1980年代スタイル」がひとつのキーワードになるという。そうした意味でも、当時を象徴するイタリア車の初代パンダが脚光を浴びる機会は、増えこそすれ減ることはないだろう。
別の視点からすれば、フィアットで次期モデルの開発に従事している者にとっては、初代パンダが脚光を浴びれば浴びるほど、それを超えるモデルをつくるプレッシャーが増すということだ。彼らの心中を察するのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>、写真=Akio Lorenzo OYA、ブルネロ クチネリ、Automobili Lamborghini、SUNS、大矢麻里<Mari OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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