第844回:フェラーリもピッツァ窯も「プロ向け」が革新! お菓子の見本市に見たイタリアのハイテク
2024.02.01 マッキナ あらモーダ!お菓子とジェラートの見本市
プロ向けの展示会は、昔も今もさまざまな知識が得られて楽しいものである。2024年1月に筆者が訪れたのは、イタリア北部リミニの「ドルチェ・ワールド・エクスポ」、通称SIGEP(シジェップ)である。ジェラート、菓子、ベーカリー、そしてコーヒーに焦点を当てたショーだ。その業界においては欧州最大級の見本市として、2024年で第45回を迎えた。以下は、関係者からすれば既知のことも含まれるだろうが、筆者独自の視点ということでお許しいただきたい。
筆者が現地を訪問したのは会期3日目だったが、周辺では朝9時半の開場前から大渋滞が起きていた。館内もしかりで、昼前にはエリアによっては前に進めないほどの盛況ぶりだった。入場者数こそ発表されていないが、エンディングリポートによれば来場者の国籍は160の国・地域に及んだという。出展社・団体数も35の国・地域から約1200に達し、16館あるパビリオンのすべてを埋めた。2022年のパリや2023年のIAAミュンヘンといった、近年欧州で開催された自動車ショーの寂しさと比較してしまうのは、筆者だけだろうか。
イタリアの地上波テレビニュースは、毎年シジェップをこぞって報じる。映像は、視覚的に華やかなチョコレートや、菓子職人による華麗なデモンストレーションが一般的だ。
ただし実際に訪れてみると、やはりB to B向けのイベントであることを実感させるものが少なくない。好例は、冷菓の製造機を手がけるボローニャのカルピジャーニによるソフトクリーム製造機である。他社製品が空気含有量30%で8.6個しかつくれないところを、同社製品は独自の空気含有量調整機能により、60%に設定した場合に10個以上の製造が可能だという。歩留まりのよさの訴求は、プロ向け展示会ならではだ。
走れないなら牽(ひ)いて行け!
イタリアを代表するコーヒーといえばエスプレッソである。製造業者、ディストリビューター、さらには包装業者と、裾野の広さを感じさせるブースが連なる。
業務用エスプレッソマシンのブランド、ファエマの最高級機種「プレジデントGTi」のデザインは、自動車で知られるイタルデザインが2019年に手がけたものだ。1960年代の同社製マシンの雰囲気を継承しつつ、最新技術が投入されている。3連の抽出口にはそれぞれミニディスプレイとタッチ式コントロールパネルが備えられていて、抽出口ごとに温度をはじめとする子細なセッティングを可能としている。参考までにファエマは、2015年にも先代モデルの開発をイタルデザインと行っている。ブランドマネージャーのアレッシオ・ブッケーリ氏は「イタルデザインはわが国の工業デザインを象徴する企業であり、私たちのブランドに大きな貢献をもたらすのです」と協業の理由を話してくれた。
別のパビリオンでは、ケータリングトラックの製造業者がブースを展開していた。そのひとつ、mdfは南部カンパーニャ州の企業である。1999年の創業当初から屋台用の車両を手がけ、製造のほかにレンタルも行っているという。ベース車両には、イタリアにおけるケータリング車の定番であるピアッジオ社製三輪トラック「アペ200」も用意している。ただしmdfは、もうひと工夫を加えた仕様も手がけている。トレーラー化したアペだ。アペ200は197ccという軽便車規格のため移動範囲は限られる。自動車専用道路も走行できない。そこでトレーラーにしてしまえば、けん引してどこまでも行けるというわけだ。別の視点からすれば、こうまでしてもアペの形をした屋台が欲しいという業者がいるほど、それに匹敵する個性をもつ代替車種は存在しない、ということでもある。
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意外なハイブリッド発見
いっぽう、その体積によって来場者に視覚的インパクトを与えていたのはピッツァ窯の業者たちである。そのひとつMAMは、エンツォ・フェラーリの生誕地でもあるモデナのピッツァ窯メーカーである。1952年に金属機械メーカーとして発足した後、1960年代に薪(まき)式ピッツァ窯づくりに転身した。前述のカルピジャーニしかり、食品機器産業にはエミリア地方を拠点としている企業が少なくない。同地発祥の自動車関連メーカーがそうであったのと同様、農機具製造に端を発する鉄工の伝統が背景にあるのは明らかだ。
創業家出身のマッテオ・マラグーティ氏が教えてくれたところによると、同社製のピッツァ窯には薪式やガス式のほかに、双方が使える「コンバインド」がある。伝統的な薪式は、出来上がりの香りに根強い愛好者が存在する。いっぽうでガスは、予熱や焼き方のプログラミングが容易だ。両者の美点を1台に集約したものがコンバインドだ。ピッツァ窯にも“ハイブリッド”が存在するのである。
さらに家庭用電子レンジで普及しているようなターンテーブルもオプションで用意されている。こちらは複数枚のピッツァを同時に焼く場合、窯内部の温度ムラを勘で察知して置き場所を変える苦労から職人を解放する。
イタリアではピッツァ職人不足が問題となっている。やや古いデータだが、2016年にミラノ商工会議所が発表した統計によると、同市のピッツェリア約1300軒のうち、半分近い600軒以上がエジプト人、中国人、トルコ人などによる外国人経営だ。長い勤務時間や、かき入れ時である夏に熱い窯の前で働かなければならない過酷な職場が、イタリア人から敬遠されているのだ。窯の進化は、そうした労働環境の改善に直接は役立たないだろう。だが経験頼りだった部分を補えることで、人材確保が少しでも改善されることに期待したい。
ふと思い出したのはフェラーリだ。彼らはF1ドライバーを操縦に集中させるため、1989年シーズンに史上初のセミオートマ+パドルシフトのトランスミッションを導入した。後年にはロードゴーイングカーのAT仕様も拡大。今日に至っては、MT仕様の市販モデルは通常ラインナップに存在しない。
とかく日本人が陥りがちな勘や経験の至上主義は、実際の現場では多くの場合足かせとなる。それらを克服する技術の追求のほうが大切なのだ。それはフェラーリもピッツァ窯も同じ。この発見だけでも、今回のショーは十分有意義だったのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Italdesign、mdf/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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