トヨタGR86 RZ(FR/6MT)
はっきり違う 2024.04.03 試乗記 「トヨタGR86」が初の仕様変更を受けた。改良メニューの数は決して多くないものの、街へ山へと連れ出してみると、進化の幅は意外なほどに大きい。最上級グレード「RZ」の6段MTモデルの仕上がりをリポートする。アイサイトだけではない
自分が初期型GR86のオーナーだったら、やはりちょっと悔しいだろうなあ、と思う。2023年9月に、40周年記念特別仕様車とともに発表されたGR86の一部改良モデルに乗った後の率直な気持ちである。40年ってどういうこと? と思ったら、アニメなどでも人気のAE86型「カローラレビン/スプリンタートレノ」から数えてということらしい。そんな40周年限定モデルが強調されていたから、マイナーチェンジといってもどのぐらい変わっているのか、ほぼ2年前の初期モデルと比べて違いが分かるだろうか、とちょっと心配していたぐらいなのに、意外にもはっきり違っていた。
マイナーチェンジの一番のトピックはもちろんMT車にも「アイサイト」が装備されたことで、それ以外にもSACHS(ザックス)製ダンパー(「SZ」およびRZに設定、5万5000円)と、brembo(ブレンボ)製のブレーキ(フロント4ピストン/リア2ピストン、ディスク径17インチ、20万3500円、こちらもSZとRZに設定)がオプション設定されている。試乗車のRZはその両方に加え、ディーラーオプションのカーナビなど計70万円近いオプションを装備していた。さらに電子制御スロットルの出力特性変更によるコントロール性の向上、VSC(スタビリティーコントロール)制御の最適化によるコーナリング時の走行安定性向上も今回の改良内容として挙げられている。
MT車にもようやく
ご存じのようにスバルが生産するGR86には、2年前のモデルチェンジの際にステレオカメラで検知する方式の運転支援システム、スバル自慢のアイサイトが装備された。ただしそれはAT車のみ、MT車には用意されなかった。アイサイトとMTを両立させるのは難しい、と以前からスバルは言っていたのだが、エマージェンシーブレーキの義務化によって対応を余儀なくされたということだろう。
以前から待ち望まれていたMT車用アイサイトは、渋滞時のハンズオフ機能も備える「アイサイトX」や3眼タイプの最新式ではなく、比較的ベーシックな2眼カメラタイプである。それでもプリクラッシュブレーキや追従機能付きクルーズコントロール(30~120km/hで作動、2~6速の場合)、車線逸脱警報、リアビークルディテクションなど基本的な機能はすべてそろっている。マニュアル車ゆえに最後は自分でクラッチを切らないとエンストすることは言うまでもない。また5秒以上クラッチを切ったままにしたり、ニュートラルにしたりするとシステムがオフになるという。とはいえ、せっかくだからMTで乗りたいという人には朗報である。ただし、これでMT車にはアイサイトが装着できないから、という言い訳が通用しなくなった。もちろん、車種ごとに最適設定しなければならないから簡単にポン付けできるわけではないが、例えば北米には設定されている「WRX S4」のMTモデルの導入を希望する声もより大きくなるのではないか。
似てたっていいじゃないか
この機会に上記のように他の部分にも手が加えられたというわけだが、なんだかとてもいい感じである。試乗車はオプションのザックスとブレンボを装備した上級グレードのRZだが、ザックスのダンパーに換えただけでこんなにしなやかに滑らかになるのか、と首をかしげたほどである。確かGR86は発売時期を延期してまで(「スバルBRZ」とは異なる)回頭性とドリフトコントロールを重視した独自の足まわりにこだわったと伝えられているが、そのぶん一般道での乗り心地や落ち着きのある挙動という面ではBRZのほうが勝るというのが大方の評価だった。
ところが新しいGR86は、BRZに比べてややとげとげしかった路面へのコンタクトが穏やかになり、サスペンションがフリクションなくスムーズに動いているようで、ひと言洗練されている。コーナー出口での後輪の安定感や粘りもあり、もはや“尻軽感”はない。最初からこれで、いやこれがよかったのではないか、と思う。もちろん、ヒリヒリした刺激的な反応こそスポーツカーという人もいるだろうけれど、私はこういう再調律は大歓迎である。それではBRZに近くなってしまう、と心配する向きもあるかもしれないが、分かりやすい差別化のために部品を変えて足を固めるのはちょっと順序が違う気がする。しなやかで安定感ある足まわりが結果的にBRZに似ていてもそれはまったく問題ではない。
大人も納得
さらに不思議なことに、235PSと250N・mを生み出す2.4リッター水平対向4気筒も6段MTも従来どおりのはずなのだが、エンジンは以前よりもリニアですっきり吹け上がるし(電制スロットルの改良の効果か)、シフトフィールすら初期型より軽く正確に操作できるように感じた。こちらについては何も聞いていないが、しなやかな乗り心地と相まってクルマ全体として雑みがない、クリアな反応が好ましい。ちょっとアグレッシブ過ぎたということで調律を引き戻したのかもしれないが、そのおかげでこれほど洗練されたとしたら言うことはない。でもそうすると、発売間際の突貫工事は何だったのかという気もしないではない。
ブレンボの絶対的な制動力については、一般道では以前とそれほど差がないようにも感じたが、何より17インチに拡大されたローターのおかげで見た目がいい。ホイールとの隙間が埋まっただけでいかにもたくましく見えるのだ。あとは正直ちょっと子供っぽいインストゥルメントパネルをどうにかできれば、オヤジ世代も恥ずかしくなく、大満足で普段使いにも、たまのスポーツ走行にも使えるクーペである。
そこで気になるのは、アイサイトは難しいとしても、ザックスダンパーをはじめとした今回の改良点がレトロフィットできるのか、ということである。発表・発売後も改良を加えて常に進化熟成させる姿勢はもちろん立派だが、いち早く購入した熱心なファンが恩恵を受けられないとしたら誠に残念だ。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
トヨタGR86 RZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4265×1775×1310mm
ホイールベース:2575mm
車重:1280kg
駆動方式:FR
エンジン:2.4リッター水平対向4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:235PS(173kW)/7000rpm
最大トルク:250N・m(25.5kgf・m)/3700rpm
タイヤ:(前)215/40R18 85Y/(後)215/40R18 85Y(ミシュラン・パイロットスポーツ4)
燃費:11.9km/リッター(WLTCモード)
価格:347万6000円/テスト車=415万2280円
オプション装備:ボディーカラー<スパークレッド>(5万5000円)/brembo製ベンチレーテッドディスクブレーキ<フロント:17インチ 4ピストン対向キャリパー/リア17インチ 2ピストン対向キャリパー>(20万3500円)/SACHS(ZF)アブソーバー(5万5000円) ※以下、販売店オプション 9インチベーシックナビ<NMZN-Y73D>(24万4310円)/カメラ別体型ドライブレコーダー ベーシックナビ連動タイプ<バックカメラ利用タイプ>(4万3450円)/ETC2.0ユニット ナビ連動タイプ<光ビーコン機能付き>(3万1020円)/バックモニター(1万7600円)/GRフロアマット(2万6400円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:1542km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:385.6km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.5km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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