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第857回:「巨象を恐れさせるネズミ」が暗示するもの 「ミラノ・デザインウイーク2024」に見た自動車ブランド

2024.05.02 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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“映え”2連勝はポルシェ?

2024年4月15日から21日にかけて、イタリア・ミラノで恒例の「デザインウイーク」が開催され、世界各国・各地域から訪れたデザイナーや業界関係者、愛好家などで賑(にぎ)わった。

同イベントは毎年、家具見本市に合わせて市内各地で実施されるもので、今回も展示会、ワークショップ、そしてセミナーなどが企画された。核となるオーガナイザーの「フォーリサローネ」は、前年を30%上回る1125のイベントが行われたと発表。また、もうひとつのオーガナイザーで第15回を迎えた「ブレラ・デザインウイーク」にも500以上の企業・デザイナーが参加し、124の賛同ショールームが展示を展開した。

今回は、参加自動車ブランドのなかから筆者にとって印象的だったものを紹介しよう。

自動車系で筆者が確認した範囲で最も賑わっていたものといえば、ポルシェがクレリチ宮で開催した「夢のパターン」である。委嘱されたアーティスト集団、ニューメン/フォー・ユーズにインスピレーションをもたらしたのは、「356」や「911」のシート地に用いられていた千鳥格子(ペピータ)柄だ。その幾何学性、対称性、リズム、反復性を、巨大で軽量な構造、デリケートなセル、そして白黒のネットで表現したものである。

このインスタレーション、来場者がハンモック状のネットに乗れることもあり、初日には会場外に70m近い列ができていた。実際に入場してみると、スマートフォンのカメラで自撮りをしている来場者や撮り合いをしているペアが数多く見られた。ポルシェが2022年に同じ場所で別のアーティスト、ルビー・バーバーによって、911を無数の花で囲う展示を行ったときも同様の光景が見られたことからして、今回も十分“映え”を意識していたことは明らかだ。

中国・東風系のプレミアムブランド、ヴォヤーは、電動SUV「フリー」に象を載せたオブジェを展示した。作者はマルカントニオ・ライモンディ・マレルバ氏。
中国・東風系のプレミアムブランド、ヴォヤーは、電動SUV「フリー」に象を載せたオブジェを展示した。作者はマルカントニオ・ライモンディ・マレルバ氏。拡大
スウェーデンの家具ブランド「イケア」のベースは、例年どおりデザイン街区トルトーナ。毎晩DJをフューチャーした賑やかなパビリオンを展開した。
スウェーデンの家具ブランド「イケア」のベースは、例年どおりデザイン街区トルトーナ。毎晩DJをフューチャーした賑やかなパビリオンを展開した。拡大
ポルシェの展開した「夢のアート」展。今回は伝統的な千鳥格子シート地からインスピレーションを受けた「夢のパターン」を展示した。
ポルシェの展開した「夢のアート」展。今回は伝統的な千鳥格子シート地からインスピレーションを受けた「夢のパターン」を展示した。拡大
奥の中庭には、同様のパターンをバックに1967年「911Lクーペ」がディスプレイされていた。
奥の中庭には、同様のパターンをバックに1967年「911Lクーペ」がディスプレイされていた。拡大
「夢のパターン」を試す筆者。トランポリンのような弾力はなく、ハンモック状である。
「夢のパターン」を試す筆者。トランポリンのような弾力はなく、ハンモック状である。拡大
以下では、本文で紹介していないブランドについても解説する。アウディの舞台は前年と同じ高級ホテル、ポートレート・ミラノであった。巨大な鏡を十字型に配したインスタレーションの名は「リフラクション(Reflaction)」。reflectionとactionを合わせた造語である。「Q6 e-tron」の一般向けワールドプレミアも行われた。
以下では、本文で紹介していないブランドについても解説する。アウディの舞台は前年と同じ高級ホテル、ポートレート・ミラノであった。巨大な鏡を十字型に配したインスタレーションの名は「リフラクション(Reflaction)」。reflectionとactionを合わせた造語である。「Q6 e-tron」の一般向けワールドプレミアも行われた。拡大
「リフラクション」の制作は、コペンハーゲンとニューヨークを拠点とする建築事務所、ビャルケ・インゲルス・グループが主導した。(photo: Audi)
「リフラクション」の制作は、コペンハーゲンとニューヨークを拠点とする建築事務所、ビャルケ・インゲルス・グループが主導した。(photo: Audi)拡大
オブジェのごとく展示された「アウディQ6 e-tron」のテールランプ。OLEDセグメントの数は360個にのぼる。 
オブジェのごとく展示された「アウディQ6 e-tron」のテールランプ。OLEDセグメントの数は360個にのぼる。 拡大
アウディの照明担当デザインダイレクター、セサール・ムンターダ氏(中央)。“のろし”の時代から人々が照明と常に関わってきたことを説いていた。
アウディの照明担当デザインダイレクター、セサール・ムンターダ氏(中央)。“のろし”の時代から人々が照明と常に関わってきたことを説いていた。拡大

ドゥカティの秀逸さ

いっぽうトリノのイタルデザインは、EV(電気自動車)コンセプト「アッソ・ディ・ピッケ・モビメント」を、市内随一のデザイン街区トルトーナで公開した。その着想源は約半世紀前である1973年のショーカー「アッソ・ディ・ピッケ」である。

オリジナルのシンプルさに敬意を払いつつ、今日的なカーデザインの原則を反映した2+2である。シームレスなアルミニウム構造とポリカーボネート製ウィンドウで、明るさと強度を確保している。フロントとテールランプには、イタルデザインのロゴを新解釈であしらっている。

脇には“元祖”アッソ・ディ・ピッケもディスプレイされた。筆者が少年時代にこのデザインを見たときの衝撃を、今日の子どもたちが今回発表された新解釈のモデルから受けるか、興味深いところだ。

いっぽう筆者が最も評価したいのは、二輪ブランドのドゥカティのアプローチであった。場所は、レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館の敷地内に仮設した施設だった。「パニガーレV4」のデザインプロセスを、最初のブリーフィングから最終モデルまでの7段階で見学できるもので、案内役は現場のデザイナーが務めていた。チーフデザイナーのアンドレア・アマート氏によると、同社のデザインチームは総勢7人。通常はフェイスリフトも含め、約20のプロジェクトを同時進行させている。その傍らで、ドゥカティ・アパレルの監修も行っているという。

デザインウイークでは、これまでにも招待日にレジェンド的デザイナーの声を聞けるセッションは数々設けられてきた。しかし、デザインプロセスを時系列に沿って追えるものは、ありそうでなかった。同時に現場のスタッフと、それも一般公開日にじかに触れ合える機会も少なかった。イメージ重視のインスタレーションがあふれるなか、こうした企画こそ貴重と筆者は考える。

「イタルデザイン・アッソ・ディ・ピッケ・モビメント」。2023年にデジタルで先行公開したものを、モックアップ化した。
「イタルデザイン・アッソ・ディ・ピッケ・モビメント」。2023年にデジタルで先行公開したものを、モックアップ化した。拡大
その後ろ姿。テールランプの意匠は、イタルデザインのロゴが基となっている。
その後ろ姿。テールランプの意匠は、イタルデザインのロゴが基となっている。拡大
「アウディ80」をベースにした1973年「アッソ・ディ・ピッケ」も展示された。のちにアッソシリーズは、初代「いすゞ・ピアッツァ」の原型となる「アッソ・ディ・フィオーリ」で完結する。
「アウディ80」をベースにした1973年「アッソ・ディ・ピッケ」も展示された。のちにアッソシリーズは、初代「いすゞ・ピアッツァ」の原型となる「アッソ・ディ・フィオーリ」で完結する。拡大
ドゥカティは「V4パニガーレ」のデザイン開発を時系列で紹介した。スケッチのあと、左後方にある3点のスケールモデルに進行。コンペにかけられたという。
ドゥカティは「V4パニガーレ」のデザイン開発を時系列で紹介した。スケッチのあと、左後方にある3点のスケールモデルに進行。コンペにかけられたという。拡大
採用案の1/1クレイモデル。パーツのなかでもとくにランプ類は、早い段階からサプライヤーとの協業が始まるとのこと。
採用案の1/1クレイモデル。パーツのなかでもとくにランプ類は、早い段階からサプライヤーとの協業が始まるとのこと。拡大
レクサスは、2013年にデザインコンペティション「第1回LEXUS DESIGN AWARD」を受賞した吉本英樹氏(Tangent)の手になる新作品「BEYOND THE HORIZON」を展開。会場内の音楽には作曲家、渋谷慶一郎氏を起用した。
レクサスは、2013年にデザインコンペティション「第1回LEXUS DESIGN AWARD」を受賞した吉本英樹氏(Tangent)の手になる新作品「BEYOND THE HORIZON」を展開。会場内の音楽には作曲家、渋谷慶一郎氏を起用した。拡大
「レクサスLF-ZC」。後方には、竹を漉(す)き込んだ高さ4m×幅30mの越前和紙パネルが。
「レクサスLF-ZC」。後方には、竹を漉(す)き込んだ高さ4m×幅30mの越前和紙パネルが。拡大
アルファ・ロメオは2024年4月16日、ミラノ改め「ジュニア」のサプライズ展示を、ファッションブランド、ラウスミアーニのウィンドウで行なった。詳細は本連載第856回参照。
アルファ・ロメオは2024年4月16日、ミラノ改め「ジュニア」のサプライズ展示を、ファッションブランド、ラウスミアーニのウィンドウで行なった。詳細は本連載第856回参照。拡大

“ベルルスコーニが売る中国車”も

いっぽう筆者が度肝を抜かれた自動車出展といえば、新興ブランド「ヴォヤー(Voyah<嵐図>)」だ。ヴォヤーは中国の自動車大手で、日産やホンダと合弁生産も行っている東風汽車集団が2020年に創設した高級電動車ブランドだ。

彼らが選んだのは、かつてナポレオンものちに皇后となる妻ジョゼフィーヌと3カ月滞在したことがあるセルベッローニ宮。日本でも展開しているイタリアの家具メーカー、ナツッジとのコラボレーションだ。

森を模したインスタレーションのなかに、ヴォヤーのEV「フリー」を配したものであった。タイトルは「進化体験を設計する:新しい運転哲学のために自然と技術が調和して出会う場所」である。参考までに、フリーの開発には前述のイタルデザインが参画している。

ただし、最も目を引いていたのは象のオブジェをルーフに載せた同車の原寸大オブジェだ。車両の前方には、これまたネズミのオブジェが3匹分置かれている。

制作したアーティストはマルカントニオ・ライモンディ・マレルバ氏だ。1976年地元ロンバルディア州生まれの彼は、これまでも人と自然をライフワークに、動物をモチーフにしたデザインやアイテムを手がけてきた。

スタッフによると、その心は「ネズミを恐れる象」だという。真偽はともかく、長年にわたる言い伝えのひとつである。アートということもあり、それ以上の解釈は筆者に委ねられたが、いくつかの理解が可能である。

第1は中国ではネズミも象も縁起がいい動物であることだ。ちなみに前述のヴォヤーのブランド創設年である2020年は子(ね)年であった。

第2は、いまだ市場規模としては小さいEV=ネズミが、内燃機関車=象を脅かす図という解釈である。

だがそれ以上に筆者が思いを抱いたのは、象とネズミの体長、力、そして人々がもつ印象の対比だ。東風は中国でビッグ4の一角を占めるが、欧州一般ユーザーの間での知名度は目下皆無に等しい=ネズミだ。いっぽうの象は、フォルクスワーゲン、ステランティス、ルノーといった欧州系大手メーカーの寓意(ぐうい)に見えてくるのである。

デザインウイーク最終日の2022年4月21日、東風に関する新たなニュースが報じられた。故ベルルスコーニ元首相の弟で実業家のパオロ・ベルルスコーニ氏が、同日設立された東風のイタリア法人Dfイタリアに出資。10%の株主となった。ネズミの未来に、イタリア屈指の資産家一族が将来性を賭けたのだ。

少し前まで“なんちゃってBMW”風キドニーグリルの小型トラックで、欧州の業界関係者を当惑させていた東風が、新ブランドとはいえここまで変貌するとは。そのような感慨とともに会場を出ると、館の前を、2023年から欧州で躍進目覚ましい上海汽車系のMGが通り過ぎた。日本の読者が好むと好まざるとにかかわらず、こうした中国系の、それもプレミアムブランドのモデルが、イタリアの路上風景になる日は近いのかもしれない。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、アウディ/編集=堀田剛資)

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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