レンジローバー・ヴェラール ダイナミックHSE P400e(4WD/8AT)
中途半端か絶妙か 2024.05.21 試乗記 「レンジローバー・ヴェラール」にプラグインハイブリッド車の「P400e」が登場。最新モデルは電動パワートレインのさらなる普及を目指した価格設定になっており、意外なお買い得モデルなのだ。上位グレード「ダイナミックHSE」の仕上がりをリポートする。ヴェラール初のPHEV
言葉は悪いが、レンジローバー・ヴェラールはグループ内で少々影が薄いように感じていた。ランドローバーには「レンジローバー」「ディフェンダー」「ディスカバリー」という区分があり、さらにレンジローバーというブランドに4車種が存在する。長らく1970年に誕生したオリジナルの「レンジローバー」だけだったが2005年に「レンジローバー・スポーツ」、2011年にコンパクトな「レンジローバー・イヴォーク」が加わった。ヴェラールはスポーツとイヴォークの間を埋めるべく2017年に発売された最後発モデルである。
SUV需要が高まるにつれ、さまざまな大きさや価格のモデルでラインナップを充実させる必要が生じてきた。ユーザーの好みに応えてレンジローバーも4兄弟になったわけだが、違いを際立たせるのは難しい。プレミアムSUVの頂点に立つレンジローバーはもちろんのこと、高い操縦性を備えるスポーツ、コンパクトでスタイリッシュなイヴォークにはそれぞれ唯一無二の個性がある。ヴェラールは「アヴァンギャルドなレンジローバー」という触れ込みで登場したが、立ち位置はどうもはっきりしない。
今回試乗したのは、2024年から加わったPHEVのダイナミックHSE P400e。ヴェラールの最上級グレードである。試乗車は2024年モデルで、すでに受注が始まっている2025年モデルとは装備や価格が若干異なることをあらかじめお断りしておく。パワートレインなどの主要部分に変更はないので、大きな問題はないはずだ。
あらためて外観デザインを眺めると、これぞレンジローバーというたたずまいにオシャレ感がプラスされていることが分かる。奇抜さのないオーソドックスな仕立てで、伝統を背負っていると感じた。サイズはスポーツとあまり変わらないのに、上品な印象でつつましやかだ。
ワインディングロードでも上品
クルマを受け取ったとき、すでにバッテリー残量は17%。EV走行可能距離は5kmだった。走行モードで「EV」を選択し、少しだけモーターのみで走ることにする。静かでスムーズな走行であることを確かめて、すぐに「ハイブリッド」に切り替えた。搭載されているリチウムイオンバッテリーの容量は19.2kWhと限定的で、電力を使い切ってしまえばエンジンのパワーが主となる。
エンジンがかかっても、車内が静かなことに変わりはない。2リッター直4ターボエンジンはパワフルで、最高出力が300PS、最大トルクが400N・m。余裕があるから回転数が抑えられ、100km/h巡航では1500rpmほどで悠然と走る。遮音は万全で、ロードノイズや風切音もほとんど聞こえない。長男のレンジローバーほどではないにしろ、乗り心地は柔らかで堂々としている。ホイールベースが短いせいか時に落ち着かない動きがあったイヴォークとはかなり違う。
4兄弟すべてに共通しているのが、むやみやたらにスピードを追い求めることがない点だ。動力性能は高いのだから急加速だってできるのだが、そんな気にならない。下品なパワー自慢とは一線を画している。上質な素材でしつらえられた快適な空間に身を任せて運転していると、先を急ごうとは思わないのだ。
とは言いながら、向かったのは箱根である。ワインディングロードに持ち込むと気分は変わる。急な上り坂でもストレスなくグイグイと加速していく。それでも車内に騒音が満ちるようなことはなく、荒々しさは感じない。優雅さを保ちながらスピードを増していく振る舞いが上品だ。コーナーでは2tを超える車重を思わせない粘りを見せる。しなやかにロールして4輪で確実に路面をとらえているのが分かり、ドライバーは安心して次のコーナーに向かってアクセルを踏めるのだ。
回生による充電には限界が
元気よく走り回っていたら、バッテリー残量はゼロに。EV走行換算距離はWLTPモードで64kmだが、スポーツ走行では消費が早い。下り坂では回生ブレーキによる充電を試みた。パドルを使ってスピードを調整し、極力アクセルを踏まずに降りていく。10kmほど下りが続いたのだが、ディスプレイに示されたバッテリー残量は8%にとどまり、EV走行可能距離はわずか2km。回生だけで十分に回復させるのは難しいようだ。
普通充電にしか対応していないので、チャージは諦めてそのまま帰途につく。自宅で充電して通勤などで短い距離を移動するなら電気自動車(BEV)として使えるが、遠出すれば電気を使い切ることになるだろう。その状況ではバッテリーの重さがデメリットになってしまうが、WLTCモード燃費は10.5km/リッター。ガソリンエンジンモデルの9.5km/リッターを上回るので、一応はエコ性能が高いということになる。
ジャガー・ランドローバーも他メーカーと同様に電動化を推進していて、2039年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指すと表明した。ランドローバーからBEVはまだ登場していないが、レンジローバー4車種と「ディスカバリー・スポーツ」にPHEVが設定されている。世界的なBEV需要減速を考慮して、しばらくはPHEVのラインナップを充実させていくのだろう。
まだ高価なバッテリーを大量に搭載するので、PHEVはどうしても高価になる。普及にはそこが高いハードルになるのだが、ヴェラールはもともと安いクルマではないのでさほど問題にはならないはずだ。そう思って価格表を見ていたら、ヴェラールではPHEVがお買い得モデルであることに気づいた。
2025年モデルは値下げ!
2024年のヴェラール ダイナミックHSE P400eが1317万円だったのに対し、2025年モデルは1208万円なのだ(「ダイナミックSE P400e」なら1074万円)。クルマの価格がどんどん高騰しているなかで、なんと値下げである。ウォークアウェイロッキング&アプローチアンロックシステムや電動調整ステアリングコラムが採用されて装備が充実しているのだから、にわかには信じがたい。しかも2リッターガソリンモデルの最上級グレードは1207万円から1208万円に1万円値上げされていて、まったくの同一価格になったのだ。
電動化を進めていく意欲をアピールするための戦略的な価格設定なのだろうか。最廉価のディーゼルモデルとの価格差も縮まっており、PHEVを選ぶモチベーションは強まるはずだ。自宅にガレージがあって充電できる環境にあるのなら、魅力的な選択肢になると思う。
4兄弟のPHEVを比べてみると、イヴォークは883万~964万円、スポーツは1399万~1685万円、レンジローバーは2098万~2812万円。こうやって並べると、ヴェラールのPHEVはお値打ちだと感じてきた。イヴォークでは少し小さいと思うなら、200万円ほどの追加でスペースに余裕のあるヴェラールが買える。後席はゆったりとしていて、荷室容量も十分以上だ。
影が薄い、立ち位置がはっきりしないなどと言ってしまったが、実のところヴェラールは絶妙なポジションにいるのではないか。ほどよい大きさで比較的安価であり、洗練された都会派SUVのスタイルを持つ。中途半端な位置どりのように見えて、実際には緻密なマーケティングが生み出したモデルなのかもしれない。それは、そもそもヴェラールを含むレンジローバー4車種がよく考えられたラインナップだということになるのだが。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
レンジローバー・ヴェラール ダイナミックHSE P400e
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4820×1930×1685mm
ホイールベース:2875mm
車重:2290kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:300PS(221kW)/5500-6000rpm
エンジン最大トルク:400N・m(40.8kgf・m)/2000-4500rpm
モーター最高出力:142PS(105kW)/3650rpm
モーター最大トルク:278N・m(28.4kgf・m)/1000-3700rpm
システム最高出力:404PS(297kW)5500rpm
システム最大トルク:640N・m(65.3kgf・m)1500-4400rpm
タイヤ:(前)265/45R21 104W M+S/(後)265/45R21 104W M+S(ミシュラン・ラティチュード ツアーHP)
ハイブリッド燃料消費率:10.5km/リッター(WLTCモード)
充電電力使用時走行距離:64km(WLTPモード)
EV走行換算距離:64km(WLTPモード)
交流電力消費率:257.6Wh/km(WLTPモード)
価格:1317万円/テスト車:1372万0080円
オプション装備:ボディーカラー<ヴァレジネブルー>(0円)/インテリアトリム&フィニッシャー<シャドーグレイアッシュ>(7万5000円)/4ゾーンクライメートコントロール(14万6000円)/Wi-Fi接続<データプラン付き>(3万6000円)/グローブボックス<クーラー&ロック付き>(3万2000円)/標準インテリア(0円)/ステアリングホイール<ノンレザー>(0円)/リアシートリモートリリースレバー(2万1000円)/ヘッドアップディスプレイ(19万8000円)/プライバシーガラス(7万3000円)/ルーフレール<ブラック>(5万2000円)/フロントフォグランプ(3万1000円)/コンフィギュラブルキャビンライティング(4万2000円)/パワージェスチャーテールゲート(2万8000円)/コールドクライメートパック(38万円)/コントラストルーフ<ブラック>(13万8000円)/テレインレスポンス2<ダイナミックプログラム付き>(3万2000円)/ダイナミックハンドリングパック(11万円)/20ウェイフロントシート<マッサージ&運転席メモリー機能付き>+電動リクライニング機能付きリアシート(18万8000円) ※以下、販売店オプション ドライブレコーダー(5万8080円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:2617km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:360.5km
使用燃料:35.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.3km/リッター(満タン法)/10.8km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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