第884回:ステランティスが中国製EV販売店を急拡大! 創立125年の老舗が挑む史上最大の作戦
2024.11.07 マッキナ あらモーダ!フィアット、ついに首位陥落
今回は、ステランティスが世界展開することになった中国の電気自動車(EV)ブランド、リープモーターの話をしよう。
その前に、イタリアにおける自動車の最新情報を。2024年8月、ブランド別新車登録台数でフィアットが首位から陥落した。具体的には4756台のフィアットを、5941台のトヨタ、5148台のフォルクスワーゲン(VW)、そして4941台だったルノーグループのダチアが抜いたかたちだ。続く9月もフィアットは9078台で、ダチアの7630台こそ上回ったが、VWの9742台、トヨタの9704台に及ばなかった(データ出典:UNRAE)。
フィアットといえばステランティスが擁するイタリアの大衆車ブランドであり、彼らからすればこの首位陥落は、いわば本丸が落城したかたちだ。個人的には、1980年代初頭の人気テレビ番組『ザ・ベストテン』で、寺尾 聰が歌う『ルビーの指環』が、松山千春の『長い夜』に連続1位を奪われた以上の衝撃だった。
背景にあるのは、再量産車種「パンダ」の失速である。9月を例にとれば、2023年は9458台だったのに対して、2024年は7030台にとどまった。現行の3代目は2011年の発表から13年が経過している。イタリアでフィアットは長年培ってきたブランドイメージがあり、充実したサービス拠点や交換部品の入手のしやすさといったメリットが、長きにわたりユーザーに評価されてきた。だが数年前から、モデルチェンジや積極的な部分改良を続けるダチア、フルハイブリッド攻勢をかけるトヨタを前に、苦戦し始めていた。
そのような状況にあるステランティスが、新たな希望を託したのがリープモーターである。
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片や創立125年、片や創立10年未満
まずリープモーターとはなにかを記そう。社名の“Leap”は英語で“跳躍”を意味し、漢字では「零跑汽車」と記す。同社は2015年12月に杭州市に設立されたEV/レンジエクステンダー付きEV専門メーカーである。本稿を執筆している2024年11月を基準にすれば、わずか9年前に設立された企業だ。母体は、監視カメラの製造を得意とする大華(ダーファ)技術である。リープモーターのCEOを務める朱 江明氏は30年以上のキャリアをもつ電気技術者で、大華の創立者のひとりでもある。
筆者がリープモーターのクルマを最初に見たのは、2019年の上海モーターショーであった。ブースにはコンセプトSUV「C-more(シーモア)」と、市販が開始されていたクーペ「S01」があった。後者はスラントノーズではなく、にらんだカエルのような個性的なフロントエンドをもっていて、かつSUV全盛のなか、古典的ともいえるクーペスタイルだったので鮮明に記憶している。
2023年10月、ステランティスはそのリープモーターの株の21%を、15億ユーロを投じて取得した。加えて、ステランティスが51%、リープモーターが49%の出資比率で、リープモーター・インターナショナル社(以下インターナショナル社)をアムステルダムに設立。大中華圏外でのリープモーター製品の輸入、販売、および製造の独占的権利を取得し、CEOにはステランティス・チャイナ副社長の辛 天舒(シン・ティアンシュー)氏を抜てきした。
2024年7月には、リープモーター車の第1便を載せた運搬船が中国から出航。同年9月にはフランス、イタリア、ドイツ、オランダ、スペイン、ポルトガル、ベルギー、ギリシャ、そしてルーマニアの計9カ国で、ステランティスの販売チャンネルを活用して取り扱いを開始した。車種はDセグメントSUVの「C10」と、Aセグメント小型車「T03」である。
今後、欧州域内では2024年末までに計200の拠点を整備する計画で、2026年までに500拠点を目指すとしている。また中東とアフリカ地域(トルコ、イスラエル、フランス海外領土含む)、インド・アジア太平洋(オーストラリア、ニュージーランド、タイ、マレーシア、インド)、加えて南アメリカ(ブラジルとチリ)にも販売網を拡大するという。
125年の歴史をもつフィアットを中核とするステランティスが、創業から10年足らずのメーカーと協業を決めた。しかも自動車業界の合弁としては極めて速いスピートでの展開である。冒頭で触れたイタリアでのフィアットの首位陥落にも象徴されるように、さまざまな国・地域で不振にあえぐステランティスの史上最大の作戦といえる。同時に、カルロス・タバレスCEOの強い危機感が感じられる。
そのタバレス氏は2024年9月末、「既存の自動車メーカーを保護するための罠(わな)である」という表現で、欧州連合(EU)による中国製EVへの関税をけん制した。もはや中国系EVメーカーと争うのではなく、協調路線を選択すべき、という考えを示したものである。
もっとも、自動車史をマクロ的観点でとらえれば、そうした戦略は決して新しいことではない。1970年代には石油危機後の米国において、クライスラーが業務提携先であった三菱自動車から「ギャランΛ(ラムダ)」を「プリマス・サッポロ」の名で導入。大型モデル中心だった自社ラインナップを補った例がある。後年フォードも、資本提携先だったマツダから小型車の供給を受けており、ゼネラルモーターズも1980年代末には、トヨタ、スズキ、いすゞ製のモデルを新ブランド「GEO(ジオ)」として販売した。自動車メーカーが開発コストをかけず、新分野に商品ラインナップを拡大するときの常とう手段なのである。
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訴求力はそれなりにある
本連載第882回のパリモーターショー・リポート(参照)で記したとおり、筆者はその取材からイタリアに帰国した翌々日、フィレンツェ近郊にリープモーターの販売店がすでにオープンしていることに気づいた。
その店は、それまでシトロエンやプジョーの販売のみを手がけていた。外壁に追加された「Leapmotor」の看板はネオンではない、耐候性シートに印刷したものである。ショールームは新築ではなく、ステランティスの認定中古車「スポティカー」用展示スペースの一角を改装したものだ。おそらく欧州各地の販売店も、初期投資を少なくするため同様の手法でリープモーターの販売を開始するのだろう。
ショールーム内には、前述のC10とT03が展示されていた。ステランティスの資料を引用すれば、C10はリープモーター初の国際商品で、自社開発の「LEAP3.0テクノロジーアーキテクチャー」を採用。満充電からの最長航続距離(WLTP複合モード)は420km、欧州の衝突安全基準「E-NCAP」では5つ星の評価を獲得している。2023年には、インターナショナルCMFデザインアワードを、2024年にはフランスデザインアワード(FDA)の金賞を受賞している。いっぽうのT03は、Aセグメントの外寸にBセグメントの内部スペースが売りの5ドア車だ。
T03のエクステリアに関していえば、個人的には2代目「スマート・フォーフォー」の外観を連想してしまう。前部のデザインは見る者によってはコミカルに映るかもしれないが、整理されておらず、筆者としては素直に愛着がもてない。それはともかく、その販売店で実車に貼られた価格表には、発売キャンペーン適用で税込み1万8271ユーロ(約302万円)と記されていた。その概要を「ルノー・トゥインゴE-Tech」と比較すると、
T03:最高出力95PS/航続距離265km/価格1万8271ユーロ
トゥインゴ:最高出力82PS/航続距離190km/価格2万4050ユーロ
(航続可能距離はWLTP複合モード。T03の価格はフィレンツェ郊外の販売店、トゥインゴはイタリアのカタログ価格)
これだけ見ると、市場での訴求力はそれなりにある。加えていえば、まだ知名度が低いリープモーターではあるが、EVを求めるヨーロッパ諸国の人々には、日本人が思うほど抵抗感はないだろう。なぜなら、近年における欧州の物価高は、多くの人々の消費性向を変化させているからだ。欧州統計局による2024年発表のリポートによれば、欧州では90%の人が物価高に強い懸念を抱いている。かつては無名だったダチアの成功は、ブランドにこだわっていられなくなったヨーロッパの自動車ユーザーの心理を物語っている。
冷笑するのは早計だ
知人のセールスパーソンに、リープモーターについて聞いてみることにした。参考までに、彼が勤務する販売店グループは1956年以来フィアットを手がけてきた、いわば老舗だが、まだリープモーターは扱っていない。
セールス歴27年の彼である。ネガティブな意見が聞けるのではないかという筆者の予想に反して、彼は開口一番「リープモーターを歓迎します」と答えた。「残念ながら、私たちは過去に犯した数え切れない過ちの結果、とてつもない代償を払いつつあるのです」。要するに、イタリアの自動車産業は、市場と顧客ニーズの変化に対応できなかったために、今日の不振を招いた、という意味だ。彼は続ける。「クルマに対する要求は厳しくなる反面、ますます予算が少なくなった顧客のために提案できるクルマを増やすことが必要なのです」。そのためにリープモーターは有効なのだという。「自動車業界の状況を好転させる唯一の“武器”となり得るのです」
話は戻るが、2024年のパリモーターショーのリープモーター展示ブースで、ある光景を見た。記者発表会直後にT03を見に来たその男性3人は、会話と所持品からして韓国ブランドの関係者だった。彼らの顔には笑いが浮かんでいた。もっと詳しくいえば、自社製品のレベルに達していないことへの冷笑だった。
思えば、かつて日本メーカーの人々も、ショーで見る韓国、インドそして中国メーカーのクルマを笑っていた。筆者もしかり。そうした国でつくられるクルマの、特に室内を見るたび「まだまだ未熟だな」と思っていたことを告白せねばならない。ところがその後、彼らのデザインや質感はめきめきと向上していった。今や逆に、欧州に輸入される日本車の車内をのぞくと――コストとの妥協点を必死で模索している現場のデザイナーには恐縮だが――「もう少し感性品質がともなうデザインがないものか」との思いを抱いてしまう。
もちろん中国の自動車産業は、政府のEV購入者向け補助金政策の行方、鈍化する経済成長といった要因から、先行きが不透明だ。実際、リープモーターとほぼ同時期に誕生しながら、消滅してしまったブランドが数々ある。しかし、今リープモーターを笑う韓国メーカーの人々も、いつか日本メーカーと同じ立場に陥ることがなきにしもあらずだ。早急な判断は愚かである。
2024年10月11日、ステランティスはタバレスCEOを2026年の契約期限切れをもって退任させることを決めた。リープモーターが彼のよき忘れ形見となるのか、それとも、ただでさえ余剰ブランドを整理しようとしているところに、またひとつ重荷を増やしてしまう結果となるのか。スリリングな賭けが始まった。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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