第885回:次は“あり”かも、あのブランド――テスラのライドシェア運転手との会話
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今回は、あるライドシェア運転手と交わした、道中の会話を紹介しよう。
2024年10月、フランスのリナ=モンレリー・サーキットでイベントを取材する機会があった。1966年の恋愛映画『男と女』にも登場する、パリからおよそ40km南にあるコースである。普段は可能な限り鉄道・バスで目的地に向かうことを考える筆者だが、調べてみるとサーキットあるあるで、公共交通機関の便がよくない。郊外高速鉄道(RER)と路線バスをどのように乗り継いでも、最寄りの停留所から40分以上歩く必要がある。念のため、当日開催されるイベントの事務局に聞いても、単に「RERとバスでおいでください」という返事が1回。それっきりであった。まあ郊外在住・勤務だと、バスがあっても使ったことがない人が大半なのはイタリアも同じなので、それ以上問うのは諦めた。
レンタカーを使う距離でもないし、そもそも円安もあって、やたら高い。そこで、いかにもイベントに行きそうなフランス人の知人に連絡をとってみた。すると、以前そのサーキットに連れていってくれた人物は、ちょうどその時期に海外旅行中。もう一人は「行こうと思っていたけど、参加費が高いのでやめた」という。
日ごろ歩くことをいとわない筆者ゆえ、いっそのことイベント事務局を恨みながらバス停から数十分歩いてやろうか、と当日朝まで思っていた。だが、現場に到着した途端に疲労困憊(こんぱい)していては、仕事の質が落ちる。
そのようなとき、パリにはライドシェアがあることを思い出した。イタリアでは今日でも利用できる都市が限られていることから、うっかり忘れていた。
幸い、過去にインストールしてあったライドシェア用アプリケーション(アプリ)が、筆者のスマートフォンに残っていた。さっそく目的地を入力すると、車両の選択肢が表示された。最安が「シェア」、つまり相乗りである。次が「グリーン」と名づけられていて、ハイブリッド車もしくは電気自動車(EV)だという。それ以降は筆者にふさわしくない高級車、もしくは人や荷物が多く載せられる車両だ。相乗りの場合は別の目的地に向かう人も乗降させることになるが、それを勘案しても、土曜日なので道はすいており、時間的には大丈夫なはずだ。さっそく相乗りのボタンをポチった。ところが、予約してから20分以上待たされることが画面表示から判明。慌てて取り消し、次に安い「グリーン」に選び直した。
テスラならではの“つらさ”
待つことわずか6分。迎えに来たのはアプリ画面に表示されていたとおり、「テスラ・モデルY」だった。
後日知ったことだが、フランスでライドシェア大手「ウーバー」の登録ドライバーが使用している車両の2024年台数ランキングによると、1位から4位までがトヨタ車である。具体的には「オーリス」「C-HR」「プリウス/プリウス+(日本名プリウスα)」「カローラ」だ。それらに続く5位がテスラ・モデルYである。同車は2023年に2位だった「プジョー508」を追い出して、初のトップ5入りを果たした(出典:BFM Business)。かつてパリにおけるライドシェアの代名詞だった「オペル・インシーニャ」は見る影もない。業界の人気車は、その時々のフランス現地法人による営業車市場開拓の力の入れようで、刻々変化する。
テスラといえばダッシュボードについて、2024年夏に筆者がインタビューしたイタルデザインのデザイン部長ホアキン・ガルシア氏は、「『モデル3』の(シンプルな)インテリアを見ると、彼らのチームが非常に難しい仕事をやってのけたことがわかる」と語っていた。しかし、今回の運転手であるムハンマドさん(仮名)にとって、そこは仕事場だ。スマートフォンホルダーからティッシュペーパーまで、あるゆるものがちりばめられている。
彼によると、これまでプリウスも含め、さまざまクルマでライドシェアの仕事をしてきたという。モデルYの前は「フォード・モンデオ」だったと話す。筆者が、「このモデルYは自分のですか? それとも長期リース?」と聞くと、ムハンマドさんは自己所有と教えてくれた。そしてこう説明を続けた。「3万ユーロ(筆者注:約490万円)の36カ月ローンで購入したんですよ」。参考までに、2024年現在のフランスにおけるモデルYの価格は、環境対策車奨励金の適用後で4万0990ユーロ(約669万円)。おそらく彼は、下取り車の査定分や頭金を差し引いた額を説明したのだろう。単純に割り算すれば、月額833ユーロ(約13万6000円)を払っていることになる。
「ただし」と彼は言う。「VTC(ハイヤー)扱いなので、保険料金は月額300ユーロもかかります」。年額にして3600ユーロ、約58万9000円である。イタリアで年額約4万円の保険でヒーヒー言っている筆者からすると、天文学的数字だ。
テスラの象徴である「オートパイロット」はスイッチオフにしているという。前方障害物検知の機能が想像以上に敏感なのが理由とのことだ。「実際に急ブレーキがかかって、後方から追突されるかと冷や汗をかいたんです」。パリもイタリアの大都市同様、かなり強引な車線変更や割り込みをするドライバーが少なくない。そうした状況下ではムハンマドさんの場合、オートパイロットよりも自分の腕に頼ったほうが快適なのである。
充電設備数の観点からすると、パリは優位である。6282基というその数は、欧州の都市別でアムステルダム、ロンドン、ロッテルダム、ハーグに次ぐ5位だ(出典:EVmarketsReports、2024年)。テスラの急速充電設備「スーパーチャージャー」に関していうと、フランス全体では2022年にすでに120カ所・1500基が稼働しており、2024年中にはさらに30カ所増える予定だ(出典:EDFほか)。
ただしムハンマドさんによると、スーパーチャージャーの設置場所では、いわゆる“テスラ渋滞”に遭遇する日があるという。2023年のフランスでのテスラ登録台数は、前年比でなんと2.16倍の6万3041台を記録したのだから、容易に想像できる。
さらにフランスでスーパーチャージャーは、2022年からテスラ車以外にも開放されている。「そのため最近では、他ブランドのクルマが使っているのを頻繁に目撃するようになりましたね」と彼は証言する。直近ではヒョンデやそのグループ内ブランドであるキアの一部車種も、テスラ規格であるNACS(North American Charging System)を採用した。彼らもアダプター無しでスーパーチャージャーを利用できる。
したがって、ムハンマドさんは電池残量が少なくなったときは、長距離客は受けつけない。乗車予約の際、事前に出発地・目的地の入力が必須となるライドシェアだからできることだ。しかし少しでも稼ぎたい立場としては、長距離の客を失うのは痛い。
それでもムハンマドさんがモデルYに乗る理由とは?
「テスラ・モデルY」を選んだ喜び
その質問に「まずは室内が広くて、荷物が載ることです」と彼は答える。天井が高く、オールガラスルーフの恩恵で開放的というのだ。参考までにモデルYの前席ヘッドルーム(座面から天井までの距離)は1041mm。モデル3が1024mmだから、17mm高い。後席に至っては43mmも高い。
加えて、欧州屈指の観光都市、かつやや遠方のボーヴェまで含めると3カ所も空港があるパリがムハンマドさんの仕事エリアだ。相応の荷室をもつクルマのほうが荷物を載せやすいのだ。
第2に、彼はブレーキパッドなどを除き、消耗部品の交換が極めて少ないことを挙げた。稼働日数が命の彼らにとって、整備工場入りで時間をとられることは、なるべく避けたいのである。
そして第3は「なんといっても、電費が安いことです」とムハンマドさんは話した。彼自身は細かい数字を挙げなかったうえ、テスラのフランス法人のウェブサイトにも適切な説明がないので、代わりにアウディの現地法人サイトを参照してみた。
そこではEVである「e-tron」シリーズと内燃機関仕様の比較が説明されている。要約すると、モデルごとに異なるものの、概してEVの走行コストは100kmあたり約2.9ユーロと推定される。いっぽうガソリン車は7.5ユーロ。1年間で1万5000kmを走行すると、およそ700ユーロは節約できる可能性がある。一社の簡易的な試算とはいえ、現時点のフランスで「電気はガソリンより安い」といわれている理由がわかってくる。
ちなみにムハンマドさんは、パリで年2回開催されるファッションウイーク期間中は、かなり稼げるという。本人は言わなかったが、配車されたクルマがEVだったりテスラだったりすることで車内での会話がはずみ、アプリを通じて渡されるチップもそれなりにあったのでは、と筆者は考える。
次は“あり”かも、あのクルマ
そのような話をしているうち、無事サーキットに到着。乗車時間は37分で、料金は約34ユーロ(約5600円)であった。
降車がてらムハンマドさんに「次もテスラですか?」と聞いてみた。すると代わりに、このような答えが返ってきた。「仕事仲間は『次はBYDも選択肢に入るのではないか』と言っています」。2024年10月のパリモーターショーで公開された「BYDシーライオン7」は、外寸はモデルYとほぼ同一。急速充電の所要時間こそ長いが、バッテリー容量、航続可能距離はモデルYを上回る。日本におけるCMコピーではないが、「ありかも、BYD!」なのだろう。
「買い替え時に精査すべきは、今のモデルYの保証期間をもとに、その時点での走行距離数と下取り査定額になると思います」と彼は言い残し、次の乗客のもとへ向かって行った。
フランスのライドシェア車は米国と異なり、フロントウィンドウ内側に配車サービスプロバイダーが入ったサインは掲げられていない。かつてタクシードライバーの組合による過激なライドシェア反対運動も起きた国であるから、無いほうがいいのだろう。したがって即座に見分けられない。だが、ライドシェアらしきドライバーが運転するテスラを見ると、ムハンマドさんのようにローン完済まで頑張っていることを想像してエールを送りたくなる。
次にいつ筆者がパリを訪れるかは目下未定である。ただし話題の完全自動運転タクシー「テスラ・サイバーキャブ」が投入される前には、何度か再訪するだろう。ムハンマドさんのクルマが再度配車される確率は極めて低いが、彼の同僚たちがどのようなクルマを愛用しているのか、今から楽しみである。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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