第891回:日産-ホンダ経営統合協議に思う ヨーロッパ市場「生き残りの処方箋」
2024.12.26 マッキナ あらモーダ!ステランティスの動向が優先
日産とホンダが経営統合に向けて協議に入ることが明らかになった。今回は、イタリアとフランスで報道がどう受け止められたかを記そう。
日本経済新聞の電子版がそれを報じたのは日本時間2024年12月18日未明、欧州では17日夜だった。筆者自身は就寝前、『オートモーティブ・ニュース』の速報で知った。「明朝は欧州で大きなニュースになるだろう」と考えながら、そのまま床についた。
イタリアの18日朝7時台、経済専門局『ラジオ24』のニュースに耳を傾けてみた。最初は、ステランティスの新車投入および国内投資計画だった。同社の欧州責任者ジャン=フィリップ・インパラートCEOと、企業およびメイド・イン・イタリー省の会合の結果だ。それに続いたのは、イタリアがアルバニアに建設した移民収容施設の問題。そして3番目は「メローニ首相、EUによる自動車メーカーへの二酸化炭素排出規制の罰金撤回を求める」。日産-ホンダは報道されなかった。
フランスの『ラジオ・クラシク』のニュースにも耳を傾けた。しかし、ドイツにおけるシリア人難民の処遇に時間を割いていて、こちらも日産-ホンダの件には言及しなかった。同局は翌19日になって、ルノーが日産株の36%を保有していることに触れ、自国メーカーとの関連を解説したが、直後に「サイクロン被害を受けた仏領マヨット島をエマヌエル・マクロン大統領が視察」の報道に移ってしまった。
まともに取り上げたのは英国『BBCニュース・ワールドサービス』だった。18日朝8時半の放送で、約5分にわたって解説。日産と彼らの判断を「too little, too late(あまりに小さく、あまりに遅い)」とした業界アナリストの評価も紹介した。しかしそれも、すぐ後にはマヨット島の救助活動の話題に切り替わった。
新聞はどうか? イタリアの経済紙『イル・ソーレ24オーレ』電子版を参照する。12月18日の8時時点で、トップ記事は「米国FRBの利下げ」。その左にある小さな見出しは、「利下げにともなう住宅ローン申し込みの動向」で、ようやくその下に「東京(為替)市場、値下がり。日産株売買停止」を見つけることができた。日付は17日なので、いち早く配信したことになるが、トップページでの扱いは小さい。
『コリエッレ・デッラ・セーラ』電子版も17日中に報じたことになっている。「日産-ホンダ両社が覚書を交わす準備ができている」と報じるとともに、アップルの「iPhone」の製造メーカー(鴻海精密工業)も関心を示していることや、ルノーの立ち位置についても触れている。ただし、一般誌だけに経済欄での扱いだ。
大きな話題にされない理由
筆者が知るかぎり、最も詳しく解説していたのはフランスの経済紙『レゼコー』の電子版である。まず12月17日の22時前、「日本の3つのメーカー(日産、ホンダ、三菱)は交渉中。電気自動車市場における中国のプレーヤーの台頭を前に団結して対応」と要約。続いて19日までに、日産・ルノーの過去の経緯などを紹介した関連記事を10本掲載している。
だがレゼコー紙を除くと、全体的に日本のメディアにおける扱いよりも、かなり落ち着いている。
それは、欧州の一国・イタリアに住む筆者からすれば、容易に理解できた。EU圏内において喫緊の課題は、加盟国内で相次いでいる二酸化炭素排出規制の罰金撤回要求である。さらにイタリアにかぎっていえば、前述のラジオ24のように、ステランティスの業績不振と、それにともなう雇用問題なのである。日産-ホンダ統合のニュースの影が薄くなるのは致し方ない。
企業統合という観点からすると、イタリアやフランスの人々は、フィアット-クライスラー、グループPSAとオペル、それらの流れをくんだステランティスと、過去例を見てきた。重工・家電・エレクトロニクス業界まで拡大すれば星の数ほどになる。極東の企業の統合に関するニュースの衝撃度はそれほどでもないのである。
しかしながら最大の理由は、日産-ホンダ両社のEU圏内における市場占有率である。2024年1月~11月新車登録台数(カッコ内はシェア。データ出典:ACEA)で、1位はフォルクスワーゲン・グループの259万9893台(26.7%)、2位はステランティスの163万0437台(18.1%)、3位はルノー・グループの105万3553台(10.8%)である。対して日産は18万1904台(1.9%)、ホンダに至っては3万6853台(0.3%)にとどまる。ブランドとしての2社の存在感は、残念ながら極めて限定的なのだ。
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プロたちは、こう考えた
販売最前線の人々はどう捉えているのか? 最初に聞いたのは、シエナ地域の日産販売店で働くセールスパーソンだ。以前は別の販売会社で勤めていた業界経験豊富な彼だが、「このニュースはまだ決定事項ではないので、確たる道が示されるまでコメントは適切ではない」と返答を保留した。
次に聞いたのは、ステランティス系中堅販売会社で長年勤務する人物である。彼は「大切なのは日産とホンダが、それぞれのアイデンティティーを維持することだ」と話す。その重要さを示す例として、彼は自身が扱うランチアを挙げ、「残念ながら、アイデンティティーが希薄になったことで、人気が衰えてしまった」と振り返る。
いっぽう、前々回の本欄で紹介したシエナ県のマツダ販売店「スーペルアウト」は、2017年からホンダの四輪車も扱っている。同社のマッシモ・ラッツェッリ社長は、2つのケースを想定してコメントした。第1はステランティス型の統合だ。「実現すれば、数カ月以内に、それぞれの販売網の構成も変わる可能性がある」と予想する。第2は構造的パートナーシップだ。「各ブランドに個々のアイデンティティーを維持させた場合、販売網は別々のままとなる可能性がある」とコメントする。前述のステランティス販売店のスタッフしかり、販売の第一線に立つ人にとって、ブランドイメージがいかに構築されるかは重大な関心事であることがうかがえる。そして、マッシモ社長は「ひとつ確かなことは、自動車市場は急速に変化しているということだ!」と締めくくった。
ところで、イタリアでは2010年代から、「日産リーフ」が環境対策の補助金制度を背景に、タクシー業界で一種の導入ブームとなった。2022年9月、当連載第776回に登場した2代目日産リーフの個人タクシードライバー、ジャンルーカ・ムッチャレッリ氏に連絡を試みた。ヘビーユーザーの視点から話を聞こうと思ったのである。
すると彼はすでにリーフを手放して「オペル・アストラ」を仕事の足としていた。その経緯は別の機会に譲り、今回は彼の日本ブランド感に焦点を当てることにする。
「私は優れたクルマを生産する日系企業の能力を評価している。ホンダは立派な技術的な蓄積を持ち、日産も素晴らしいメーカーだ。ゆえに危機的状況は過ぎ去りつつあると信じている。特に日産が、ルノーからやや距離を置きはじめたのは適切であったと思う」とジャンルーカ氏はコメントする。彼が、それ以上に評価するのは、トヨタを中心とする関連会社や提携関係だ。巨大企業トヨタがスバルに自主性を委ねるアプローチをとっていること、小型車に強いスズキの技術と、電動化で先んじるトヨタの技術の持ち寄りも理想的と語る。
さらにジャンルーカ氏は、欧州における彼らの販売体制に触れた。「『スズキ・スウェイス/アクロス』『マツダ2ハイブリッド』は、私から見れば相互扶助のスマートな協定だ」。参考までにスウェイスは、英国工場製「カローラ・ハイブリッド」の姉妹車で、EUのメーカー別二酸化炭素排出量規制を達成するため導入された。アクロスは「トヨタRAV4」の、マツダ2ハイブリッドはトヨタのフランス工場で生産されている「トヨタ・ヤリス ハイブリッド」の姉妹車である。
ちなみに、ステランティスのブランド構築に対しては、ジャンルーカ氏は手厳しい。「アルファ・ロメオは軽んじられてしまっている」と語る。すなわち、日産-ホンダもトヨタ型の互恵関係が構築されるのがふさわしい、と彼は考えている。
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プライドを捨てよ
話を日産-ホンダに戻そう。イタリアの地域販売業界では、かつてのように日産もしくはホンダの1ブランドで経営を成り立たせていけると考えている会社は少ない。前述したシエナの日産販売店は県内と隣接県に3店舗を擁し、1990年代初頭から日産を扱っていた。だが経営を安定させるため、2017年からフォルクスワーゲン・グループのブランドであるセアト/クプラを併売している。
そうしたなか、日産やホンダが目指すべきは、より車種を吟味してブランド価値を高めることだろう。イタリアで日産の乗用車は、「ジューク」「キャシュカイ」「エクストレイル」「リーフ」そして「ルノー・カングー」の姉妹車である「タウンスター」の計5車種である。ホンダも「CR-V」「ZR-V」「e-Ny1」「ジャズ(日本名:フィット)」「HR-V」そして「シビック」の6モデルだ。日本市場向けラインナップと比較すると十分に少ないが、イメージの統一がとれているとはいいがたい。
幸い、日産、ホンダとも高性能車のイメージはけっして悪くない。近年、自動車好きの若者の間で「日産GT-R」の人気は高まっている。ホンダはさらに有利だ。なぜなら、1950年代末から1960年代初頭に生まれた自動車ファンにとって、「CB Four」に代表されるホンダ製モーターサイクルは青春時代の憧れだったからである。第2期F1の印象も色濃い。初代および2代目「NSX」は、ヤングタイマー市場で高額取引されている。「シビック タイプR」も走り屋の間で知らぬ者はいない。
いっぽうで日産は、スペインの旧・日産モトール・イベリカがあった時代からトラックやバンを供給していたこともあり、商用車のイメージも強い。ホンダは草刈り機、耕運機、発電機といった、日本でパワープロダクツと名づけて販売されている商品も、専門店を通じて売られている。
筆者は、けっして商用車やパワープロダクツの開発・販売に携わる人々を見下すような下衆ではない。しかし、中古市場で21万ユーロ(約3400万円)以上で取引されているGT-R NISMOや、新車で5万4000ユーロ超のプライスタグがついているシビック タイプRと、商用車やパワープロダクツが同じブランド名であることに困惑する人は少なくない。
「ランボルギーニのトラクターや、メルセデス・ベンツのトラックがあるではないか」という声もあろう。だが前者は1973年から別の会社による製品となって久しい。たとえトラックがあっても、メルセデス・ベンツ乗用車のステータスが維持されているのは、同グループがブランドイメージを必死で維持してきたからである。欧州では「よそ者」の日産やホンダが一朝一夕に模倣できるものではない。
ふたたび欧州域における2024年1月~11月の販売シェアに注目すれば、日産の1.9%は、テスラ(2.6%)、ボルボ(2.6%)に近い。ホンダの0.3%に関していえば、ジャガー(0.1%)、ランドローバー(0.5%)の水準である。そうしたブランドたちは鮮烈な個性を構築し、訴求しながら市場で戦っている。
同時に、欧州の販売台数でホンダは、すでに上海汽車(SAIC:13万7013台、シェア1.4%)に大差をつけられている。日産もSAICに約4万4800台差まで追い上げられている。
将来も日産やホンダが欧州市場に残りたければ、テスラ、ジャガー/ランドローバーに匹敵する明確なブランディングが必要だ。提案をお許しいただけるなら、日産は「GT-R」「NISMO」をブランド化し、商用車を「NISSAN」とする。ホンダはパワープロダクツを「ASIMO」と改名して差別化を図る。
2社統合協議の行方は目下のところ未知数だ。しかし、両社とも総合自動車メーカーのプライドを捨てることが、少なくともヨーロッパでは必要な気がしてならない。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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