第894回:高級ジーンズ×アバルトの“共演”も ピッティ・イマージネ・ウオモをリポート
2025.01.23 マッキナ あらモーダ!アウトビアンキに迎えられて
世界屈指の紳士ファッションの見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が、2025年1月14日から17日にかけてイタリア・フィレンツェで開催された。開催107回目を迎えた今回は、全770ブランドが参加。主に2025~2026年の秋冬物が、世界のバイヤーと報道関係者約2万人にいち早く公開された。今回はその会場から、乗り物に関連する話題をいくつか。
まず屋外会場で目に飛び込んできたのは、懐かしい「アウトビアンキY10ターボ」のマルティーニ仕様である。展示していたのはイタリアのMC2サンバースだ。ベルガモを本拠とするこのスポーツウエアブランドは、以前も初代「フィアット・パンダ4✕4」といった歴史車両をディスプレイしてきた。今回の展示は、2024年にランチアがY10の末裔(まつえい)である「イプシロン」でのWRC(世界ラリー選手権)復帰を発表したことからして、タイミング的に適切ではある。車両もディスプレイ用にふさわしいコンディションだ。とはいえ、少し前までイタリアの路上で実用車として容赦なく乗り回されていたモデルが、おしゃれイベントのアイキャッチになるとは。時の流れを感じざるを得なかった。
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「ロードバイク」と「仕立て師」の共通点
F1では2023年までおなじみだったアルファタウリのブースをのぞいてみる。おさらいしておくと、アルファタウリは飲料会社レッドブルが2016年に設立した服飾ブランドである。名称のAlphatauriとは、おうし座で最も明るい恒星アルデバランの別名だ。
F1愛好家には釈迦(しゃか)に説法であろうが、なぜF1コンストラクターの名称になったかについても説明しておく。レッドブル・グループは、イタリアの名門コンストラクター、ミナルディを2005年に買収。本拠地をイタリアのファエンツァに置いたままスクーデリア・トロ・ロッソに改称した。続いて2020年、グループ内におけるファッションブランドの知名度向上を意図して、スクーデリア・アルファタウリと改名した。なお、2024年シーズンにはビザ・キャッシュアップRBに、2025年にはビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズにチーム名を変更し、現在に至っている。
ファッションのアルファタウリに話を戻せば、「ファッション」「機能性」そして「スポーツ」がキーワードである。モーツァルトの故郷として知られるオーストリア・ザルツブルクを拠点にしているだけあって、冬物コレクションはとくに実用性が重視されているのがわかる。たとえばアウターのフード部分は、周囲の音が聞こえやすいよう工夫が施されている。
またすでに展開している4ウェイ・ストレッチのジャケット&パンツは、しわがつきにくいうえ、丸洗い可能なので旅行に最適とアピールする。ブランドのカタログでは、F1パイロットでブランドアンバサダーのマックス・フェルスタッペンが絶賛している。
セーターも、各部の通気性に十分な配慮がなされている。製造には、日本の島精機による丸編み機が用いられているという。
ちなみに、ブランドマネジャーのアンナ・フリートハイム氏によると、今回の2025~2026秋冬物の商品撮影は、マイナス20℃に達するアラスカで1週間かけて行ったという。とかくバーチャルでことを済ませがちな昨今においては、かなり職人的である。
アルファタウリの次に訪れたのは、コルナゴのスタンドである。ご存じのとおり、イタリアを代表するロードバイクのいちブランドだ。今回は、彼らが2024年11月に創業70年を記念して公開したレジャーウエアのカプセルコレクション展示であった。
最も象徴的な商品には、ロロ・ピアーナのカシミヤ生地が用いられている。「アパレルは(ロードバイクに)思っているよりも近い」とコルナゴは訴えており、その心は「自転車づくりもサルト(仕立て師)も、耐久性と美しさを確保するために素材を慎重に選択する。結果としてそれは全体的な美につながるからだ」とのこと。さらにこう続ける。「自転車のフレームに使用されている炭素繊維は、樹脂を含浸させる前、布地の一種にすぎない」
スタンドには70周年を記念して70台が限定製作された「スティールノーヴォ」もディスプレイされていた。伝統的なスチールフレームと、最新の3Dプリント技術で成形されたスチール製のラグ(継ぎ手)が組み合わされている。「スチールは視覚的な美しさだけでなく、荒れた路面でも振動を巧みに吸収してくれます。したがって、アスリートでないファンの方からは今も根強い支持があります」とコンテント&マーケティングマネジャーのジョエル・ジッパーズ氏は説明してくれた。
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そのストレッチはドライブにも“適”
しかしながら、乗り物関連で最大の話題といえば、「トラマロッサ×アバルト」のカプセルコレクションである。トラマロッサは北部ヴェネト州のジーンズ専門ブランドで、企業としての創業は1967年である。
参考までに、イタリアはジーンズ発祥の地とされる。港湾都市国家だったジェノバで、帆布を用いた作業用ズボンがあり、Genovaのフランス語名GênesがJeansの語源になった、との説によるものだ。
創業2代目のロベルト・ケメッロ氏は話す。「私の少年時代、市場に流通しているジーンズの大半は米国系・イタリア系いずれもマスマーケットを主眼においたものでした。しかし約20年前、私たちはイタリア伝統のテイラード技術を落とし込んだ高品質ジーンズで、ニッチ市場の開拓に成功したのです」
今回のプロジェクトの発端は、偶然にもアバルトの幹部と知己だったのがきっかけだったという。「わがブランドもアバルトも、生活に一定の余裕があるカスタマーを照準にしていることも協業実現のきっかけでした」とケメッロ氏は振り返る。
これまでボトムス専業のブランドだったが、今回のアバルトコレクションでは、初めて外部コラボレーターの協力を得てトップスも製作した。アバルトの発表によると、コレクションは2025年8月から一部店舗およびオンラインで販売される。だがトラマロッサのスタッフによれば、日本市場においては輸入代理店の決定次第で前倒しになる可能性もあるという。また今回は限定生産だが、アバルトとは長期契約を結んでいるため、さらなる展開もありうるそうだ。
メイン商品であるジーンズにはチェッカードフラッグのパターンが、パッチだけでなく布袋にまで反復されている。加えて、トラマロッサ製ジーンズが長年訴求する、ジーンズとは思えない伸縮性もそのまま引き継がれている。「ドライブ時においても快適性を感じていただけるはずです」と、トラマロッサで輸出担当マネジャーを務めるエットレ・スキエーナ氏は胸を張る。
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次は「86」「ロードスター」?
クルマの話題から離れれば、今回会場で目立ったのは東京にインスパイアされたブランド名やコレクションだ。たとえばRue de Tokyo(東京通り)は日本製品の完璧さ、素材の厳選に着想を得たというが、実はデンマークで2016年に創立されたブランドである。
SUBU TOKYOは、草履から始まる日本の履物文化に敬意を表したポーランド・ワルシャワのサンダル専業ブランドだ。
ミラノを本拠とするリチャードJ.ブラウンは、6つあるファイブポケットジーンズのひとつに「Tokyo」と命名している。同ブランドは、日本の高級デニムの使用を前面に押し出している。
ついでにいえば、Rue de Tokyoと同じくデンマークを本拠地とするガッバは、2025~2026年秋冬コレクションのタイトルを「SUPERNORMAL」とし、ロゴの“O”の部分を日の丸にしていた。クリエイターたちが日本を訪れた際に受けた、さまざまな印象を反映したという。
そうしたブランドの一部から話を聞いた筆者が分析するに、背景には純粋な日本文化や職人芸へのリスペクトがある。加えて、円安で日本訪問が容易になったことで、作り手を含め、より日本への親近感が湧く人々が増えたことがあるのは明らかだ。さらにいえば、市場となる他のアジアの国々で、東京がいわばクールな都市と捉えられていることも作用しているとみた。
かつてのように「日本人=コピー民族」として冷笑されていた時代とは隔世の感がある。いっぽうでファッションの潮流とともに、いつかは東京も忘れられる日が来るのかと思うと、今から寂しくなる。まあ、そう悲観的になる前に、アウトビアンキやアバルトにかわって、『頭文字D』といった和製ポップカルチャーにインスピレーションを得たトヨタ「AE86」や「マツダ・ロードスター」が会場のアイキャッチになる日を夢見ようではないか。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里Mari OYA、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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