大谷翔平とディーン・フジオカにキムタク 最近よく聞く“アンバサダー”ってなに?
2025.04.04 デイリーコラムそもそもアンバサダーとは?
オープンガレージ付きのモダンな低層住宅から出てきて新型「フォルクスワーゲン・ゴルフ」に乗り込もうとする男女。
「今日、どこに行く?」と声をかける女性に、爽やかイケメンが「うーん……海に行こうか」と答える。車内では「ハロー、ゴルフ。音楽をかけて」と最新インフォテインメントシステムを使いこなし、浜辺に着くとフィルムカメラで海をバックに撮影……。
マイナーチェンジを受けてデリバリーが始まったゴルフのCMである。こんなヤツいるかよ、と毒づきたくなるのもわかるが、あくまでファンタジーなのだ。フォルクスワーゲンが考えるゴルフのユーザーを映像化したのだろう。起用されたのは、ディーン・フジオカ。俳優だけでなく、ミュージシャンやモデル、映画監督などマルチな才能でグローバルに活躍している。ゴルフの好感度アップには最適なキャスティングといっていい。
ディーンは単なるCMの演者ではない。フォルクスワーゲンは、ゴルフのイメージキャラクターとして起用したと発表している。フォルクスワーゲン ジャパンは「自分らしさを大切にしながらボーダーレスに新たな道を切り拓(ひら)くディーンさんのライフスタイルは、1974年のデビュー以降、揺るがない信念を持ちながらもたゆまぬ進化を続け、世界中でトップセラーとなった“Golf”と深く共鳴している」と説明していて、彼の生き方や価値観を重視したということのようだ。
イメージキャラクターというのは、ゴルフというブランドの価値を体現する存在なのだ。ルックスがいいとか人気があるといったことに加え、活動の内容や言動が問われる。最近では、このようなイメージキャラクターを使ったマーケティングが広がってきた。アンバサダーという言葉が用いられることもある。大使という意味で、まさにブランドの顔として活動してもらうわけだ。ここ5年ほどで急激に増えてきたように感じる。
ファッションブランドでは一般的になっている手法だ。多くの芸能人が高級ブランドのアンバサダーを務めている。彼らにとっても、人気ブランドと関係を築くことはメリットが大きい。お互いに得をするウィンウィンの関係なのだ。ルイ・ヴィトンは広瀬すずや平野紫耀、ディオールはアンナ・サワイや横浜流星、フェンディはTWICEのMINAや目黒 蓮を起用していて、なんとも豪華な顔ぶれが並ぶ。ファッション雑誌のウェブサイトでアンバサダーというワードを検索したら、2025年に入ってからすでに38もの記事がアップされていた。アンバサダーバブルである。
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「麻美スペシャル」を覚えているか?
クルマ関連のアンバサダーやイメージキャラクターは、まだファッション業界ほどメジャーになってはいないようだ。最も知られているのは、ポルシェジャパンの“ドライビングアスリート”に任命されている大谷翔平だろうか。「誰も成し遂げたことのない偉業を次々と達成する大谷翔平は、ポルシェのブランドビジョン“夢を追い続ける人のためのブランド”を体現するトップアスリート。ポルシェと大谷翔平は、共にパートナーとして夢を追い、挑戦を続け、さらに進化していきます」とうたわれている。
ただし、大谷は20社以上の企業と契約を結んでいて、アンバサダーとしては二刀流どころではない。HUGO BOSS、セイコー、ニューバランスなどの超一流ブランドのアンバサダーに就任している。伊藤園のお~いお茶、ファミリーマートのおむすびといった変わり種もあり、ジャンルはバラエティーに富む。コーセーのコスメデコルテ美容液や女性用下着で知られるワコールの顔にもなっていて、今やジェンダーの枠を超えたスーパーアンバサダーなのだ。
一貫した姿勢でアンバサダー戦略を展開しているのは、JLRが擁するディフェンダーである。ランドローバーブランドを前面に出していた2019年当時、ラグビーワールドカップ日本大会では、275台のオフィシャルカーを提供するとともにリーチ・マイケル、田村 優、廣瀬俊朗の3選手をブランドアンバサダーに任命した。大会終了後の2020年には“笑わない男”として人気になった稲垣啓太を新たにアンバサダーに迎えている。ラグビー選手の屈強な肉体と不屈の精神をタフでワイルドなオフローダーと重ね合わせるという狙いは見事だ。
ターゲットを絞ったメソッドもある。東京オートサロン2025では、「三菱トライトン」のブランドアンバサダーを務めるヒロミが手がけたカスタマイズカーが披露されていた。滋賀県出身の西川貴教が滋賀トヨタとネッツトヨタ滋賀の公式アンバサダーに就任した例もある。日本の各地に知られざるローカルなアンバサダーがいるのかもしれない。
アンバサダーとは名乗っていなくても、このクルマといえばこの人、と認知されていたケースは昔からあった。「トヨタ・クラウン」の高級感と上品さは、山村 聡と吉永小百合によって担われていた感がある。1984年に登場した2代目「スズキ・アルト」は、初代の激安キャラから軌道修正して女性をターゲットにした装備充実を前面に打ち出しそうとした。ビジョンの浸透にあたって重責を担ったのが小林麻美である。
資生堂やパルコのCM出演などでトップ美人モデルの地位を確立していた彼女は、この年リリースした楽曲『雨音はショパンの調べ』が大ヒット。スズキはCMに起用するとともに「麻美スペシャル」「麻美フェミナ」と名づけたアルトの特別仕様車を売り出し、多くの女性から喝采を博した。当時は小林麻美という名前がオシャレの同義語として使われており、アルトのフェミニンでファッショナブルなイメージを大いに高めたのである。
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アンバサダーの責任は重大
アルトに乗ったからといって小林麻美になれるはずもないが、なんとなく彼女とつながった気分にはなれるのだ。憧れの人と同じものを持ちたいと熱望するのは世の習いである。“キムタク売れ”という不思議な言葉があり、木村拓哉が着用したファッションアイテムが爆売れする現象を意味する。2001年のテレビドラマ『HERO』で彼が着ていた茶色のダウンジャケットは大人気となり、今でも高値で取引されている。最近では映画『グランメゾン・パリ』の公式インスタグラムで着ていたRRLのコートがメルカリで異常高値をつけた。後輩のオーディションに差し入れた、ミート矢澤の高額な弁当が売り切れる珍現象も発生している。
SNS時代では、テレビCMや雑誌広告よりもネットでの口コミが大きな威力を持つようになった。芸能人だけでなく、いわゆるインフルエンサーが発信する情報が世間を動かすことも珍しくない。企業が影響力を持つ有名人をアンバサダーに指名するのは、CMキャラクター以上の価値を見いだしているからである。彼らはSNSで自分のライフスタイルを可視化するのがお決まりになっていて、パーソナルな好みを見せればファンは喜ぶ。それが商品の販売促進に利用されるのは必然だ。
センスがいいと認知されている有名人が褒めているならいいものだろうと思い込むのが一般ピープルだ。だからアンバサダーが重宝されるわけだが、誰でもいいわけではない。有名で影響力があるだけでなく、スキャンダルを抱えていないことが重要だ。単なる広告塔ではなく世界観を共有している設定なのだから、不祥事が発覚すればブランドにも傷がつく。性加害や薬物、違法ギャンブルなどに関わりがあれば致命的な事態を招くことになる。
アンバサダーの任命には、結果として囲い込みの機能が付随することになる。CMキャラクターなら契約が終われば関係は切れるので、その後の活動を縛ることはできない。実際に、過去には平気でライバル企業のCMに乗り換えるケースがよくあった。「ホンダ・オルティア」を見て「これ、ユーのワゴン?」と物欲しげな表情で尋ねていたジャン・レノは、数年後にミニバン派に転向して「トヨタ・アルファード」で最高の自分を楽しむことになる。最近では「やっちゃえ日産」と檄(げき)を飛ばしているキムタクは、1994年には「トヨタRAV4」でハイウェイを駆け抜けていた。
ブランドの顔となるアンバサダーは、簡単に宗旨替えするのはためらわれる。理念に共感していたはずなのに変わり身が早いな、と非難されて信用を落とすことになるからだ。ということは、ディーン・フジオカはゴルフと一心同体であることが求められる。ブランドへの裏切りは許されない。ゴツいSUVに乗っているところを目撃されたらアウトである。ゴルフと心中するぐらいの気概を持って、これからもずっと浜辺へのドライブを楽しんでほしい。
(文=鈴木真人/写真=フォルクスワーゲン ジャパン、ポルシェジャパン、ジャガー・ランドローバー・ジャパン、スズキ、日産自動車、スバル、2025年日本国際博覧会イタリアパビリオン、BMWジャパン、webCG/編集=櫻井健一)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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