1気筒=500ccが多いのはどうしてか?

2025.04.15 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
【webCG】クルマを高く手軽に売りたいですか? 車一括査定サービスのおすすめランキングを紹介!

今のクルマのエンジンは、1.5リッター3気筒、2リッター4気筒、3リッター6気筒など「1気筒=500cc」が多いように思います。部品の共有化(モジュラーコンセプト)もあるのでしょうが、そもそも、なぜ500cc単位が選ばれているのでしょうか? 技術的な根拠があれば教えてください。

ちょうど、私が仕事のうえでBMWと付き合いはじめたころ、同社はまさに先頭をきって“500ccモジュール”でエンジンバリエーションを展開しようとしているところでした。

で、BMWの技術者が「あなたが望む直列6気筒エンジンを用意するなら、排気量は3リッターになるだろう」みたいなことを言うので、「なんで1気筒あたり500ccなんですか?」と聞いてみたことがあります。

同じ質問は、別の機会にトヨタのエンジン開発者に向けても投げかけたことがあり、両社でいろいろな返答が得られたのですが、それを私自身は以下のように解釈しています。

エンジンについては、出力と燃費を最高の効率で両立させるには直噴しかないという流れがあって、近年は、圧縮比が非常に高く、高効率で燃やす直噴エンジンが主流になってきています。それを過給するとなると当然、さらに圧縮率は上がるわけで、そういうなかでうまく燃やすというのは、燃焼理論のうえでも非常に難易度の高いものになります。

いかに燃やすか、燃やせるか。まさにエンジン設計者の腕の見せ所で、どこにどう混合気を吹いて、どこで点火させるかが大事になってくる。で、直噴前提でピストン形状を含む燃焼室の形と体積を煮詰めていくと、“トータルでの気筒内性能が高い排気量”は、シリンダーひとつあたり500ccくらいになる。また直噴エンジンは、排気量が少しでも変わると一から気筒設計をやり直す必要があるため、まずは「500ccモジュール」として開発したうえで、それぞれのモデルに求められる総排気量は気筒数で調整するというやり方が、エンジン開発のコストのうえでは現実的になります。

ポート噴射エンジンと違い、直噴エンジンは気筒内設計の難易度が非常に高く、ボア径で排気量を調整するという自由はない。そこで、そういうモジュール的な考えがでてきた、というわけです。

“直噴”“500cc”ということでは、「86」開発のことも思い出します。同車はもともと既存のスバル製2リッターエンジンを改良して使う予定だったものの、燃費もパワーも目標に程遠く「直噴化するしか解決の道がない」という話になりました。しかし、当時のスバルは直噴アレルギーで、直噴エンジンの開発を中断しており、仮に再スタートしても長い時間がかかるということでほとほと困っていたのです。

そのときトヨタでは「D-4S」という新たな直噴技術を開発中で、かつ500ccの燃焼室を基本として取り組んでいることがわかり、燃焼データをD-4S技術とともに移管することにより、短期間で完成度を上げられるようになった。という経緯があります。

1気筒=500ccにはエンジニアリング以外の根拠もあって、それは“制度”です。

各国の排気量に基づく税金の区切りというのは、1500ccとか2000ccとか、つまり“500ccごと”であることが多い。つまり、つくる側としては、だいたい500cc単位で異なるエンジンを用意しておけば、もし税金の縛りで「この地域には〇〇ccのものを投入する必要がある」という話になってもフィットさせやすいのです。これもまた、エンジン開発者が言っていたことではありますが。

さらにいえば、モータースポーツにおける、排気量別のカテゴリーの区切りも理由のひとつになるでしょう。時代の流れとして、今後「モーターが主でエンジンが従」みたいな話になってくると、排気量の区分けも重視されなくなるかもしれませんが、エンジン全盛の時代は前述のような考えが影響するわけですね。

→連載記事リスト「あの多田哲哉のクルマQ&A」

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。