第906回:マセラティの最新フォーリセリエに感じた「原点回帰」
2025.04.17 マッキナ あらモーダ!高級家具メーカーとの共創
マセラティは2025年4月7日、高級家具ブランドであるジョルジェッティとのコラボレーションをイタリア・ミラノで公開した。自動車企業と家具メーカーの共創は過去にも例があるが、今回、ともにメイド・イン・イタリーを高らかにうたう彼らが共創の価値として見いだしたものは? というのが今回の話題である。
両社の発表はミラノ・デザインウイークに合わせたもので、マセラティは「グレカーレ ジョルジェッティ・エディション」を公開。ジョルジェッティは新作コレクション「ジョルジェッティ マセラティ・エディション」を披露した。
ヘッドレストに「木」のエンブレム
マセラティの歴史をひも解けば、草創期にはスパークプラグの製造も手がけ、第2次世界大戦後の1950-1960年代には、モーターサイクルでもその名を轟(とどろ)かせた。一時はレース用モデルだけでなく、日本の「ホンダ・スーパーカブ」に相当する汎用(はんよう)バイクさえつくっていた。歴史的にみれば「電気」「二輪」とマセラティは無縁ではない。したがって、発表会当日、参加ジャーナリストのなかで恐らく唯一、電動アシスト付きのシェアサイクルをこいで、会場であるマセラティのショールームにたどり着いた筆者も、あながち間違ってはいなかった。しかしながら、駐輪場所を探して右往左往する自分がウィンドウに映ったときは、やはり意気消沈したのも事実である。
閑話休題。マセラティ・グレカーレ ジョルジェッティ・エディションは、グレカーレの電気自動車(EV)仕様「フォルゴレ」をベースにしたワンオフ、すなわち一品製作車である。
記者発表でマセラティのデザイン責任者クラウス・ブッセ氏は、「私たちの、ファーニチャーへの情熱から始まりました」とプロジェクトの端緒を明かした。そして「(マセラティのチーフマーケティングオフィサー)ジョヴァンニ・ペロシーノ氏からジョルジェッティの工房を訪ねるよう勧められました」と振り返った。ブッセ氏は続ける。「彼らの工房には、私が期待した職人技、手作業、ディテール、そして品質のすべてがありました」
同時にブッセ氏が驚いたのは、ジョルジェッティが擁する高度な革新性だったという。「彼らは極めて複雑な形状の、象徴的といえる木製家具を製作していました。それに関しては手作業ではなく、機械を積極的に活用していたのです。ジョルジェッティが自社で設計・改良したもので、非常に複雑なミリング(切削加工)が可能な機械です。それを見た瞬間、私は『これは素晴らしいパートナーシップが構築できる』と確信しました」。職人技や手作業でデザインやモデリングをするとともに、最新技術も取り入れて製品づくりに取り組むマセラティとの共通性を、ブッセ氏は発見したのだった。
それに関して、ブッセ氏はイタリア史も引用した。「暗黒時代(筆者注:教会の圧倒的権威のもとにあった中世)を脱し、芸術や職人技だけでなく、革新性によって発展したのがルネサンスです。レオナルド・ダ・ヴィンチのような人々は、科学を駆使して芸術を創造しました。それこそ私たちが共有し、実践したいことなのです」
ブッセ氏の解説は外装色にも及んだ。「『ティーポ61バードケージ』や『MC12』など、さまざまなマセラティに見られるように、ブルーは私たちを象徴する色です。しかし、エルメスのオレンジやティファニーのグリーンのように単一ではありません。私たちはブルーを、シーンや用途に応じて異なる解釈をする『色のファミリー』と捉えています」。その結論として到達したのが、今回のワンオフに選ばれた「輝く夕暮れ」と命名された塗色だ。マセラティのブルーとジョルジェッティのグレーという、両ブランドの色彩イメージを考慮。視点によってブルーのニュアンスが微妙に変わってゆく。
今回のワンオフとは別に、筆者として気になったのは「マセラティが元イラン国王やイタリア共和国大統領などの著名人に愛され、また公用車として使われてきたレガシーを、今後のモデルにどう投影するのか?」ということであった。その問いにブッセ氏は、「今回の仕事は、私たちがそれをどう行うかの素晴らしい答えだと思います」として、再び職人技と技術の融合を強調した。それは1950年代や1960年代に、すでにマセラティがセレブリティーのために行っていた伝統であるともいう。今回新たに試みたひとつとして彼が示したのは、左右のヘッドレストのエンブレムだ。エンボスやプリントではなく、なんと薄い木を貼り付けたものである。「木材をレーザーでカットし、その後、手作業で仕上げたものです」
個人的な思いを記せば、本来マセラティは、他の高級車とは異なり、ひけらかさない豊かさが魅力であった。つくりのよさ、精緻さを他者に誇示するのではなく、乗る人みずからが楽しみ、心豊かになるブランドだ。今回のグレカーレ ジョルジェッティ・エディションは、瞬間にすれ違う人やクルマにとって、意識しなければその上品さがわからない。そうした意味では、ある種の原点回帰といえる。参考までにブッセ氏が幼い頃なりたかった職業は、考古学者だったという。彼の手によるマセラティ史のさらなる解釈に期待したい。
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どれだけいるか、妖精に引き込まれる若者
ジョルジェッティについても記しておこう。こちらは、2025年で127年の歴史をもつ高級家具ブランドである。
ジョルジェッティのジョヴァンニ・デル・ヴェッキオCEOは、「私たちの本拠地はモンツァ。クルマとは深い縁のある地です」と筆者に話してくれた。正確には、ミラノの北約20km、モンツァ-ブリアンツァ県メーダに彼らの工房はある。
「ジョルジェッティ マセラティ・エディション」の開発は、同社のデザインダイレクター、ジャンカルロ・ボージオ氏が主導した。着想源は、マセラティのシンボルである海神ネプチューンが持つトライデント(三叉<さんさ>の矛)と、グレカーレをはじめマセラティ車の多くに与えられた「風」の車名だったという。
海の魅力、ギリシア神話における海の怪物セイレーン、そして波のダイナミズムもキーワードとした。加えて筆者がスタッフから聞いたところによると、マセラティのラジエーターグリル上部にある、ウーゴラ(口蓋垂<こうがいすい>)と呼ばれる意匠も、大切なモチーフとした。完成した8製品のネーミングも海、自然、女神、そして水の精霊ニンフなどの名にちなんでいる。
マセラティの2025年第1四半期における出荷台数は約1700台で、前年同期比48%の減少となった。ブランドにとって最大の市場である米国では、トランプ大統領が課した自動車関税の先行きが直近の不安要因だ。そうしたなか、2024年10月にアルファ・ロメオとマセラティのCEOに就任したサント・フィチッリ氏は、2025年6月までに新経営計画を発表する予定だ。
ニンフといえば、古代ギリシア神話に登場する美少年ヒュラスは、水をくみに行ったとき若く美しいニンフたちに誘惑され、水中に引き込まれてしまう。19世紀の画家ジョン・ウィリアム・ウオーターハウスをはじめ、さまざまな画家が題材にしてきたストーリーだ。グレカーレ ジョルジェッティ・エディションは、前述のとおりワンオフである。しかし、その魅力でマセラティの世界に引き込まれてしまうヒュラスがどれだけ現れるか。関係者は固唾(かたず)をのんで見守っているに違いにない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、マセラティ/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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