タイヤメーカーが水素を製造? 住友ゴムの挑戦にみる新エネルギーの課題と問題
2025.04.25 デイリーコラム水素を取り巻く厳しい状況をしり目に
「カーボンニュートラルの切り札となる、夢のエネルギー源」。……いや、厳密には“エネルギー通貨”だったかもしれないけれど、とにかく、そんな風に言われて久しい水素だが、最近はあまり明るい話を聞かない。
2024年10月の国際エネルギー機関(IEA)の報告によると、2023年の水素の世界需要は9700万t。これは前年比2.5%のプラスで、2024年には1億tに達する見込みであることも記されていた。しかし、IEAが掲げる“2050年のネットゼロ(CO2±ゼロ)”を実現するには、少なくとも「2030年に1億5000万t」という目標をクリアする必要があるとされており、これでは伸びが足りない。さらに問題なのがその内訳で、依然として化石燃料由来の“グレー水素”がほとんどなのだ。IEAが寄せる期待と水素の現状は、いささかかけ離れている。
いっぽうわが国、日本では、今日の年間200万tという水素の需要を、2030年に300万t、2040年に1200万t、2050年に2000万tと大幅に増やし、価格も2030年に1kgあたり約334円まで下げるとしている(2023年 経済産業省 再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議 水素基本戦略より)。……が、皆さんご存じのとおり、現状はまったくそんな気配はない。
直近のマクロな需給データを存じ上げないので恐縮だが、自動車まわりを観察していても、2014年に1000~1100円だった水素スタンドでの販売価格は、今や1650~2200円(!)。2030年に1000カ所と豪語していた水素ステーションの数も、2025年3月現在で全国に154カ所しかなく(一般社団法人次世代自動車振興センターより)、拡充も頭打ちとなっている。
それでも、IEAも日本の関係機関も、「いずれ水素の需要・供給は激増する」と豪語し、施策のアクセルを緩める気配はない。補助金が出るとはいえ、行き先不明なエネルギー戦略に付き合う企業も大変だよな……。
なんて思っていたところ、住友ゴムから「白河工場における水素製造装置のお披露目会」なるイベントの案内が届いた。住友ゴムといえば、ダンロップやファルケンを擁する世界第5位のタイヤメーカーである。そんな彼らが、水素を製造? 今このタイミングで、エネルギー事業に参入するとでもいうのか? そんな疑問を抱えながら、記者はカメラ片手に福島へと向かった。
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メイド・イン・ジャパンの水素発生装置
住友ゴム・白河工場は、1974年8月に操業した歴史あるタイヤ工場だ。乗用車用/トラック・バス用タイヤの製造拠点としては、国内最大級の規模を誇り、また住友ゴムのなかでは、生産技術の開発・実証を行うマザー工場の役割も担っている。もちろん、環境負荷の低減にも積極的に取り組んでいて、省資源・省エネルギー化、廃棄物の削減、地域の緑化、再生エネルギーの活用などを推進。今回のお題である水素に関しても、2021年8月にタイヤ製造での実証実験を開始し、今日では高精度なタイヤの製造ライン「NEO-T01」の加硫工程で、ボイラーの燃料として使っている。
そんな白河工場の新しい取り組みが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)とともに2025年4月1日にスタートさせた、水素の自己生産だ。工場内の太陽光発電で得た電気を使って水素をつくり、これまで他社から調達していた水素に替えようというのである。利点としては、「製造時にCO2を出さない“グリーン水素”が得られること」「これまで水素の運搬で生じていた環境負荷を削減できること」「水素のコスト高に左右されず、安定的で効率的な調達が期待できること」などが挙げられる。年間の生産量は、システムを24時間フル稼働させた場合で最大約100t。輸送を含むサプライチェーン全体で、年間約1000tのCO2削減が見込めるという。
さて、肝心の水素製造装置である。さぞや仰々しい、工場マニアを満足させる造形美をしているのだろうと思っていたのだが、その実はいささか拍子抜けだった。工場の片隅にぽつんと置かれた白いコンテナ、その中にすべてが収まっていたのだ。これは「やまなしモデルP2Gシステム」と呼ばれる水素発生装置で、NEDOからの助成および事業委託を受けて、山梨県と東レ、東京電力ホールディングス、東光高岳が共同開発したものだ。40ftコンテナに収まるワンパッケージの構造が特徴で、おかげで簡単に設置・移設が可能。日本国内での採用は、大成ユーレック・川越工場に次いで、これが2例目となる。
既述のとおり、白河工場では太陽光発電と外部調達の水素により、すでに一部の商品で「“製造時”におけるCO2ゼロ」を実現していたが、今後はP2Gシステムの導入により、「スコープ3(原料調達・製造・物流・販売・廃棄)」の領域でも環境負荷を抑えたタイヤを、世に送り出せるようになったのだ。
さらにはスコープ3に加え、「スコープ4(温室効果ガス削減貢献)」の領域でも環境負荷を削減すべく、福島大学と共同研究をスタート。工場内でのエネルギーの生成についても、現状の太陽光+水素の組み合わせに加え、今後は風力発電やeメタンの製造も検討していくとのことだ。
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成果が出るのはこれから、大変なのもこれから
……と、かようにさまざまな施策に取り組んでいる白河工場だが、読者諸氏もお気づきのとおり、「月に生ゴム1万0350t分のタイヤを製造する」というそのスケールからしたら、水素の利活用はまだごく一部だ。水素が使われているのは、「一部のタイヤの生産ラインの、加硫工程の燃料として」のみであり、CO2の削減効果は、工場の全排出量の数%程度にとどまるという。
ならばいっそ、大量に水素を買って、全タイヤの加硫工程を“水素化”してしまえばいいのでは? と短絡的な記者は思うのだが、そこで立ちふさがるのが「通常の燃料の最大12倍」ともいわれるそのコストだ。だからこそ、住友ゴムも水素の自己生産を検討したわけで、産業技術総合研究所 福島再生可能エネルギー研究所の古谷博秀所長も、「住友ゴムの取り組みは、コストと戦う人々の手本になる」(記者発表会のあいさつより)と期待を寄せているのだろう。水素を自製する住友ゴムの取り組みが、コスト高という水素普及の障害を突き破ることに期待したい。
とはいえ、タイヤ製造における水素活用の取り組みは、まだハシゴに片足をかけたばかり。住友ゴムも、調達を含めてどういうやり方が正解なのかを模索している段階で、「事業に貢献する」という段に至るのは、当分先だろう。それでも同社の山本 悟社長は「(いずれ水素社会が実現したときに)技術がないと先行できない。工場の1ラインとはいえ続けていくのが大事で、NEDOの支援が終わったとしても、住友ゴムは水素を続けていく」とポジティブに語る。
確かに、こうした未来への投資というのは、やらないことには始まらないし、やめてしまったらそれっきりだ。かつて村岡清繁常務も「新しい提案を率先して行うことこそ、われわれのような“業界2番手”の役割」と述べていたし(参照)、住友ゴムには持ち前の挑戦者魂を生かして、ぜひ今後も水素の利活用に取り組んでほしい。そして産業界を取り巻くエネルギー事情の閉塞(へいそく)感を、ドカンと一発、打ち破っていただきたい。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=住友ゴム工業、webCG/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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