第826回:新型「レクサスES」の開発キーマンを直撃 「レクサスらしさ、ESらしさって何ですか?」
2025.04.25 エディターから一言コロナ禍で得た新型の開発動機
多くの他銘柄と同様、今やレクサスにとっての稼ぎ頭は「RX」や「NX」といったSUVになるわけですが、ちょっと前まではセダンの「ES」がかなりのウェイトを占めていました。レクサスブランド初のモデルとして「LS」とともに登場したのは1989年。日本では初代が「カムリプロミネント」、2代目以降が「ウィンダム」として販売されていたのを覚えている方もいらっしゃることでしょう。
ことアメリカでは「カムリ」「アコード」「アルティマ」……と、このクラスのセダンには大票田があり、その上位版ともいえるESも売れるべくして売れると言っても過言ではないほどのクルマでした。SUVが世の趨勢(すうせい)となった今も、かの地にはESを代々乗り継ぐ根強い固定ファンがいるそうです。
が、そんなアメリカでも今やセダンそのものの販売が数的に減ってしまったのもまた確か。ゼネラルモーターズやフォードさえラインナップにセダンが見当たらないというなか、ESの販売を支えているのが中国です。ちなみにレクサスチャイナの販売台数のうち、6割近くを占めているのがESだといいます。
「中国では伝統的にセダンを皇帝の乗り物という意味で捉えています。つまり、それだけ由緒正しいフォーマルなものとされているわけです。もちろん時流による移ろいはありますが、今でもセダンを格式のあるパーソナルカーの頂点と思ってくださるカスタマーがたくさんいらっしゃる。そういう市場でESが支持されているというのは、われわれにとって大変誇らしいことです」
新しいESのチーフエンジニアを務める千足浩平さんは、車体設計出身で数々のレクサスのセダンを手がけてきた方です。2020年1月、中国に単身赴任するやコロナ禍となり、時折ロックダウンの憂き目に遭いつつもセダンの新しい価値創造を温め続けてきたそうです。SUVにもミニバンにもない魅力を際立てて、再び商機を与えてセダンを積極的な選択肢へと引き上げたい。最激戦区である中国での時間が、新しいES全体の開発動機へとつながっていきます。
トヨタとしての“全幅1900mmの壁”
「高さを使った挑戦的なパッケージングという方針は早期に決まりましたから、ESの伝統であり、らしさである伸びやかさとの両立を図るうえで、現状の寸法は造形的に必要なものでした。会社としては全幅1900mmの壁というのが営業的にも非常に高いものでして、最初は1880mmあたりで検討していたのですが、当時はレクサスのプレジデントだった佐藤恒治社長に「これでいいの?」と指摘を受けまして。他のディメンションに対してのわずかな寸詰まり感をやはり感じ取っていたんですね。なのでもう思い切って広げようと腹をくくれました」
新しいESのチーフデザイナーである熊井弥彦さんは、自らを根っからのセダン好きだと称されます。かつては2代目ESやLSなども手がけてきたということですが、SUVの増加もあって直近では現行NXのエクステリアを担当されたそうです。
ESの車格は数値的にはLSに迫るほどで、全長は95mm短いものの全幅は20mm広く、全高に至っては100mm以上も高くなっています。数値をうのみにするとかなり奇異なシェイプになってしまいそうなところを、エアフローに最適な17度角のファストバック調フォルムを採用。ESでは初となる6ライトのサイドウィンドウを用いてリア側にもギリギリまでピラーを伸ばしてロングキャビンを形成しました。また、ボディーサイドはプレスラインやグラフィックを工夫して1550mm余りの厚みを感じさせないスリークな印象としながら、サスストロークに影響しないギリギリのところまでサスタワーを低く抑え、ボンネットを薄く低く見せるなど数々の工夫が凝らされています。
大事なのは普段使いでの心地よい走り
では果たして、乗って走ってどうなのか。千足さんいわく……。
「ESのよさって、高速道路を真っすぐ走ってピタッと安定しているとか、長距離を走っても疲れないとか、そういう基本がきちんと、しかも上質にできていることにあるんだと思います。そこにセダンという車型の重心位置や空力といった動的素性が生きてくる。鍛え上げてきた「GA-K」プラットフォームの素性もありますし、そのうえで運動性能もしっかり鍛え上げていますから、もちろんコーナリングもかなりイケるクルマです。でも、それはあくまでそんなこともできなくはないという性能的余剰であって、それよりも普段使いでいかに心地よく走れるかということに力点が置かれるべきクルマですよね。この認識を他のエンジニアたちと黙しても共有できていたことが開発の強みになりました」
レクサスが近年取り組んでいる動的質感向上のための「味磨き」の活動は、開発部門とダイナミックなテストコースとが一体化したテクニカルセンター下山の利も生かしつつ、アーキテクチャーの熟成や得られた知見を横展開するスピードアップにも寄与しているといいます。ESでGA-Kプラットフォームに施された前後端やフロア部の補強は、この場所で得られた解析をもとに効果的に配されており、同様の考え方はNXやRXといったSUVモデルだけでなく、FR系モデルのLSなどにも採り入れられているそうです。それが運動性能をぐっと際立たせるためではなく、普通の扱い方や走り方でいかに豊かさを感じさせてくれるのか。そこで新しいESの個性が試されることになります。
先進性と安全・安心との綱引き
「新しいESのデザインでは、人が中心という視点を大切にしています。例えば機能の多様化もあって物理スイッチはどんどんインフォテインメントモニターに内包され、タッチパネルでの操作が増えました。一見モダンな印象ですが、でもそれはレクサスとしての安全・安心とは相いれないところもあります。ノイズ要素の少ないすっきりした空間と、従来同等の扱いやすさとをどう両立するのかということで、きちんと押し込み感のあるヒドゥンスイッチを新設するなど、さまざまな工夫を採り入れました」
熊井さんの話を確認すべく、室内に座ってみると、まずは当然ながら後席の広さに驚かされました。前型より80mm延ばされたホイールベースの効果はあらたかで、足をばーんと伸ばして座ってみると、視線を上に向けることなくガラストップ越しの空が自然と視界にかぶさってきます。適度な背丈のセダンならではのくつろぎ感といえるかもしれません。
前席まわりの意匠や演出には、新しさのなかに出しゃばりすぎない落ち着きが感じられます。その空気感を象徴するのはイルミネーションを兼ねるオーナメントかもしれません。バンブーなどのマテリアル越しに柔らかな自然光が差し込んでくる、そんなイメージでまとめられています。色を幾重にも変えながらギラギラと車内を照らすような派手さはありませんが、これもまた、安らぎをもたらす人中心の仕立てといえるでしょう。
新型ES、開発者に話を聞き、現物を見てみると、同じ頭文字「E」でもエモーションというよりはエレガンスに軸足を置いたセダンだとうかがえました。そして気づけばそれは、今や希少なコンセプトワークでもあります。日本での発売は来春予定とのこと。あとは乗ってみて、この趣旨が走りにどんな風に描かれているのかが楽しみではあります。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車、渡辺敏史/編集=藤沢 勝)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
第855回:タフ&ラグジュアリーを体現 「ディフェンダー」が集う“非日常”の週末 2025.11.26 「ディフェンダー」のオーナーとファンが集う祭典「DESTINATION DEFENDER」。非日常的なオフロード走行体験や、オーナー同士の絆を深めるアクティビティーなど、ブランドの哲学「タフ&ラグジュアリー」を体現したイベントを報告する。
-
第854回:ハーレーダビッドソンでライディングを学べ! 「スキルライダートレーニング」体験記 2025.11.21 アメリカの名門バイクメーカー、ハーレーダビッドソンが、日本でライディングレッスンを開講! その体験取材を通し、ハーレーに特化したプログラムと少人数による講習のありがたみを実感した。これでアナタも、アメリカンクルーザーを自由自在に操れる!?
-
第853回:ホンダが、スズキが、中・印メーカーが覇を競う! 世界最大のバイクの祭典「EICMA 2025」見聞録 2025.11.18 世界最大級の規模を誇る、モーターサイクルと関連商品の展示会「EICMA(エイクマ/ミラノモーターサイクルショー)」。会場の話題をさらった日本メーカーのバイクとは? 伸長を続ける中国/インド勢の勢いとは? ライターの河野正士がリポートする。
-
第852回:『風雲! たけし城』みたいなクロカン競技 「ディフェンダートロフィー」の日本予選をリポート 2025.11.18 「ディフェンダー」の名を冠したアドベンチャーコンペティション「ディフェンダートロフィー」の日本予選が開催された。オフロードを走るだけでなく、ドライバー自身の精神力と体力も問われる競技内容になっているのが特徴だ。世界大会への切符を手にしたのは誰だ?
-
第851回:「シティ ターボII」の現代版!? ホンダの「スーパーONE」(プロトタイプ)を試す 2025.11.6 ホンダが内外のジャーナリスト向けに技術ワークショップを開催。ジャパンモビリティショー2025で披露したばかりの「スーパーONE」(プロトタイプ)に加えて、次世代の「シビック」等に使う車台のテスト車両をドライブできた。その模様をリポートする。
-
NEW
トヨタ・アクアZ(FF/CVT)【試乗記】
2025.12.6試乗記マイナーチェンジした「トヨタ・アクア」はフロントデザインがガラリと変わり、“小さなプリウス風”に生まれ変わった。機能や装備面も強化され、まさにトヨタらしいかゆいところに手が届く進化を遂げている。最上級グレード「Z」の仕上がりをリポートする。 -
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。












































