フィアット600ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)
“甘い生活”を楽しもう! 2025.06.16 試乗記 「フィアット600ハイブリッド」が日本に上陸。かわいらしい雰囲気が漂っているのは既存のフィアット車と同様なのだが、妙にどっしりとしたフィアットらしからぬ(?)乗り味が備わっているのは一体どうしたことなのか。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。待ち望まれていたモデル
うれしい驚きだ。正直なところ、ナメていたかもしれない。フィアットがまた楽しいクルマを持ち込んできたのだな、ぐらいの感覚だった。大間違いである。フィアット600ハイブリッドはBセグメントのクロスオーバーSUVとして十分な実力を備えている。「かわいい顔して、しっかりモノ」というベタなキャッチコピーはふんふんと聞き流していたのだが、実に的を射た表現であることがわかった。
2024年にすでに「フィアット600e」が日本に導入されていた。あまり話題にならなかったのは仕方がない。名称から想像がつくとおりの電気自動車であり、現状では日本でのヒットは望むべくもなかった。本国イタリアでもインフラの整備が遅れていることに加えて保守的な市場動向もあり、苦戦を強いられている。やはり売れているのはハイブリッド版なのだ。世界的にハイブリッド回帰の動きが顕著で、日本でも発売が待ち望まれていたモデルである。
ステランティス ジャパンが2025年5月に一斉値下げを行い、600eは価格改定前から30万円安の555万円で購入できるようになった。自動車の値上げが常態となっているなかでのハッピーなニュースだったが、それでもお手ごろ価格とは言い難い。600ハイブリッドは365万円からと、はるかに買いやすくなった。ただしベースモデルは受注生産で、メインとなるはずの上級グレード「ラプリマ」は419万円。でもガッカリすることはない。ローンチ特別価格として、限定600台が20万円引きの399万円で販売される。
旧600のデザインを引用
2008年に導入された「フィアット500」が人気だったが、すでに日本向けの生産は終了している。在庫がなくなれば、BEVの「500e」だけになってしまう。ハイブリッド版が登場したことで、500に代わる日本におけるフィアットの看板モデルになることが期待されるのが600なのだ。
「チンクエチェント」という不思議な響きを持つ名はよく知られている。クルマに詳しくなくても、ルパン三世が乗っているかわいいクルマを見たことがあるからだ。それに比べると、600の知名度ははるかに低いと思われる。数字を見て「セイチェント」と読める人はあまりいないかもしれない。
500と同様に、600も過去に販売されていた元ネタのモデルがある。「ヌオーヴァ500」は1957年デビューで、初代600は1955年に登場しているから先輩なのだ。RR方式の採用でスペース効率を高めた600をベースに設計されたのがヌオーヴァ500である。いずれも戦後の経済復興期に庶民から支持されたコンパクトな実用車で、イタリアのモータリゼーションを先導する存在だった。
丸っこくて愛らしいフォルムは新型でも引き継がれていて、フィアットにとってデザイン面での貴重な財産となっている。フロントマスクは500eと似たイメージ。まぶたを半分閉じたような眠そうな表情だ。旧500や600にはなかった意匠で、新世代のオリジナルということになる。それなのにフィアットの歴史を継承しているように思わせるのが巧みなところだ。旧600デザインの引用は全体のフォルムにも隠されているそうだが、超マニアックなので気づくのは難しいだろう。
メーターの形状なども旧600へのオマージュだというが、シンプルで洗練されたインストゥルメントパネルはモダンそのもの。室内を華やがせているのは、シートバックでひときわ目立っている大ぶりな「FIAT」ロゴだ。ラプリマのシートはアイボリーのエコレザーで、そこに鮮やかなブルーでステッチが施されている。車名やメーカー名をシートにワンポイントで飾る手法はよくあるが、ここまで思い切りよくモノグラムを装飾として用いている例は記憶にない。
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マイルドでも高スペック
600は5ドアである。500は初代からずっと3ドアで、旧600も3ドアだった。5ドアは派生モデルの「ムルティプラ」だけである。ドアの数が増えたことで、実用性は大幅にアップした。後席はエマージェンシーではなく、普通に乗車できるスペースになっている。ラゲッジスペースは385リッターで、ライバル車を上回る容量を持つ。ファミリーカーとして使うのも不可能ではない。
試乗したのはラプリマだったが、パワーユニットはベースグレードでも同じである。1.2リッター直3ターボエンジンにモーターを組み合わせていて、リチウムイオンバッテリーの容量は0.89kWh。モーターはあくまでも補助的な役割で、マイルドハイブリッドシステムということだ。高性能なストロングハイブリッドモデルがしのぎを削る日本ではインパクトに欠けるのではないかと心配になるが、数字から想像するよりも高い実力を持つ。
フィアットはこのシステムをマイルドハイブリッドとしているが、スペックを見るとマイルドとしてはかなり高いパフォーマンスを持っている。バッテリー容量の0.89kWh、モーター最高出力の16kW(22PS)というのはなかなか立派な数字だ。燃費はラプリマが23.0km/リッター(WLTCモード)とまずまずといったところ。限定的ではあっても、100%電動走行ができるというのが大きなアドバンテージである。モーターで発進し、30km/hまでならエンジンを始動させずに走行できる。
システムを起動させて正面にあるDボタンをセレクト。アクセルを踏むと、確かにモーターだけで走りだした。拍子抜けするほど静かである。加速は穏やかで、しばらくするとエンジンがかかるがスムーズさはそのままだ。思っていたのとは違う。500eはBEVなのに静粛性はほどほどで、モーターが甲高い音を発して活発な走りをもたらした。600にもヤンチャな気質があるのだろうと思いこんでいたので、まったく異なる性格なのは意外だった。
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先入観が覆される
ワインディングロードではパドルを使って元気な走りを楽しめる。これも500ほどのガツガツとした振る舞いではなく、トガった印象はない。スポーティーではあっても大人びている。回生ブレーキは強めに働くが、ワンペダルドライブとまではいかなかった。停止直前には少々ギクシャクした感覚もあったけれど、許容範囲内だろう。
短時間ではあるが、高速道路も走ってみた。このステージでの走りが一番の感嘆ポイントである。シャシーにどっしり感があり、高速巡航の安定感はハイレベルだ。ステアリングを握っていて落ち着きが伝わってくる。これまでフィアット車では経験したことのない温和で重厚な挙動なのだ。ちょっと雑なところもあるけれど、元気いっぱいの走りが楽しい、というのがこれまでのフィアットのパブリックイメージだった。600ハイブリッドに乗ると、先入観は完全に覆される。
それをフィアットらしい味がなくなった、などと悲しむのは筋違いである。味なんていう言葉はエクスキューズであって、勝手に決めつけた幻想なのだ。フィアット600ハイブリッドは、コンパクトで実用性の高いクロスオーバーSUVのなかで存在感を放つ十分な資質を持っている。そこにイタリアらしさ、フィアットらしさがトッピングされているのだ。こういうクルマを待っていたという人は少なくないだろう。強力なライバルたちが待ち受けるジャンルではあるが、ファッション性を重視するユーザー層から一定の支持を集めると思う。
フィアットではイタリアンデザインを「Dolce Vita(ドルチェ・ヴィータ)」と表現する。フェデリコ・フェリーニ監督、マルチェロ・マストロヤンニ主演の映画のタイトルにもなっている言葉で、“甘い生活”という意味だ。映画は甘いどころかむしろ苦み成分が強い話になっていて、これがイタリア的なセンスなのだろう。フィアット600のエクステリアカラーは4種類用意されていて、どれも単純に明るいとかきれいとかではない精妙な色合いだ。ポップでありつつも、繊細さと大胆さを併せ持つ。一筋縄ではいかないイタリアの美意識が詰まった一台である。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
フィアット600ハイブリッド ラプリマ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4200×1780×1595mm
ホイールベース:2560mm
車重:1330kg
駆動方式:FWD
エンジン:1.2リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:6段AT
エンジン最高出力:136PS(100kW)/5500rpm
エンジン最大トルク:230N・m(23.5kgf・m)/1750rpm
モーター最高出力:22PS(16kW)/4264rpm
モーター最大トルク:51N・m(5.2kgf・m)/750-2499rpm
システム最高出力:145PS
タイヤ:(前)215/55R18 99V/(後)215/55R18 99V(グッドイヤー・エフィシェントグリップ パフォーマンス2)
燃費:23.0km/リッター(WLTCモード)
価格:399万円/テスト車=404万5000円
オプション装備:ボディーカラー<スカイブルー>(5万5000円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:2196km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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