第917回:自動車業界にアデュー! ルノーCEOルカ・デメオ氏の華麗なる転身なるか?
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2025年6月15日、ルノーグループのルカ・デメオCEOが退任することが明らかになった。正式な退任は同年7月15日。9月からは、グッチをはじめ高級ブランドを数々保有するフランスのファッションコングロマリット、ケリングのCEOに就任する。
デメオ氏は1967年イタリア・ミラノ生まれ。ミラノ・ボッコーニ大学商学部を卒業後、ルノー、トヨタの欧州法人を経て、2002年に旧フィアットグループに入社した。同社では37歳でフィアットブランドのCEOに抜てきされ、2007年にはアバルトブランドの再導入も手がける。続いてアルファ・ロメオのトップに就任した。
しかし、2009年にフォルクスワーゲン(VW)グループに電撃移籍。アウディのマーケティング担当を経て、2015年にグループのスペイン法人、セアトのCEOとなる。在任中には新ブランド、クプラを立ち上げた。ルノーグループに移籍したのは、2020年7月1日のことだ。
ルノーグループの取締役会によれば、デメオ氏の退任発表と同時に後任人事にも着手しているというが、本稿執筆時点で新CEOの発表はない。
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苦境から好業績へ
2020年2月5日掲載の「ルノーの次期CEOルカ・デメオ氏ってどんな人? 取材歴18年の“番記者”が語る」でも記したとおり、筆者は長年デメオ氏の動静を追い、2022・2024年のパリモーターショーでもあいさつを交わしている。今回の移籍報道に接したときも、「デメオ劇場は、まだまだ続くぞ」と、ひとりごちてしまった。
ルノーグループにおけるデメオ氏の5年間は、苦境のなかでのスタートだったと言ってよい。新型コロナウイルス感染症による規制の影響で、自動車産業が暗いトンネルに突入するのとほぼ同時であり、カルロス・ゴーン問題による余波も暗い影を落としていた。
そうしたなかで、デメオ氏は「Renaulution」と名づけた改革計画を2021年に発表。また、電気自動車製造に注力するアンペア(Ampere)を設立するかたわらで、内燃機関およびハイブリッドエンジンの将来性も認識し、その製造を行う新会社、ホース(Horse)を立ち上げたことでも話題を呼んだ。
電動化にあたっては、いずれも往年の人気車種である初代「トゥインゴ」「5」「4」のイメージを反映させた新型車を公開または市場に投入したことで注目を集めた。
また、サブブランドであるダチアの若返りを推進。同時に早くからアルピーヌの復興を宣言した。後者では、就任前に発表されていた「A110」をイメージリーダーとして積極的にアピールするとともに、フィアット時代にアバルトを再興させたときに類似した手法で、ルノー車をベースにした車種拡大を図った。
販売店には新CIを採用し、認定中古車も「renew」の名のもとに再ブランディングを進めた。そのかたわらで、ヒストリックカーの分野も重視。パーツ供給を含む総合サービスとして「ジ・オリジナルズ」を立ち上げたほか、パリの自動車イベント、レトロモビルでも積極的にブースを展開した。
2025年2月に発表されたルノーグループの決算では、営業利益は過去最高の43億ユーロを記録した。コスト削減と一連の新製品発売による利益率上昇が奏功したという。
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あの内田氏より少なかった
こうした絶好調のなかでのデメオ氏の退任に、欧州のメディアではさまざまな臆測が飛んでいる。一部を紹介すれば、「業界の将来に失望したのではないか」「欧州連合(EU)の環境政策や電動化方針、その他の無意味な政策にへきえきしたのではないか」といったものだ。筆者が2025年6月20日付の『オートモーティブ・ニュース』を引用して付け加えれば、ルノーはステランティスとともに、EUに対して、日本の軽自動車に近いより緩やかな安全基準を実現するためのロビー活動を展開するという。
退任報道に関連するかたちで、ルノーグループCEOとしてのデメオ氏の給与に言及した報道もみられる。経済サイト『アッファーリ・イタリアーニ』6月16日版によると、2022年の報酬総額は320万ユーロ(約5億4764万円)で、うち130万ユーロは基本給、残りは業績連動報酬だ。2024年12月にステランティスのCEOを退任したカルロス・タバレス氏は2023年、ボーナスを含めて2300万ユーロ以上を受け取っている。年度こそ違うが、デメオ氏は約7分の1だったことになる。
ついでに、筆者が日産自動車の内田 誠前社長の役員報酬を確認してみたところ、経営危機が表面化した2025年3月期こそ3億9000万円だが、さかのぼって2023年3月期には6億7300万円を受け取っている。さらにいえば、2017年3月期のカルロス・ゴーン氏の報酬は37億4000万円だった。デメオ氏の報酬が業界水準からすると、けっして多くはなかったことがわかる。
次の挑戦は「グッチ」の立て直し
批判的にもデメオ氏を考察してみよう。それは「ブランドが持続的成長を果たすまで見届けなかった」ことに尽きる、と筆者は考える。
フィアット時代、デメオ氏は「500」「アルファ・ロメオ・ミト」と、のちのロングセラーや人気作を送り出す。だが、後年デメオ氏を失った両ブランドは、それに匹敵する傑作に恵まれず、今日に至っている。
アバルトもしかりだ。ピークである2018年には欧州だけでも2万3500台を販売した。しかしその後は精彩を欠き、台数ではブラジル工場製のSUV「フィアット・パルス」のバッジエンジニアリング版に助けられているかたちだ。ブランドの故郷イタリアでは、自動車業界団体UNRAEによる2025年1-5月登録台数で、トップ50にも現れない。
フィアットグループ改めステランティスの責任といえばそれまでだが、デメオ氏は自身の商品企画力やセンスを継ぐ、いわば“チルドレン”を育成するところまで能力が及ばなかった、と筆者は観察している。セルジオ・マルキオンネ氏がフィアット・グループCEOだった時代、彼に抜擢されたデメオ氏や、後述するアントニオ・バラヴァッレ氏は経営者として成功した。それに匹敵する人材が、今のところ見当たらないのだ。
ルノーグループに関していえば、彼の肝いりで復興が進められていたアルピーヌがどういう方向に向かってゆくのか注意すべきだ。もう一段高い次元の話をすれば、デメオ氏時代に最終着地点に至らなかった日産・三菱とのアライアンス再構築も、正しい方向に導く後継者がいるか心配なところである。
ところでデメオ氏を、「いつも最高にいい業績になったとき、次の会社に移籍してきた」という向きもいよう。ただしルノーの場合はそうではなかったし、新たな舞台であるケリングの業績も、けっして順風満帆とはいえない。同社が2025年4月に発表した第1四半期の決算は、売上高が前年同期比14%減となった。主力ブランドであるグッチの不振が大きく影響したと分析されている。ロイターによると人員削減も視野に入れているという。幸い、デメオ氏への期待は高いようだ。ルノーCEO退任発表翌日、ケリングの株価は前の取引日と比べて一時12%も上昇した。
これは印象にすぎないが、デメオ氏はVW時代もルノー時代も、イタリア人のビジネスマンらしく、明らかに服装に気を遣っていた。また、手前みそになるが、ある年のジュネーブモーターショーで、突然デメオ氏から「いつもすてきな服を着ているな」と声をかけられたことがあった。モード感度の高さは、他の自動車業界人の比ではないと筆者はみている。
参考までに、異業種に移ったイタリア人の自動車経営者は、彼が初めてではない。フィアットグループやフェラーリを率いたルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ氏は、2014年からアリタリア航空の会長を2年4カ月務めた。参考までに2025年6月27日、彼はマクラーレン・グループ・ホールディングスの取締役に就任し、自動車業界への復帰も果たしている。
また2008年までアルファ・ロメオのCEOを務めたアントニオ・バラヴァッレ氏も異業種に移った。イタリアの大手出版社モンダドーリの関連会社CEOを経て、2011年からはイタリアを代表するコーヒー会社、ラバッツァ・グループのCEOに就任。今日まで14年にわたり会社を率いており、2024年には同社史上最高の純利益額を達成した。
アリタリア時代のモンテゼーモロ氏のように、名誉職に近いものに終始するのか、バラヴァッレ氏のように目覚ましい業績を残すのか。それはデメオ氏の手腕にかかっている。最後に個人的感想を付け加えれば、日本の自動車業界には、去ることを惜しまれるような華やかで多才な経営者が現れないのが残念である。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/ 写真=Akio Lorenzo OYA、ラバッツァ、ステランティス/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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