第780回:2022年のパリモーターショーに近未来の自動車環境を見た
2022.10.27 マッキナ あらモーダ!これだよ、これ
「お、このにおいだ!」
最初のパビリオンに一歩足を踏み入れた途端、思わずそのような感激に包まれた。第89回パリモーターショーが2022年10月17日から23日まで開催された。思えば筆者個人にとって最後の国際ショー訪問は、2018年のパリだった。2019年は、ジュネーブ、パリと交互開催のフランクフルトとも規模縮小傾向に気分が乗らずに欠席。2020年のパリは、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまった。2021年はフランクフルト改めミュンヘンも国外勢が少ないため、行くのを躊躇(ちゅうちょ)した。つまり4年ぶりのショーだ。
「におい」とは、モーターショー会場に立ち込める独特の香りである。じゅうたんや木製板といった造作物なのか、それともディスプレイといった電子機器が発する熱か、何によるものかは判別できない。自動車本体のものが混じっているのかどうかも不明だ。しかし、そのにおいは、他の展示会とは異なるものである。同時に、明らかに予算の都合上であろう、かなり抑えられているが、自動車を美しく見せるためのまばゆい照明も懐かしい。自動車ショーの感動がよみがえってきた。
最初に訪れたルノーのブースでは、イタリア出身にして同社でCEOを務めるルカ・デメオ氏と握手を交わした。「チャオ、コメヴァ?(元気か?)」と本人が言うので、筆者が「(電動車の)フルラインナップおめでとう」と言い返すと、デメオ氏は「ありがとう!」と答えた。こうした生のコミュニケーションも、久々ゆえに高揚感が増す。
「フェラーリ・ローマ」をもらっても
ただし、現実にも目を向けなければならない。2022年のパリモーターショーは、ドイツに日本、そして韓国系ブランドがすべて不参加という異例の回となった。欧米を本拠とする出展社は、グループルノー(ルノー、アルピーヌ、ダチア、およびシェアリングモビリティーのモビライズ)とステランティス(プジョー、DS、ジープ)にとどまった。パビリオン数は7館から3館へ、会期も2018年の13日間から7日間へと短縮された。
会場外の自動車環境の変容も無視できない。
パリ市内では「CRIT’Air(クリテア)」と称する自動車の騒音および排ガス対策が2015年から段階的に施行され、他の大都市にも普及している。
パリではその第2段階として、2021年6月1日からは、2005年12月31日以前に登録されたディーゼル乗用車と、1996年12月31日以前に登録されたガソリン乗用車の乗り入れが禁止された。違反した場合、反則金の最高額は180ユーロ(約2万6000円)に達する。
2022年3月からは環境連帯移行省によって、自動車の広告に「毎日は公共交通機関を使いましょう」「近距離は徒歩や自転車で」そして「相乗りを検討しましょう」のいずれかのメッセージを付加することが義務づけられた(本欄第741回参照)。
そして今回のショーの1カ月前である2022年9月から、パリでは駐車違反の反則金が、エリアによっては最高75ユーロ(1万1000円)にまで引き上げられた。
規則以外でも、この国の自動車環境には、逆風が吹き荒れている。折しも今回、プレスデーの前々日から当日にかけて、フランス各地の精油施設従業員が物価高騰を背景に賃上げ要求ストライキを決行。そのため、市内では多くの給油所が閉鎖を余儀なくされた。
ショー会場の片隅では、「フェラーリ・ローマ」が当たるチャリティー抽選券が5ユーロで販売されていた。だが、もし当たっても、かつてのように自由にクルマを楽しめるムードではないことは明らかだ。
かといって、前述のキャンペーンどおり、公共交通機関を活用すれば解決するかというと、そう一筋縄にはいかないことを、今回筆者は思い知った。一般公開の初日である10月18日、今度はさまざまな業界を巻き込むゼネストに発展してバスは運休、郊外鉄道RERも間引き運転となった。さらにデモの警備上、セーヌ左岸の7区周辺は地下鉄9号線の駅が閉鎖された。そのあおりで、タクシーは、どこに行ってもつかまらない状況となった。結局、当日の筆者の歩行距離をスマートフォンで確認すると17km以上に達していた。
ゲームチェンジャー現る
モーターショーに話を戻そう。パリ滞在中、5人以上のフランス人自動車エンスージアストに個人的に面会する機会があった。だが彼らはいずれも、「今回は行かない」「行かないだろう」と答え、「必ず行く」と即答した人物は一人もいなかった。彼らにとって、特に慣れ親しんだ外国ブランドがいないのが不満らしい。「なぜ日本ブランドは出展しないのだ?」と聞かれたが、私に言われても困る。
ただし、筆者の視点からは、かなり興味深いモーターショーになっていた。その例を以下に挙げよう。
最初は、新興国ブランドの台頭である。中国を代表するEVブランドのひとつであるBYD、同じ中国の長城(グレートウォール)系のプレミアムブランドのフェイとオーラ、さらに4年前、同じパリでグローバルデビューを果たしたベトナムのヴィンファストが、いずれも電動車で“地元”のルノーやステランティスに比肩するブースを展開した。
中国系ブランドのインテリアに関して言えば、独特な安っぽい可塑性素材臭を放っていたのは遠い過去の話になっている。そればかりか、デザインの自由さは、明らかに欧州車や日本車を超えている。多数の外国人デザイナーをヘッドハンティングし、イタリアをはじめ各地にデザインセンターを積極的に開設してきた彼らの成果が着実に実を結んでいる。ヴィンファストも、ピニンファリーナデザインの名を汚さない内外のフィニッシュである。
BYDとヴィンファストは今回のショーで欧州進出を高らかに宣言した。長城もすでに2021年、同様にヨーロッパ上陸をアナウンスしている。今回のショーには参加しなかったものの、本欄第747回でリポートした中国・浙江吉利控股集団(ジーリーホールディンググループ)のリンク&コー(領克)が、2022年1〜8月で、すでに1万3000台以上を欧州圏で販売している(データ出典:Carsalebase.com)。
すでに自動車ブランドの国籍へのこだわりが希薄化している今日の欧州で、今回出展した各社の成功は、決して不可能ではない。ゲームチェンジャーの到来である。
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退屈なんかじゃない
フランスにおいて、都市と自動車との親和性が薄くなるなかで、新たなアプローチを模索するスタートアップ企業の姿も興味深かった。
例えば自動車の瞬間査定トンネルとでもいうべきものである。「プルーブステーション」は2018年にリヨンで創業した従業員約60名・平均年齢30歳の企業による製品だ。全長8mのトンネルを時速7km以下で通過するだけで、設置された機器が車両のダメージなどを360°スキャン。AIとデータベースを駆使して瞬時に価格を査定する。タイヤの状態スキャン技術は、ミシュランが提供している。
当初はプロの中古車オークション業者向けであったが、一般向け機器も開発した。対応してくれたセドリック・ベルナールCEOによると、「すでにスーパーマーケットのカルフールと提携し、3店で稼働させています」という。
自動車オーナーが行うのは、
- 自分の売りたいクルマをスーパー駐車場の機器でスキャン
- 査定額をスマートフォンで受信
- 売却を決めたら、家か職場でクルマをスタッフに引き渡す
- 代金を銀行振り込みで48時間以内に受領
のわずか4ステップだ。買い物ついでにクルマを売れるわけである。手続きの簡略化によって中古車の流通が円滑になり、ひいては新車市場の活性化にも部分的に貢献することができる好アイデアであると筆者は考える。
最後は、懐かしい初代「ルノー・トゥインゴ」が2台置かれたブースだった。こちらはロモトという企業によるものだ。トゥインゴは彼らによってEV仕様にコンバートされており、内装も完璧にレストアされている。トゥインゴを選んだのは、2022年が誕生30年であるからという。彼らも若いスタートアップだが、地元ノルマンディー州からの支援も取り付けている。
目指すものは? スタッフは「新車のEVを購入するよりも低予算で、特にフリート導入できることです」と説明する。実際、彼らが提案するのは、頭金なし・月100ユーロ・走行距離無制限・メンテナンス込みのリース方式である。同時に「古いモデルを再生することは、環境保護の観点からも適切と考えています」と胸を張る。目下、ホモロゲーション取得の準備中だ。
思えば初代トゥインゴは、最新型にも比肩するEVらしいデザインである。筆者が「初代トゥインゴは、日本をはじめ各地で愛好家が少なくない。ゆえに個人向けにもいいのでは」と提案すると、彼らはうなずき「日本進出できるかも」と笑った。
かくも今回のモーターショーは、パリという都市が今日置かれた状況を見定め、近未来を見据えるという意味で、決して退屈なショーではなかったのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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