第313回:最高の敵役
2025.06.30 カーマニア人間国宝への道前澤さんは信じなかった
もう20年くらい前だけど、Z32型「日産フェアレディZ」や「MID4」(コンセプトカー)のチーフデザイナーを務めた前澤義雄さんと、フェラーリについて話をしていたときのこと。前澤さんが、ポツリとこうおっしゃった。
「あんなクルマで採算がとれるわけがない。フィアットが援助しているに決まってる」
「あんなクルマ」とはつまり、フェラーリのような少量生産のスーパースポーツカーを指す。
当時フェラーリは、ルカ・ディ・モンテゼーモロ氏の経営改革が功を奏して大きな黒字を出しており、逆にフィアットは、経営に四苦八苦していた。しかし前澤さんは、フェラーリの決算なんかぜんぜん関心なくて知らなかったし、私が言っても信じない。取りつく島もなかった。
自動車は、大量に売れてこそ利益が出るもので、専用設計の少量生産車は赤字が必至。それが大量生産メーカーの常識だ。前澤さんは、日産という大メーカーで、MID4というスーパースポーツカーの開発にかかわったからこそ、フェラーリが黒字だなんて「ありえない」という認識だったのだろう。
その会話の少し後、日産自動車は、R35型「GT-R」を発売した。それは、「誰でも、どこでも、どんな時でも、最高のスーパーカーライフを楽しめる、新次元のマルチパフォーマンススーパーカー」をうたっていた。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
北米ではカルトカー扱い
R35 GT-Rは、大人4人が乗れる実用性を持ちながら、市街地では快適なクルージングが可能で、アウトバーンでは300km/hオーバーで会話ができ、サーキットアタックもこなす。それを混流生産によって、フェラーリよりはるかに安い価格(当時777万円から)で提供し、それなりの台数を売って、採算をとる計画だった。R35 GT-Rは、2007年の発表当時、「月間1000台の生産」をにらんでいた。つまり年間1万2000台だ。
GT-Rは、確かに安くて猛烈に速かった。しかし販売台数は、目標を大きく下回った。
グローバルの総販売台数は非公開ながら、最初の10年間で合計3万台強(当時の日産自動車広報部の提供データ/当連載第12回参照)だったので、これまでの18年間を平均すると、年間2000台くらいだろうか。ビジネスモデルとしては、完全な不発に終わった。
私は、GT-Rに対してずっと淡泊だった。確かに日本の誇りだし、21世紀の戦艦大和ではあるけれど、工場みたいな乗り味が、徹底的に自分の趣味じゃなかったのだ(個人的な趣味の問題です)。
その後GT-Rは改良を重ね、特に2020年モデル以降は、ターボのレスポンス改良でエンジンフィールががぜん良くなったけれど、だから大好きになるかといえばそうでもない。
そのころから「そろそろ生産終了」と言われ始め、新車価格が大幅に上昇。「安くて速い」という当初のコンセプトは薄らいだ。
なかでも「NISMO」は2000万円を超え、発売後少なくとも10年間、最大市場だった北米で「天文学的な価格」と評されるカルトカーに。末期は、販売の大半が国内に戻ったようだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
音さえよければすべて善し
そしてGT-Rは、2025年モデルをもって、生産終了が決定。その最終型の「GT-RプレミアムエディションT-spec」(2035万円)に、最後の最後、ちょこっとだけ試乗することができました。
久しぶりに乗るGT-Rは、現在の基準からすると、ものすごく武骨なクルマだった。
まず、低速時のパワステが重い! この重厚感はナニ!? こんなだったっけ!? すげえなGT-R。四つ角ではノンスリがガキガキいう感覚も残ってるし、これってやっぱり戦車だな。超シロートっぽいインプレでスイマセン。
外は雨。時間もないので、取るものも取りあえず全部「R」モードにして、アクセルを床まで踏んでみた。
「グワアアアアアアアーン、グアアアアアアアアーン、バシュン」(制限速度内です)
げえっ、アクセルをオフにするとアフターファイアー音がする! これっていつからなの!?
webCGのサトータケシさんの試乗記によると、「音に関しては、2024年モデルから採用されているフジツボのチタン合金製マフラーの手柄」とのこと。ひえー、GT-Rがこんないい音になってたのか! こりゃ気持ちイイ! 私は「音さえよければすべて善し」的な嗜好(しこう)なので、最後の最後、GT-Rがこんなステキな音になって、本当によかったなぁと思った。
ああ、なんだかサワヤカな気分だ。18年間淡泊だったけど、最後は笑顔でサヨナラを言える。ありがとうGT-R。あなたは私にとって、最高の敵役でした。
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一/車両協力=日産自動車)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第319回:かわいい奥さんを泣かせるな 2025.9.22 清水草一の話題の連載。夜の首都高で「BMW M235 xDriveグランクーペ」に試乗した。ビシッと安定したその走りは、いかにもな“BMWらしさ”に満ちていた。これはひょっとするとカーマニア憧れの「R32 GT-R」を超えている?
-
第318回:種の多様性 2025.9.8 清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?
-
第315回:北極と南極 2025.7.28 清水草一の話題の連載。10年半ぶりにフルモデルチェンジした新型「ダイハツ・ムーヴ」で首都高に出撃。「フェラーリ328GTS」と「ダイハツ・タント」という自動車界の対極に位置する2台をガレージに並べるベテランカーマニアの印象は?
-
NEW
BMW R12 G/S GSスポーツ(6MT)【試乗記】
2025.10.4試乗記ビッグオフのパイオニアであるBMWが世に問うた、フラットツインの新型オフローダー「R12 G/S」。ファンを泣かせるレトロデザインで話題を集める一台だが、いざ走らせれば、オンロードで爽快で、オフロードでは最高に楽しいマシンに仕上がっていた。 -
NEW
第848回:全国を巡回中のピンクの「ジープ・ラングラー」 茨城県つくば市でその姿を見た
2025.10.3エディターから一言頭上にアヒルを載せたピンクの「ジープ・ラングラー」が全国を巡る「ピンクラングラーキャラバン 見て、走って、体感しよう!」が2025年12月24日まで開催されている。茨城県つくば市のディーラーにやってきたときの模様をリポートする。 -
NEW
ブリヂストンの交通安全啓発イベント「ファミリー交通安全パーク」の会場から
2025.10.3画像・写真ブリヂストンが2025年9月27日、千葉県内のショッピングモールで、交通安全を啓発するイベント「ファミリー交通安全パーク」を開催した。多様な催しでオープン直後からにぎわいをみせた、同イベントの様子を写真で紹介する。 -
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来
2025.10.3デイリーコラムスズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。 -
第847回:走りにも妥協なし ミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」を試す
2025.10.3エディターから一言2025年9月に登場したミシュランのオールシーズンタイヤ「クロスクライメート3」と「クロスクライメート3スポーツ」。本格的なウインターシーズンを前に、ウエット路面や雪道での走行性能を引き上げたという全天候型タイヤの実力をクローズドコースで試した。 -
思考するドライバー 山野哲也の“目”――スバル・クロストレック プレミアムS:HEV EX編
2025.10.2webCG Movies山野哲也が今回試乗したのは「スバル・クロストレック プレミアムS:HEV EX」。ブランド初となるフルハイブリッド搭載モデルの走りを、スバルをよく知るレーシングドライバーはどう評価するのか?