アウディRS 5(4WD/7AT)【試乗記】
試されるのは美学 2010.09.28 試乗記 アウディRS 5(4WD/7AT)……1232.0万円
アウディのハイパフォーマンスクーペ「RS 5」が日本上陸。「R8」をも上回る、450psのパワーがもたらす走りとは?
にじみ出る“いいモノ感”
「アウディRS 5」のドライバーズシートに着く。シルクナッパレザーと呼ばれる上質革が張られた専用スポーツシートは、しなやかすぎず、かといって張りが強すぎず、スーパースポーツモデルのシートとしてバランスが絶妙だ。これだけとっても、「ハイパフォーマンス」を「格闘」と考えているようなクルマと「RS 5」は、立ち位置が完全に違っている。オトナだ。
ドライバーをずらりと囲むスイッチは、形状、素材、タッチのいずれもがいつもどおりのアウディ流の質感で貫かれていて、「精緻(せいち)」という言葉を思い出さずにはいられない。それを4.2リッターV8エンジンのアイドリング音をBGMに眺めると、“いいモノ感”がジワーッと増してくる。
この“いいモノ感”というやつ、ドイツの開発者たちは「ヴェルティヒカイト(Wertigkeit)」という言葉を使って表現することがある。辞書で調べると「原子価」などという難解な化学用語だが、「Wert」が表す「価値」という意味から派生した便利な使い方もあるらしい。
このヴェルティヒカイトのニュアンスを、かつて筆者はフォルクスワーゲングループ全体のデザインを統括しているワルター・デ・シルヴァ氏にうかがったことがある。RS 5のベースとなる「A5」のデザイン責任者でもある氏は、「イタリア語だとプロドット・ヴァリド(prodotto valido)と言います」と母国語を交えて、こう語ってくれた。
「(ヴェルティヒカイトを表現する際、重要なのは)美しさにこだわることです。美しさには、目で見てそう感じるものだけでなく、触って美しい、ということだってあるでしょう。またデザインの精密さや正確さもヴェルティヒカイトにつながります。すなわち精密、正確であることは、まぎれもなく美なのです」
美によって支配されたいいモノ感。ちょっと気恥ずかしさもあるけれど、ハイパフォーマンスカーはそれぐらいピュアでロマンチックで哲学的な方が夢がある。やっぱりオトナだ。
手組みのエンジン
RS 5のボンネットの下には、シリンダーヘッドカバーが赤く塗られた4.2リッターV8自然吸気エンジンが収まっている。4.2リッターV8は、A5ファミリーのヒエラルキーでいうとひとつ下の「S5」も搭載しているが、こちらはパワーが圧倒的に高い。「S5」が354psであるのに対して、こちらは420psの「R8」を軽々と上回る450psをしぼり出す。しかも聞くところによると、1基1基、熟練工が手作業で組み立てているとのことだ。なるほど、完全に「メルセデス・ベンツC63 AMG」(457ps)を“ロックオン”しているようだ。
エンジンを始動すると、アイドリングの時点ですでに、エンジン音がS5のV8ユニットとは完全に別のものであることがわかる。なにやらとんでもないパワーを潜ませているような、骨太な脈動が伝わってくるからだ。その音源がキャビンの後ろか前かという大きな違いはあるが、どことなくR8を思い起こさせる。走る前から、相当なヴェルティヒカイトである。
そして前方にクルマがいなくなったのを見計らって、スロットルペダルを深々と踏み込んでみると、RS 5を取り囲む時間の流れが突然キッと変わった。湿式7段のSトロニック(4.2リッターV8エンジンとの組み合わせはこれが初めて)がパパンッと電光石火のシフトダウンを決めて、4.2リッターV8は自然吸気ユニットならではのリニアな、しかし猛烈な加速を開始。パワーがほぼピークに達している8300rpmにあっという間に到達した。
ここで驚かされたのは、速さではなくむしろ“遅さ”だった。新しいセンターデフと電子制御デバイスで武装したクワトロ4WDシステムがもらたす安定性は抜群で、“体感速度”が想像以上に遅いのである。
徹頭徹尾オン・ザ・レール
RS 5のクワトロシステムに採用されるセンターデフは、従来のトルセンからクラウンギアと呼ばれる方式に改められている。これによりデフ単体で従来比約2kgの軽量化を達成し、同時に路面状況に応じて駆動力を前輪に最大で70%、後輪に85%と、より大きく変化させることが可能となった(通常時は前輪40%、後輪60%)。
また、コーナリング時に内輪の荷重が減り、ホイールスピンの兆候を示すと、内輪にわずかなブレーキをかけるトルクベクタリングシステムが装備される。さらにリアアクスルには、左右輪のトルク配分を可変制御するスポーツディファレンシャルが付く。
これらが一体になると、どういう仕事をするか。アウディドライブセレクトで“ダイナミックモード”を選んだときの、旋回時の安定性は相当なもので、かなり攻め込んでいったってRS 5は涼しげにオン・ザ・レールの姿勢を維持するばかりである。スロットルをちょっとやそっと踏み増したところで、アンダーステアに陥ることもないし、ESPの作動灯すらつかない。おそらくトルクベクタリングシステムが微妙に介入してきているのかと思うが、車両はノーズを内側に向けたまま、面白いほど、いや恐ろしいほどグイグイと曲がっていく。そのフールプルーフさには底知れぬものがあり、公道ならドライバーの方が先に白旗を上げてしまうだろう。
またエンジンのパワフルさもさることながら、それをグッと抑え込むブレーキのキャパシティも特筆すべきものがある。高速域においてもペダルの微妙なタッチを面白いほど反映してくれるし、絶対的な制動力も文句なしだ。
「技術による先進」とはアウディのよく知られた社是であるが、RS 5には彼らの完璧主義が最も色濃い形で宿っていると言えそうである。ここに及んで試されるのはクルマではなく、むしろドライバーの側の美学であろう。
(文=竹下元太郎/写真=荒川正幸)

竹下 元太郎
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