フィアット・パンダ Easy(FF/5AT)
値段に見合う価値がある 2013.07.01 試乗記 3世代目に進化した、フィアットのコンパクトカー「パンダ」。新たなデザイン、そして新たなメカニズムは、ドライバーにどんな喜びをもたらすのか?これぞイタリアン・コンパクト
ふっくらと丸みを帯びた新しい「パンダ」を初めて見たとき、「まさか、また大きくなってしまったのか……!?」と胸騒ぎがした。「パンダのようなクルマは小さいがゆえに存在価値がある」という自らの考えゆえのことだった。
しかし実際には、外寸はそれほど拡大されていない。全長はほとんど伸びていないし、車幅は5ナンバーの枠内にある。それでいて、ヘッドレストが3つ並ぶ後席の光景には、旧型パンダのオーナーである筆者はビックリさせられた。資料によると、室内幅の拡大はわずか5mm(!)でしかない。なのにこの広さ。驚異的といっていい。同様に室内幅が26mm広がったという前席に座ってみると、こちらも確実に広くなっている。外寸の拡大は最小限にとどめながら、室内を広く魅力的に見せる――これぞイタリア流デザインの真骨頂である。
シートの着座位置は、旧型よりも低い。外から見ると高くなったように感じられる重心高も、実際に乗って走らせてみると、むしろ低くなったという印象を受ける。ドライバーの腰のあたりがクルマの動的な重心高とほぼ同じだから、運転していると、まるで重心高が低くなったようにも感じられるのだ。
ドアの高さもほどよくて、乗員は「守られている」という実感を得られる。また、沈み込むように座った場合には、相対的にクルマが大きくなったようにも感じられる。
なにより、穏やかな目元をはじめとするシンプルで洗練されたスタイリングは、なんとも言えない心地よさを醸し出しており、それが、最近のとげとげしいディテールに飾られた多くのクルマたちからは得られない、ほっとする安らぎを与えてくれる。これもまたイタリアンデザインの本質的な魅力といえる。
1979年に生まれたオリジナルのパンダは「シトロエン2CV」と発想を同じくする“ミニマムトランスポーテーションの権化”であり、2代目パンダはデビュー年(2003年)の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した名車でもある。今回の3代目はその延長線上にあり、オリジナルと同様に小さな実用車の典型という思想を継承した上で、小型イタリア車にふさわしいかわいらしさも併せ持つ。よって、このモデルチェンジは大成功といえると思う。
小さなエンジンに大いに感心
2気筒ターボエンジン「ツインエア」は、「500(チンクエチェント)」譲りではあるが、パンダにもよく似合う。「ブーン」というのどかなエンジン音は、イタリアの農道や峠道をトコトコ登ってゆく光景を連想させる。しかし、決して遅くはないし、走りも軽快。そして経済的。現代にふさわしいエンジンである。
排気量は875ccにすぎないが、だからといって侮ってはいけない。遠慮なくスロットルを開けてやれば、エンジン音は多少騒がしくなるものの、これがなかなかの速さを見せる。この日は箱根新道を登ってみたが、大型トレーラーをパスするのも余裕であった。ターボの威力は絶大で、つづら折りの坂道をグイグイと登っていく。この辺り、85psと14.8kgmを額面通りに受け取ってよい。車両重量も1070㎏と軽い。今後、より大きなエンジンを搭載するグレードも登場するかもしれないが、ノーズの軽さなどを考慮するとこのツインエアがパンダにはベストと思う。ちなみに、今回のテスト走行246.1㎞の平均燃費は、14.2㎞/リッターと良好だった。
スタート&ストップ機構は、初期にチンクエチェントなどに取り付けられていた即物的で容赦のない“オン/オフ作動”から進化しており、ブレーキを少し強めに長く踏むことで止まる。半拍ほどの微妙なタイムラグでストップさせてくれるから、ドライバーの側でも心構えができる。ずいぶん落ち着いた印象になった。
ツインエアエンジンは、アイドリングを含め、回り続けている限り静粛ではあるが、始動時と停止時には2気筒なりの揺動が加わる。そこで、再スタートさせる時には、ブレーキペダルから足を離す前にアクセルペダルを踏んでエンジン始動させられると、よりスムーズな発進が可能になる。その点、ブレーキペダルは左足で踏んでいるほうが、より自然である。
気になる癖も楽しく思える
シーケンシャル式の5段AT「デュアロジック」は、オートマチックモードで減速する際、停車直前には1速までシフトダウンする。この時のショックは、軽微ではあるものの、煩わしいことも事実だ。どうせ止まるのだから、ニュートラルに入れてくれればいいのに、と思う。発進時に1速に入っていれば済む話なのだが、律義にも次の動作への準備を始めてしまうのだ。だから筆者は、毎回自分の手でNに“戻す”。
また1-2速間のギア比が離れているため、変速時にはやや舟を漕(こ)ぐような加速Gの途切れる区間が存在してしまう。
これに関しては、話は「セレスピード」の時代にまでさかのぼる。そのトランスミッションを用いた「アルファ・ロメオ156」では、なぜか1速のギア比が意識的に下げられ、2速とのギア比が開いていたのだ。エンジニアは、その方が発進がラクになるとでも思ったのだろうか? 当時の措置は今なお続いていて、最新の「ジュリエッタ」にも踏襲されている。しかし、私に言わせれば、そのセッティングは間違いだ。1-2速は、逆にもっと接近させてこそスムーズにつながるというものだ。
最近の実例を挙げて説明するならば――例えば、同じゲトラク製のデュアルクラッチ式ATでも、フォードとボルボでは考え方が違う。フォードは1-2速間をクロスさせたギア比を採用しており、そのつながり方は実にスムーズ。1速での力強い加速感は2速に入ってもそのまま維持されるのだ。そうした見方をするならば、このパンダの1-2速間のステップアップ比1.90はどう見ても開きすぎだ。
100歩譲って「パンダでもトレーラーやボートをけん引したいという要望に応えるため」としたところで、それは1速を低く設定する理由にはなっても、2速を引き離すことにはつながらない。逆に、4-5速間をクロスさせるという措置は、エンジンブレーキなどの点でむしろマイナス。というように、まだまだ改善の余地はある。
ただし、パンダの持つそうした軽微なマイナス点は、それをテクニックで補う楽しさも伴う。単に「自動変速機の出来具合うんぬん」で話が済んでしまうような、安楽に転がすだけのクルマとは違う。パンダを運転すると、子供を相手に遊ぶときのようなうれしさがこみ上げてくるのだ。
あなどれない走り
新型パンダは、先代が有していた軽快さを継承しているだけではなく、操縦安定性の点でも大いに進化している。
コーナリング中はそれなりにロールはするが、それは外輪が沈み込む“安定方向のロール”である。左右に切り返しても、ダンパーは有効に機能し続け、ゆったりとした反応を示す。この穏やかな身のこなしは、何ともほほえましい。とはいえ、決してキビキビしていないわけではない。絶対的に短いホイールベースのせいもあり、連続するS字コーナーなどもすばしこくクリアしていく。
乗り心地は、特別に硬いアシを持つ旧型「パンダ100HP」から見れば“天国”と言っていい。筆者のパンダ100HPは4人で乗っていればまだマシだが、一人で乗っているときなどは、後輪がポンポン跳ねてしまい、ピッチングがひどい。対する新型パンダは、ホイールベースが同じ2300㎜とは思えないほどフラットな姿勢で走っていく。もっとも、旧型でもノーマルのパンダは乗り心地が良かったが……。
ボディー剛性も高い。タイヤを含めた「バネ下」は、路面の凸凹に追従してストロークし、ボディーとは別の動きを示す。結果としてボディーは水平に保たれる。185/55R15と、比較的大きなタイヤの重さを持て余すことなく抑え込む、ダンパーの働きも不足は感じない。
新しいパンダは軽自動車とあまり変わらないサイズではあるが、その姿は見ているだけでも楽しさが伝わってくるものだし、実際に乗れば欲しくなる誘惑にかられる。
208万円という価格も、フル装備の“上級軽乗用車”と変わらない。これで生活環境やクルマに対する価値観が変わるならば、安い買い物であると思う。
(文=笹目二朗/写真=峰昌宏)
テスト車のデータ
フィアット・パンダ Easy
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3655×1645×1550mm
ホイールベース:2300mm
車重:1070kg
駆動方式:FF
エンジン:0.9リッター直2 SOHC 8バルブターボ
トランスミッション:5段AT
最高出力:85ps(63kW)/5500rpm
最大トルク:14.8kgm(145Nm)/1900rpm
タイヤ:(前)185/55R15/(後)185/55R15(グッドイヤー・エフィシエントグリップ)
燃費:18.4km/リッター(JC08モード)
価格:208万円/テスト車=213万円
オプション装備:車体色<バレンタインレッド>(5万円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2745km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:246.1km
使用燃料:17.3リッター
参考燃費:14.2km/リッター(満タン法)/14.5km/リッター(車載燃費計計測値)
