「ユーザーには伝わりにくいが、実は手間がかかっていること」は?

2026.02.17 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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クルマに限らず、工業製品ではつくり手のこだわりや苦労のすべてをユーザーが理解できるとは限りません。その点、車両開発で「わかってもらえなくても手間をかけて取り組んでいる」点があるとしたら、どんなことでしょうか?

自動車のプロダクトにおいては当然、目に見えるもの、触れるものはユーザーの理解を得やすいですよね。外観の見栄えやインテリアの質感、触った時の感触などはわかりやすい。

それに対して、例えば、走ったときの〝味わい”はわかりにくい。さまざまあるなかで最も伝わりにくいものを挙げるなら、それは「安全性」にかかわる部分でしょう。 万が一ぶつかった時にどうなるか。そもそも、ぶつからないようにするための予防的な技術の話ですから。そのクルマがどれほど優れた安全性能を実現しているのかは、非常に大事なことではありますが、乗っている人にはなかなか伝わりません。

そのため、どうしても営業サイドからは「もっと目に見えるところにお金を使ってください」という要望が上がってきます。 走りに話を戻しますが、「チーフエンジニアのこだわりで、そんな高価なショックアブソーバーを付けて『ロールの感じが良くなる』なんて言われても、お客さまの理解は得られない。そこに1万円使うなら、もっと高い革をここに貼ってほしい」なんて話になるものなんです。

クルマをつくっている側は、見かけよりも走りを良くしたいと思っている“クルマオタク”みたいな人間が多いので、後者のほうにお金も時間もかけたいのですが、それが必ずしも「売れる」ということにはつながらない。これはもう、毎度おなじみのジレンマです。

世界的にも日本のクルマというのは、どちらかといえば、目につくところの豪華さよりも、お客さんが本当に困ることのないようにすること――つまり、「絶対に故障しない」とか「万が一故障してもすぐにスペアパーツが届いて直る」という整備性など、カーライフの維持に直結するところに一生懸命エネルギーをかけて、確固たる地位を築いてきました。

「トヨタ車は故障しない、信頼性が高い」などと言われますが、その点におけるトヨタの鉄壁の強さは「部品の供給」にあると私は思っています。 どんなへき地に行っても、たとえ在庫がないような部品であれ、あっという間にデリバリーされる。部品供給の体制はピカイチです。

それだけの部品供給網を持っている部品共販(現・トヨタモビリティパーツ)という組織の仕組みが、実にすごい。 スポットライトが当たることは少ないのですが、トヨタの強さはそこにあると常々思います。なかなかお客さんの目につきにくいところに、いろいろな努力やシステムの蓄積があって、それによってブランドに対する信頼や魅力が生まれるわけです。

“目立たない苦労話”では、もっと小さな話題もたくさんありますよ。例えば、「バリ対策」。シートの間に物を落とした時、なかなか拾えなくて手を突っ込んで取ろうとしたら、何かの突起に当たって痛いとか、血が出たとか。そうしたトラブルをなくすための対策です。

読者の皆さんはご存じないと思いますが、トヨタでは実際に、ありとあらゆるところに手を突っ込んでみるというテストをやっています。 それでバリが出ないようにつくり方を変えたり、それでもけがをする恐れがあるなら、わざわざ保護カバーを付けたり。そんなことはユーザーの誰も知らないし、手を突っ込まない人には一切縁のない話なのですが、日本車はそういうところまで繊細に考えられています。

これが欧州車になると、そういう配慮などないのが普通です。私自身、トヨタと協業関係にあったBMWの担当者にバリのことを指摘したら、「バカじゃないのか? そんなところに時間とお金をかけてどうするんだ」と笑われたこともあります。 「いや、これはうち(トヨタ)のポリシーなんだから絶対に妥協できない」なんて言い張って、大げんかになったこともありましたね(苦笑)。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。