第964回:フィアットグッズのコレクターから学ぶ人生訓
2026.06.04 マッキナ あらモーダ!ふと思い出した人物
近ごろ、トリノの街に降り立つたびに抱く感情といえば悲壮感だ。それは2026年5月も同じだった。 ポルタ・ヌオーヴァ駅周辺に連なる「ポルティコ」は、サヴォイア王家が17~18世紀に往来する市民を雪や雨から守るために設けた屋根付き通路である。しかし、今ではホームレスの人々の毛布が目立つ。
驚いたのは、2020年冬にオープンした大規模商業施設「グリーンピー」だ。日本にも店舗がある高品質食料品スーパー、イータリーが手がけたもので、旧フィアット工場を改装したリンゴットビルの真隣という好立地だった。にもかかわらず2026年4月、開業6周年を待たずに閉館してしまった。
トリノ商工会議所の統計によると、2025年に県内で1万1328社の事業者が廃業したという。新規開業は1万2645社で2年ぶりに廃業を上回ったが、予断を許さない。パン店など小売業の衰退はとくに深刻だ。冬季五輪が開催された2006年頃の活気とは対照的である。
ゆえに今回の現地滞在でも、目当ての取材が終わっても街なかを散策する気にはなれなかった。そうしたなか「トリノといえば……」と独りごちるとともに、ある人物をふと思い出した。 その名はジュゼッペ・グラツィアーノ。2024年、「トリノ自動車博物館」でフィアット創業125周年記念の企画展が開催されたとき、さまざまな展示品の解説板に所有者として記されていたのが、彼の名を知るきっかけだった。同館で働く知己の学芸員に尋ねると、トリノ県在住のフィアット関連グッズのコレクターだと教えてくれた。
その後、メールで数回連絡を試みたが、返事は来なかった。 それから時がたち、今回の滞在で思い切って電話をかけてみた。すると本人が出て、たちまち「大歓迎ですよ」と言う。メールより電話。それは今もイタリアにおける重要な意思疎通の優先順位である。筆者のトリノに対する悲哀の感情は、思わぬ展開となった。
フィアット製スクーターも
グラツィアーノ氏のコレクション所在地は、トリノ西郊のコッレーニョという町だった。倉庫を改装した内部には、草創期からのフィアット関連グッズがところ狭しと並び、壁面には無数のポスターが掲げられている。リーフレットによると、収蔵点数は10万点以上という。
グラツィアーノ氏のコレクションの見どころを筆者が大別すると3つだ。第1はフィアットがあらゆる分野に進出していたコングロマリット時代の軌跡である。自転車およびスクーターの実車、航空エンジン、さらには自動小銃の図面などがその代表例だ。第2はフィアットと関連企業における従業員たちの暮らしである。具体的には、同社が戦間期からイタリアで他社に先駆けて整備した福利厚生施設や医療施設の記録である。そして最後は、CMソングのレコードをはじめとする歴代販促用品の数々だ。いずれも象徴的なものは写真でご覧いただこう。展示しきれない収集品は、箱に詰められたまま別室まであふれている。「とても整理が収集に追いつかないのですよ」とグラツィアーノ氏は語る。
では、なぜ彼はフィアット関連グッズのコレクションを始めたのか。
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半島の「つま先」から西ドイツ、そしてトリノへ
本人に質問すると、グラツィアーノ氏は自らの歩みを語り始めた。「私は1946年に南部カラブリアのカリアーティという町に生まれました」。イタリアを長靴にたとえれば、限りなくつま先に近いあたりである。「地元の職業訓練学校で勉強しましたが、小学校の恩師の勧めもあって故郷を後にしました」。第2次大戦後、イタリア南部では豊かな北部の国々へと働きに行くのが盛んだった。彼が向かったのは西ドイツで、工場従業員の職を得た。「しかし、しょせんは外国です。必死で働いても出稼ぎ労働者の扱いしか受けられませんでした」
グラツィアーノ氏は、母国イタリアのトリノに移ることを決意する。時は「奇跡」とまでいわれた経済成長を遂げた1960年代。ピエモンテの街は自動車産業で繁栄を謳歌(おうか)していた。 しかし、そこでもグラツィアーノ氏は差別に直面する。「同じイタリア人にもかかわらず、南部の人間は保守的なトリノの産業界で頭角を現すのが難しかったのです」。それでも彼はくじけなかった。中古の工業用穴あけ機1台を購入し、小さな倉庫で自動車部品製造を始めた。「家がなかったので、仕事が終わると道具を片付けて、そこに寝ていたのです。体は公衆トイレに行って洗っていました」
その後出会った妻のピーナ氏はトリノ出身という。前述のような保守的気風の街で、どう彼女の両親を説得したのか。「日曜もなく、ひたすら真面目に働き続けました。勤勉であれば妻の家族にも理解してもらえると信じていたのです」。そうした苦労話も屈託ない笑顔とともに話すグラツィアーノ氏の姿に、気がつけば筆者のほうが泣いていた。
やがてマセラティを含むいくつもの自動車製造会社の仕事が舞い込むようになった。とくにフィアットの主導で1975年に創設されたイヴェコ社(当連載第901回参照)からの発注は、グラツィアーノ氏の工場に大きな成長をもたらした。おかげで1977年には法人化も果たすことができた。かたわらで数々の特許も取得し、サプライヤーとしての地位を高めていった。
グラツィアーノ氏の会社、フィテスが製造するパーツは、世界各地のイヴェコの生産拠点に供給されるようになり、今日に至っている。「常に経理を引き受けてくれたのはピーナです。彼女がいなかったら、私はなにもできなかったでしょう」
従業員には外国人も積極採用している。「彼らの子どもたちがイタリアの小学校で成績優秀なのを聞くたびにうれしくなります。なぜなら親たちが安心して働ける職場が提供されている証しに他ならないからです」
そうした歩みのなかで、第2の故郷トリノばかりか、イタリアを象徴する企業であるフィアットに愛着を抱き、2004年に公開したのが今日のグッズコレクションだという。
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陰で支えた人に会える街
自らの未来を信じること、勤勉であること、周囲の人々を大切にすること。フィアットグッズのコレクションを見せてもらいに来たはずの筆者は、気がつけば、人生で大切なものを教えてもらっていた。
グラツィアーノ氏との談議は、とめどなく続いた。列車の発車時刻が近づいてそわそわし始めた筆者に気づいたピーナ氏が夫をたしなめる。そして筆者のほうを向き、「夫はメリディオナーレ(南部の人)気質で、話好きなのよ」と苦笑する。
イタリア自動車界の名士にまつわる立身出世伝といえば、枚挙にいとまがない。だが同様に、自動車の未来を信じつつも、陰で支えたグラツィアーノ氏のような人もいる。そうした人に会える機会が隠れているから、たとえ悲しさが漂っていてもトリノを再び訪れてしまうのである。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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