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第901回:「アルファ・ロメオのトラック」も! 商用車メーカー イヴェコの50年史

2025.03.13 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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知らないのは日本だけかもしれない

筆者がシエナでイタリア料理教室の広報兼通訳をしていた1990年代末のことだ。ワイナリーツアー用のマイクロバスに人気があった。運転手の愛想のよさもあったが、それ以上の理由は「メルセデス・ベンツだったから」である。

正確にはメルセデス製商用車のシャシー上にイタリアのカロッツェリアが独自の車体をかぶせた、いわば非オリジナル仕様であった。それでも日本から来た生徒さんから「すごい! 今日は“ベンツ”のバスだ」と感激された。スリーポインテッド・スターの威力恐るべし、と思ったものだ。

いっぽう欧州における知名度は抜群に高くても、いまだ日本で一般にほとんど知られていない商用車ブランドがある。イヴェコ(IVECO)だ。

イタリアではスクールバスもイヴェコが多いし、道幅が狭い旧市街を走る小型バスもイヴェコ製トラックシャシーにキャビンを架装したものが少なくない。いわゆるキャブコン式のキャンピングカーにもイヴェコ製がよく使われている。また、イヴェコ製軍用車両は、北大西洋条約機構(NATO)加盟各国軍や国連に納入されている。イタリアの広場で自動小銃をもった兵士の背後には、大抵イヴェコ製軍用車「VM90」がたたずんでいる。

そのイヴェコが2025年で創立50周年を迎えた。今回はその話題を。

1978年から1980年の、代表的なイヴェコ製商用車のラインナップ。
1978年から1980年の、代表的なイヴェコ製商用車のラインナップ。拡大
イヴェコとなる前のOMの手になるトラック。2003年シエナで筆者撮影。
イヴェコとなる前のOMの手になるトラック。2003年シエナで筆者撮影。拡大
イヴェコ製トラック「デイリー」をベースにしたスクオラブス(スクールバス)。2015年シエナで筆者撮影。
イヴェコ製トラック「デイリー」をベースにしたスクオラブス(スクールバス)。2015年シエナで筆者撮影。拡大
民間に払い下げられ、観光用に使われているイヴェコ製軍用車「VM90」。2019年エルバ島で筆者撮影。
民間に払い下げられ、観光用に使われているイヴェコ製軍用車「VM90」。2019年エルバ島で筆者撮影。拡大

フィアットが主導した再編

イヴェコは1975年、当時欧州にあった5つのブランドの合併によって設立された。具体的には、イタリアのフィアット傘下にあったフィアット商用車、ランチア特装車、OM、そしてフランスのユニック、ドイツのマギルス・ドイツである。

社名のIVECOはIndustrial Vehicles Corporationの略で、統合は事実上フィアットの主導で行われた。なお前史として、フィアットグループ内ではトラック「デイリー」のバッジエンジニアリングがイヴェコ発足前からOMとの間で行われていた。そればかりか、当時はまだグループ傘下ではなかったアルファ・ロメオにもOEM版を供給。スクデット(盾)を付けたデイリーが存在した。

そのころの欧州における中・大型商用車市場について説明しておくと、ダイムラー・ベンツや、スカニア、ボルボ・トラックス、そして2012年にフォルクスワーゲングループに入るMANといったメーカーが勢力拡大を狙っていた。

ルノーもイヴェコ誕生より3年後の1978年、ベルリエ、サヴィエムといった国内メーカーを傘下に収め、ルノー・トラックスを設立。体制を整えていた。

イヴェコは5社の統合後も、さらに業界再編の旗振り役となった。1986年、欧州フォード・トラックスとの合弁を立ち上げるにあたり、その株式の過半数を取得。また同年にはイタリアの大型トラック製造企業アストラを買収した。

1990年にはスペインの歴史ある商用車メーカー、ペガソを吸収。さらに1999年にはライバルのルノー・トラックスとともに、バス製造専門会社イリスブスを設立している。

やがて大きな転機は、辣腕(らつわん)社長として名高かったセルジオ・マルキオンネ氏によって2011年にもたらされた。彼はフィアットを乗用車製造に特化すべく、それまでグループの中・大型商用車部門と位置づけていたイヴェコを分離(スピンオフ)。建機部門のCNHとともに、新たな持ち株会社フィアット・インダストリアルの傘下に入れるかたちで整えたのだ。

2年後の2013年にはCNHインダストリアルに社名を変更すると同時に、本社を税制上優位性があるオランダに移した。そして2022年、今度はふたたびイヴェコを独立させ、現在に至っている。

プレスリリースによると、今日同社は、欧州、中国を含むアジア、アフリカ、オセアニア、南米に26カ所の生産拠点と29カ所の研究開発センターをもつ。そして150の国と地域に約3500の販売およびサービス拠点を擁する。

ユニック・デイリー(1978年)
ユニック・デイリー(1978年)拡大
「ユニック・デイリー」のアルファ・ロメオ版である「AR8」。2003年、トスカーナ州の町で筆者撮影。
「ユニック・デイリー」のアルファ・ロメオ版である「AR8」。2003年、トスカーナ州の町で筆者撮影。拡大
イヴェコ・ターボスター(1984年)
イヴェコ・ターボスター(1984年)拡大
イリスブス製の郊外路線用バス。2019年エルバ島で筆者撮影。
イリスブス製の郊外路線用バス。2019年エルバ島で筆者撮影。拡大

ジョヴァンニ・アニェッリの予言

かつて英国に存在した自動車メーカー、ブリティッシュ・レイランドは、相次ぐ合併と合理化によって傘下ブランドの性格、すなわちキャラクターが希薄になった。そのため顧客から見放され、失敗してしまった。イメージが売れゆきに色濃く反映される乗用車ならではであり、イヴェコのような商用車ではそうしたイメージ的ハードルは低かったのだろう。

しかし筆者が考えるに、イヴェコ成功の背景の第一は、小・中規模のメーカーでは生き残れないという危機感が共有されていたことがある。第二はイヴェコ設立当時、フィアットが今日とは比較にならないくらい欧州市場における主要プレーヤーだったことだ。そのため、同社の主導に異議を唱える参加企業がいなかった。参考までに現在も、イヴェコはフィアット創業家の持ち株会社、ジョヴァンニ・アニェッリB.V.が約42%(議決権ベース)の株式を保有している。

フィアットの総帥ジャンニ・アニェッリ(1921-2003年)は生前、「自動車メーカーは、世界に数社しか必要ない」という見解を示したことがあった。1990年代初頭、その発言を知った筆者の反応は「そんなこと、起こるはずないだろう」だった。ところが今、世界の自動車業界の勢力図は、アニェッリの“予言”した方向に加速している。イヴェコは、乗用車に先駆けてそうした時代を提示した、壮大なプロローグだったのである。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、IVECO/編集=堀田剛資)

2012年のダカールラリーにて、砂漠を走るイヴェコの競技車両。
2012年のダカールラリーにて、砂漠を走るイヴェコの競技車両。拡大
2007年の「マッシフ」は、提携先であったスペインのサンタナ製で、かつて同社がライセンス生産していた古いランドローバーのシャシーに、ジウジアーロによるボディーを組み合わせたものだった。2011年の労働争議により、やむなくカタログから落とされた。
2007年の「マッシフ」は、提携先であったスペインのサンタナ製で、かつて同社がライセンス生産していた古いランドローバーのシャシーに、ジウジアーロによるボディーを組み合わせたものだった。2011年の労働争議により、やむなくカタログから落とされた。拡大
2024年モデルイヤーの全ラインナップ。
2024年モデルイヤーの全ラインナップ。拡大
現行モデルの大型トラック「Sウェイ」。レッドドット・デザインアワードを受賞している。
現行モデルの大型トラック「Sウェイ」。レッドドット・デザインアワードを受賞している。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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