第113回:フォルクスワーゲンが生物多様性保全に取り組む理由
2010.08.09 エディターから一言第113回:フォルクスワーゲンの生物多様性を守る取り組みについて
2010年7月29日、東京・渋谷区の津田ホールで開催された国際フォーラム「生物の多様性と経済の自立 健全な自治体への挑戦」で、独フォルクスワーゲンAGの環境担当統括責任者が講演を行った。
COP10に先駆けて
「生物多様性」という言葉の意味をご存じだろうか? もっとも単純化するならば、「地球上に多様な生物が存在する」、つまり「地球にはたくさんの生き物がいる」ということである。
この「生物多様性」は、人間の生活に欠かせないものである。なぜなら生存に不可欠な酸素は植物などによって作られ、衣食住の多くは生物からの恵みによって支えられているからだ。3000万種ともいわれる生物の、豊かでバランスのとれた健全な生態系があってこそ、健全な社会や経済が成り立ち、人間の生活も存続可能となるのである。
そんな原則、いまさら言われなくたって……と思っている方もいることだろう。では今年2010年が国連が定めた「国際生物多様性年」であることをご存じだろうか? それゆえに生物多様性の重要性の認知を高め、その保護を推進し、損失を減少させるための活動が世界各国で実施されており、日本では10月に名古屋で「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」の開催が予定されている。
この「生物多様性条約」とは、ワシントン条約など特定の地域や種の保全だけでは生物多様性の保全を図ることができないとの認識から、新たな包括的な枠組みとして1993年に発効したもので、2009年12月末現在、193の国と地域がこの条約を締結している。
なぜフォルクスワーゲンが?
国際フォーラム「生物の多様性と経済の自立 健全な自治体への挑戦」は、「COP10」のプレイベントのひとつとして開催されたものである。中心となるプログラムは地方自治体および日本企業による生物多様性への取り組みの発表だが、海外からのゲストスピーカーとしてフォルクスワーゲン グループの環境担当統括責任者であるギュンター・ダンメ氏が招かれ、「フォルクスワーゲンの生物の多様性を守る取り組みと社会的責任」というテーマで講演を行った。
登壇したダンメ氏はまず、自動車メーカーとしてのフォルクスワーゲン グループの概要を紹介。続いてフォルクスワーゲンが長年にわたって環境保全を経営指針に取り入れてきたこと、そして2008年にドイツ政府が民間企業に生物多様性への関与を求めたことから発足した「ビジネスと生物多様性イニシアティブ」のリーダーシップ宣言にいち早く署名し、生物多様性の保全を約束したことを明らかにした。ちなみに現時点では数社の日本企業を含む42社が、このリーダーシップ宣言に調印しているという。
次にダンメ氏は、「フォルクスワーゲンが生物多様性保全に取り組む理由」を述べた。
それによると、主な理由は3つ。1つ目は「フォルクスワーゲンはグローバルにビジネスを展開している企業ゆえに、経済・社会・生態系に対する責任が生まれる」、2つ目は「健全な自然環境は、人間が健やかに生活するための大前提である。そして長期的に見れば、健全な環境に置かれている人間でないと、クルマを買うことはできない」、そして3つ目は「クルマを走らせるためには道路が必要だが、道路の建設によって自然環境が破壊され、野生生物の生存空間が分断されてしまうことがある。そうした道路交通の危険から野生生物を守る対策に貢献したい」ということだった。
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メキシコの「イスタ・ポポ」プロジェクト
続いては世界60カ国以上にある生産拠点の近辺で、従業員、地元住民および教育機関と密接に連携して実施している生物多様性保全プロジェクトの具体例をいくつか紹介した。
最初の例は、メキシコ中部のプエブラ州にあるプエブラ工場周辺における渇水対策。年に数週間しか雨期のないこの地域では地下水を水源としているが、森林や草原の減少に伴い地下水の供給不足が深刻化していた。その対策としてフォルクスワーゲンは300ヘクタールの高地に30万本のメキシコ松を植林し、同時に地域の学校などでワークショップを開催した。「イスタ・ポポ」プロジェクトと呼ばれるこの活動により、環境省の自然保全賞を受賞したという。
ドイツでもっとも大きい肉食獣である野生オオカミを保護する「ウェルカム・ウルフ」や、絶滅の危機にひんしているヨーロッパヤマネコの移動ルートを確保する「ヤマネコの移動ルート」といった野生動物保護プロジェクトへのサポートの報告を挟んで、最後に紹介されたのは、フォルクスワーゲン本社工場のあるウォルフスブルク周辺における生物多様性保全プロジェクトである。
本社ウォルフスブルクでの自然保護活動
ドイツでは、企業が新たな工場の建設や規模拡張などで自然を侵害する場合、必ず公的承認に基づいた代償措置を実施することが、法により義務づけられているという。ウォルフスブルクの本社工場では、数年前に技術研究施設を拡張する必要が生じたが、実施するためには周辺地域の木を伐採しなければならなかった。その代償措置となったのが、付近を流れるアッラー川の「はんらん原の再自然化」である。
ウォルフスブルク市との共同で実施されたこのプロジェクトの概要は、50〜60年前に人工的に直線化された河川の流れを元の蛇行した状態に戻し、はんらん原は湿地帯や沼、草地などを含む本来の自然な状態に回帰させ、野生種の牛や馬を放牧するというもの。ひとことでいえば、河川の景観を元の姿に戻すということである。このプロジェクトの遂行について、当初はダンメ氏も「こんなことをしていいのだろうか?」という疑問がぬぐえなかったという。というのは、工事中は河川に大型重機が入ってきて、大きな音をたてて地面を掘ったり埋めたりする姿を見たからだ。だが、開始から約1年半を経て元の状態に戻した水辺には、論より証拠、自然が帰ってきた。生息場所が失われ姿を消していたビーバーやカワウソ、水鳥が戻ってきたのである。これを見て、ダンメ氏は自然の回復力の強さを知ったという。
具体例の紹介を終えたダンメ氏は、「これまでの話で、フォルクスワーゲンがいかに生物多様性の保全に力を入れて取り組んでいるかがおわかりいただけたと思う。どこか日本の企業が、われわれに触発されて『ウチでもやろう』と考えるようなことがあればうれしい」と語った。そして「企業だけでなく、政府、地方自治体、自然保護団体などといっしょに活動すれば、より成果が上がる」と共同作業の重要性を訴え、さらに「計画には20年、30年、さらに先まで見据えた長期的な展望が必要」と付け加えて講演を締めくくり、大きな拍手を浴びた。
フォルクスワーゲンの自然保護への取り組み 動画編
ダンメ氏に続いて、このフォーラムを主催した(財)日本生態系協会会長の池谷奉文氏が基調講演を行ったが、その冒頭で「ダンメさんの話は、とても企業人と思えない。環境保護団体の方のようだ」から始まって、彼に対する賛辞が贈られた。いわく「1年前に初めてお会いしたときに、『健全な生態系があって、初めて健全な社会が成り立つ。企業も社会の一員として生物多様性の保全に責任を持つのは当然の義務である』という言葉を聞いて感銘を受けた。そして個々の活動事例を聞いて、その理想的な展開にあらためて共鳴し、ぜひ日本で話してほしいとお願いした」とのことである。
フォルクスワーゲンの生物多様性の保全について、冷静に、しかし誇りと自信をもって語るダンメ氏の姿は、たしかに企業人というより大学教授とでも呼んだほうがふさわしい雰囲気で、講演の内容ともども印象に残った。
(文と写真=沼田亨)
■メキシコの森林を取り戻せ「イスタ・ポポ プロジェクト」
(映像提供=フォルクスワーゲン・グループ・ジャパン)

沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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