第112回:まず、ドライブの行き先を作ろう……ようやく鉄道に追いついた!
2010.06.28 エディターから一言第112回:まず、ドライブの行き先を作ろう……ようやく鉄道に追いついた!
「プリウス プラグインハイブリッドの試乗会」
……って、なんで今ごろ? そう思うのは、至極真っ当な感覚だ。特に新しい展開があるわけでもないのに、力の入ったイベントが行われたのは、深い理由があってのことだ。それは、GAZOOと村とエコにまつわる物語なのである……?
自動車メディア向きではないイベント(!?)
蕎麦(そば)粉8に対して小麦粉2の割合で配合された粉に水を注ぎ、両手で混ぜあわせていく。粉のひとつぶひとつぶに水がまんべんなく行き渡るように、指を使って合わせていくのだ。最初サラサラだった粉が徐々に粘り気を帯びてゆき、最後にはしっとりとした艶(つや)のある饅頭(まんじゅう)型の玉ができる。今度はそれを麺棒で延ばしていくのだ……。
おいおい、自動車サイトなのになんで蕎麦打ちの話なのだ。実は、トヨタが開催した「プリウス プラグインハイブリッド(PHV)」の試乗会に行ったのだが、これがなぜか蕎麦打ちとセットになっていたのである。当サイトとしては、どちらかというと蕎麦よりはプリウスを取り上げるべきだろう。よろしい。本格的プラグインハイブリッドカーであるプリウスPHVのインプレッションを記すことにしよう。
スタートボタンを押すとエコドライブモニターには満充電を示すアイコンが光り、20kmほどのEV走行が可能であることを教えている。操作方法は、フツーの「プリウス」と同様だ。ステアリングコラムのセレクターを「D」に入れ、するすると無音で走りだす。バッテリーを追加したせいで140キロほど重いはずだが、通常の走行で気になるほどではない。プリウスといえば乗り心地には少々難有りというのが定評だが、それを重量増が押し隠してくれるという側面もある……。
いやいや、今年1月に行われた試乗会の報告で、こんな記事はいくらも出ていたから今さら書くことではないな。さて、何を書くべきか。自動車メディアにとっては、まったく“無茶振り”ではないか、このイベントは!
観光ポイントを回ってエコドライブ
気を取り直して、「どういう試乗会だったのか」から書いていこう。まず、行われたのは茨城県の里見というところ。常陸太田市にある、小さな山あいの集落である。東京からは常磐道を使って2時間半ほどの距離だ。失礼ながら、観光地としてこの地名は認識していなかった。高速を降りて試乗会場に近づいても、観光地らしい華やかさは感じられなかった。
里見ふれあい館なる施設が会場である。駐車場には「ECO-DRIVE CHALLENGE」と記したステッカーが貼られ、スタンバイしている。そして、施設の中に入ると、蕎麦打ちの用意が整っていたのだ。この日のプログラムは、エコドライブと蕎麦打ちを行い、二つの点数を合計して競い合う、というものだった。参加するのは自動車関連の9媒体。全体の真ん中あたり、というぬるーい結果の多い当サイトとしては、たまには目の覚めるような成績を残したいところである。
まずは、オリエンテーリングマップを手にしてエコドライブに出発する。5つのチェックポイントを回り、燃費・電費を競うのだ。途中で滝、古民家、養鶏場などに寄ることになっていて、里見の観光ポイントを押さえることができるコース設定だ。
長い下り坂でEVの楽しみを味わう
ゆっくりそろそろと発進し、制限速度を厳密に守って走行する。それでも、モニターに示されるEV走行可能距離が順調に減っていくのはいかんともしがたい。ちょっとした登りでもその減り方が加速するのを、切ない思いで見つめる。通常の交通の流れはもっと速いので、ともすると背後に行列を従えることになってしまう。
コースの中ほどで立ち寄った古民家でつい長話をしてしまい、気がつくと残り時間が少ない。オーバータイムは減点の対象だ。なんとか間に合わせようとアクセルペダルに力を込めると、みるみるうちにEV走行可能距離が減っていく。
ついにモニターが0.1を表示し、エンジンがかかることを覚悟したときに、思いがけず長い下り坂に差し掛かった。僥倖(ぎょうこう)である。軽くブレーキを踏みつつ電力回生に努め、数値は0.5まで回復。EVの醍醐味(だいごみ)、ここにあり。なんとか一度もエンジンの助けを得ないで、ゴールにたどり着いた。
充電は風力のエコな電気で
蕎麦打ちが競技の項目に入っているのは、言ってみれば、雰囲気だ。じゅうじゅうとステーキを焼く、ってのは、どうにもエコとは相性が悪い。その点、蕎麦ってのはなんとなく自然派、という感じがする。先生に要所要所を手伝ってもらい、かろうじて形になった。食べてみると、滋味あふれるやさしい味がした……と言いたいところだが、素人がいきなりうまい蕎麦を打てるはずもなく、富◯そばよりはマシという程度。
蕎麦打ちを終えて向かった先は、山の上にある「プラトーさとみ」という施設。ここには風車が立ち並んでいて、風力発電を行っている。上り坂ですっからかんになったバッテリーを、このエコ電力で満たそうという趣向である。
充電している間に、結果発表。成績は、惜しくも入賞を逃して4位。やはり、古民家で話し込んで遅れたのが響いたか。と思ったら、その減点がなくても順位は変わらない点差だった。まあ、こんなもんか。
マチとムラをつなぐものとは?
さあ、そろそろ種明かしをしましょう。なぜ、自動車とは関係のない蕎麦打ちとか、古民家訪問などのアトラクションが加えられたのか。なぜ、観光地としてはいまいちマイナーな里見が試乗会場に選ばれたのか。
その答えは――ここが「Gazoo mura(ガズームラ)」だから。
余計にわからないか。
ガズームラというのは、トヨタの総合自動車サイトである『GAZOO』が立ち上げたプロジェクトで、「マチとムラをネットとクルマでつなぐ」という趣旨のもの。全国の各所をガズームラに認定し、ドライブや観光の目的地として推奨し、情報を発信するというわけだ。すでに45のガズームラが認定されているとか。
ただドライブして風景を眺めるだけでなく、自然に親しんだり、農業の手伝いをしたりという体験を盛り込んだ娯楽を提供しようというのである。蕎麦打ち体験というのは、その代表格なのだ。静かな里や山を走るには、ハイブリッドカーやEVという低騒音のクルマがふさわしい、という意味付けもある。
クルマで行くから魅力的な場所
ついに行き先まで決めてやらなければ、ドライブもできない時代になったってことか。
そう嘆く向きもあるやもしれない。しかし、むしろ遅きに失したとも言えるのだ。なぜなら、鉄道はとうの昔にそれをやってきたのだから。観光地の開発と鉄道の敷設をセットにするのは、ごくありふれた戦略である。伊豆・箱根で鉄道グループの勢力争いが繰り広げられたのは、そう遠い昔の話ではない。
だから必然的に、ガズームラにはメジャーな観光地は選定されないことになる。電車の便が悪く、大資本が華々しいリゾート開発を行ったりしていない場所。そんな隠れたスポットが、クルマでの移動を前提にすることで、魅力的な目的地に生まれ変わることになるのだ。
ただし、至れり尽くせりの大観光地に慣れ切っていると、適応するのが大変かもしれない。蕎麦打ちだって何度もすれば飽きるだろうし、基本的にお仕着せのアミューズメントは期待できないはずだ。何にもしない、という強い覚悟を持って行くべきなのだ、ガズームラには! そんなに気張って言うほどのことではないが、エコ感覚をフツーに身につけた新しい世代には、けっこうナチュラルに受け入れられそうな気もする。
(文=鈴木真人/写真=峰昌宏)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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