第118回:結論! 「i-REAL」は、やはりトヨタの乗り物だった
2009.11.21 マッキナ あらモーダ!第118回:結論! 「i-REAL」は、やはりトヨタの乗り物だった
「i-REAL」の試乗会
今月はじめ、六本木の東京ミッドタウンで開催されていたイベント「DESIGN TOUCH 2009」にふらりと訪れたときのことである。「i-REAL体験試乗会」という告知を発見した。
多くの方がご存知のとおり、「i-REAL」とはトヨタが開発した電動パーソナルモビリティである。前2輪、後1輪の3輪車だ。見ると、すでにデモンストレーターのお姉さんが広場をスイスイと回っている。
興味本位でバシバシ写真を撮るボクである。怪しまれるといけないので、いちおう身分を明かすと、トヨタ自動車の人が解説してくれることになった。
i-REALは、「PM」「i-unit」「i-swing」に続くトヨタのパーソナルモビリティとして、2007年東京モーターショーで公開された。2009年夏からは中部国際空港セントレアで実証実験が始まっている。
現地仕様には2タイプあって、警備用は「i-REAL Kei(ケイ)」という名前がついている。懐かしのピンクレディにあやかって、「もう1台は、ミーですか?」などというジョークを思いついたが、真剣なトヨタマンにはウケなそうなので、やめておいた。本当は、案内用にちなんで「Ann(アン)」と名づけられているという。
名刺を頂戴したら、説明してくださったのは、なんとi-REALの開発リーダーで、商品統括部主幹の森田真氏であった。研究室などにこもっているのではなく、多くの人に乗ってもらい意見を聞くその姿勢は、「現地現物」といわれる現場主義のトヨタらしい。ああ、開発リーダーたる御方に、くだらん冗談など言わなくてよかった。
実は摩訶不思議な感覚
そしてボクもi-REALに乗せてもらえることになった。まずは「駐車モード」で乗り込む。ボディが自動的に前のめりになるのは、乗員が乗り込みやすいようにとの気配りだ。Dレンジのボタンを押し、恐る恐る両手の左右連動しているコントローラー前に倒すと、i-REALは静かに動きだした。
「歩行者モード」は、歩行者と目線の高さを合わせ、時速約6kmで走行。歩く森田氏を追うようにして、しばらく動かしてみる。コントローラーを横に倒すと、その角度に応じてターンし、手前に引くと減速する。
実は子供の頃から、グリップ式やダイアル式などの前衛的な形をしたステアリングを持ったショーカーに憬れながらも、それが実現されないことに痛痒を感じていた。大人になってからは、自分のクルマに乗るたび、数十年来基本的に形状が変わらぬステアリングホイールというものに「なんとかならんのか」と思っていた。そのようなボクである。このi-REALのコントローラーが自分の意志をホイールに忠実に伝えるのを体験して、「ついに、待っていた時代がきたか」と涙ぐんでしまった。
森田氏によると、歩いている人と同じように止まれるように、制動距離は1mに設定してあるという。「歩いている人も『止まれ!』と声をかけられてから、実は1m近く動いているのです」と森田氏。i-REALから逆に人間の動きを学ぶ自分が、なにか面白く感じられた。
何周かしたところで、森田氏が「今度は『走行モード』にしてみましょう」と言う。左側に付いた走行モードボタンを押すと、ホイールベースが長くなり、低重心の走行モードになった。スペック上は30km/hが可能だが、スペースが限られた会場ゆえ約12km/hで走行する。
i-REALは内側にリーンしながら回る。実際のところは、高い重心のi-REALが遠心力に対抗するための手段なのだが、摩訶不思議な感覚でもある。理由を考えたら、わかった。自分で操縦でき、かつ自転車やスクーターのように、自分でバランスをとる必要がない。そうした地上を走るモビリティに、今まで自分が出会ったことがないからだ。
トヨグライドの心意気?
このi-REAL、もし公道で走るとすると、現行法規上では「原付四輪」のカテゴリーに入る。
ところで、パーソナルモビリティといえば、有名なのが「セグウェイ」だが、i-REALとの違いを森田氏に聞くと
「セグウェイは、人にバランスをとって操縦することを要求します。対して、i-REALはクルマがバランスをとってくれる、より易しいモビリティです」と定義する。「i-REALは、足を組んでいても乗れるのです」
それで思い出したのは、「トヨグライド」と名づけられたオートマチックトランスミッションを説明した、1960年代のクラウンの広告である。
「ギアチェンジから解放。クラッチペダルから解放」とコピーが謳う。そしてモデルのアメリカ人は「私の国ではオートマチックが常識」と語り、片手を大きく広げていた。
i-REALの基本操作を覚えるのにボクが要した時間は、10分足らず。もちろん、高速で走れる普通の自動車とはまったく異なるジャンルのものであることは承知している。しかしながら、クルマを運転できるようになるまでの、あの教習所での苦労は何なのだ! と思ってしまうのは、ボクだけだろうか。
戦後トヨタが目指してきたイージードライブの思想は、このi-REALにまで脈々と受け継がれているのだ、とボクは思った。イージードライブは、ときに愛好家からエンスージアスティックさに欠けるといわれてきた。だが、楽に運転することへの追求があったからこそ、ここまでクルマがみんなのモノになったのだ。
何より幼い頃、交通の図鑑で「コーヒーを傾けながら自動運転のクルマで通勤する未来予想図」を眺めながら育ったボクである。とりあえず未来はここまで近づいたかと思うと、またまた感涙にむせんでしまった。
……と、今週の原稿を締めくくる筆者であるが、実をいうと、先に試乗している人を見ている間も、「本当にうまく運転できるか?」と不安に駆られ、会場の柱の陰で指を指圧師のごとく動かしながら、イメージトレーニングを繰り返していた。そのうえ、現段階では「言えないくらい高価」などと森田氏がおっしゃるものだから、さらにビビった。偶然にも、その日の夕方から名古屋で仕事が入っていたボクは、i-REALの運転操作を誤って壊してしまい、「マークX」の生産ラインでしばらく働いて“お返し”する自分の姿まで脳裏をよぎった。そんな小心者のボクをあざ笑うことなく、素直に動いてくれたi-REALに、頭が上がらない。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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