レクサスLS600hL“エグゼクティブパッケージ(4人乗り)”/LS460“Fスポーツ”【試乗記】
鍛え抜かれた「体幹」 2012.11.18 試乗記 レクサスLS600hL“エグゼクティブパッケージ(4人乗り)”(4WD/CVT)/LS460“Fスポーツ”(FR/8AT)……1589万9000円/1169万5250円
“ビッグマイナーチェンジ”を受けた「レクサスLS」。視線はこわもてになった顔つきにいきがちだが、このクルマを読み解く鍵はその「体幹」、つまりボディー骨格の強化にある。
スポーティーというより上質と言いたい
やはり、失敗だったのではないか? 試乗会の席でエンジニア諸氏のいかにも誠実で熱意にあふれた説明を聞いているうちにむくむくとそんな気持ちが湧いてきた。
これまでが控えめすぎたと、あらためて明確に自己主張したい気持ちは理解できないこともないし、ブランドアイデンティティーの統一を図るために、すべてのモデルに共通の顔を与えるのはむしろ当然の手法である。私自身の好みではないが、この際私の趣味など関係ない。問題は、「スピンドルグリル」の導入で突然押し出しが強くなったデザイン面に目が向きすぎて、「レクサスLS」の主要構成部品のおよそ半分、都合3000点にも上る部品変更を伴う真摯(しんし)な改良の数々が見過ごされてしまうのではないか、ということである。最近存在感が薄いからグリルを変えただけでしょ、なんて軽く見られたのではまったく悔しい限りではないか。
新たに設定されたスポーティーグレード「Fスポーツ」は、メッシュタイプで立体感をさらに強調した専用グリルや専用LEDフォグランプ、専用アルミペダルにエンブレム等々で装われ、より一層のこわもて仕立てだが、いささかやんちゃな雰囲気のその外観とは裏腹に、走りだすと少しもスパルタンな素ぶりは見せず、実に気持ちがいい。
ボディーの動きがピリッと締まっており、従来型の弱点だったフロアのブルブル感もほとんど感じ取れない。ステアリング操作に対する反応も正確で、予想した通りに向きを変えてくれる。要するに、レクサスらしい上質さと洗練度は、ダイナミックなクオリティーも含めて明らかに向上しているのだ。そう考えると、Fスポーツというグレードを別建てしてことさらにスポーツ性を強調する必要はないのかもしれない。これをスタンダードモデルとして設定しても何の不都合もないのではないだろうか。
新型の要は強靭なボディー
新しいLSの「460“ Fスポーツ”」と「600hL」に試乗して感じたのは、今回のビッグマイナーチェンジの要点はボディー骨格の強化にあるということだ。フロントカウルの溶接スポット増しをはじめとして、フロアトンネルの左右を結ぶブレースの大型化、エンジンサポートメンバーの締結点増加、前後サスペンションメンバーブレースの補強、さらにドア開口部周りに採用した「レーザースクリューウェルディング」や、ボディー後部とルーフヘッダー部には溶接に加えて接着剤を使用、果てはシートの取り付けブラケットの大型化まで、実に微に入り細にわたってボディー剛性向上に努めたという。
ちなみにレーザースクリューウェルディングとは従来の線溶接ではなく、ナルトのような渦巻状に点溶接するもので、これまでより大きな面積でパネルを結合できる手法である。結果、ステアリング支持剛性は約20%アップ、トンネルブレース変形量は60%低減という具合に大幅な剛性向上につながったという。
いっぽうでノーマル系もFスポーツも前後マルチリンク・エアサスペンションの基本構成は事実上変わらず、可変ダンパーやエアスプリング、可変レシオの電動パワーステアリング、ブッシュなどのチューニングを見直したというのが実情。つまりハードではなくソフトウエアの変更だが、それが可能になったのも、強固なボディーを手に入れたたまものである。
ただし、正攻法のマイナーチェンジでダイナミックな性能が向上したとはいえ、正直なところこれでライバルを凌駕(りょうが)したとは言えない。新生レクサスのフラッグシップとして、通算すれば4代目のLSとして(当時は4代目とは言わなかったが)デビューしてからの6年間に時代は大きく変わり、ハイブリッドさえレクサスの専売特許ではなくなってしまったのだ。
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大切なのはスピード感
その意味で残念なのは600h用ハイブリッドユニットにも460用エンジンにも今回は手が加えられなかったこと。4.6リッターV8はオイルパン形状の変更による抵抗軽減などでわずかに(5kW≒7ps)パワーアップ、600hも減速時エネルギー回生効率向上によって11.0km/リッターから11.6km/リッターにJC08モード燃費を向上させてはいるが、今やライバルに対する決め手にはなりえない。いかに大規模とはいえ、マイナーチェンジだから仕方がないのかもしれないが、レクサスの、トヨタグループの代表としてドイツ勢と真っ向勝負するには進歩のスピード感が大切だ。
先進安全装備の面でも世界のライバルたちに比べて後手に回ってしまった感があることは否めない。もちろん日本ではさまざまな規制に縛られて、既に実用化していたミリ波レーダーやステレオカメラなどの最新技術を最大限に活用できなかったという事情はあるが、自動ブレーキを含むプリクラッシュセーフティーシステムやブラインドスポットモニターなどの装備がこのタイミングになってしまったことはちょっと残念だ。
圧倒的に静粛によどみなく強大なパワーを生み出す600hLの異次元感覚にはさらに磨きがかかったようだ。2.4トン近い車重にもかかわらず、山道でも安心してステアリングホイールを切り込めるようになったのは明らかな進歩だが、460“Fスポーツ”に比べるとステアリング操作に対する反応が若干リニアさに欠ける点と、微妙な上下動の残る乗り心地が気になった。
リアシートに座る本当のVIPの好みは分からないが、高級車に求められる乗り心地とはまず揺れないこと、揺れが残らないことだと私は思う。気になるのは、大きな揺れよりもむしろごく小さな、細かな振動である。腰から下はどんな激しい動きをしていても、頭の高さは微動だにしない能狂言の名人のような身のこなし。それを昔の自動車雑誌はフラットで好ましいと評したものだが、今ではとにかく硬いことと勘違いされがちだから難しい。レクサスLSにふさわしい折り目正しき快適さと安定感という点で、Fスポーツを推します。
(文=高平高輝/写真=高橋信宏)
