MINIジョンクーパーワークス(FF/6MT)【試乗記】
赤と黒 2008.10.31 試乗記 MINIジョンクーパーワークス(FF/6MT)……497万9100円
「MINIジョンクーパーワークス」は、ちょっと古典的な匂いを放つミニの最高性能版。けれどももしかしたら、最も現代的な高性能車なのかもしれない。
音とルックスは“ルーレット族”
ボーッとしてたら夜中になってしまったけれど、そうだ今日は「MINIジョンクーパーワークス」(以下JCW)をお借りしているんだと思い出して駐車場に向かう。赤と黒のツートーンに塗られたJCWに乗り込む。
クラッチペダルは、じんわりと踏み応えがあるタイプ。その重みを足裏に感じながら、6段MTを1速にエンゲージ。重いは重いけれどいっさいの引っかかりがなくスムーズに作動するクラッチを繋いで、ご近所に気をつかいながらそろそろと走り出す。アイドリングでもチョロQっぽいルックスからは想像できないウーハーな排気音を響かせるから、深夜の住宅街は遠慮がちに。
大通りに出たところでアクセルペダルを踏む。開け放った窓から聞こえるこの音、どこかで聞いたことがある!! すこーんと抜けた感じのエグゾーストノートは、筑波サーキットとか富士スピードウェイのパドックで聞くのと同じタイプの音だ。野太く、音量こそ大きいけれど音質に濁りがない。
それもそのはず、JCWが積む1.6リッター直4+ターボユニットは、ヨーロッパのワンメイクレース「MINI CHALLENGE」用のマシンと同一。クーパーSに積まれるものをベースに、ピストンやシリンダーヘッドからマフラーに至るまで、あらゆる部分に手を加えているという。
211psというパワーもすごいけれど、精密な部品が正しく動いているという回転フィールから、手間暇かけて作ったエンジンだということはひしひしと伝わってくる。お手軽にパワーアップを図ったのではないという証拠に、クーパーSの175psから大幅にパワーアップしているのにもかかわらず、10・15モード燃費はほとんど変わっていない。
深夜の首都高速入り口にには「ルーレット族取り締まり中」という電光表示がされている。マフラーからのやんちゃな快音、そして派手なリアスポイラー……、自分が“ルーレット族”に間違われないか、ちょっと不安になる。
耳と掌で“古典”を味わう
ETCゲートが近づいてきたところで、ヒール&トゥでシフトダウン。ペダルの配置はさすがサーキット生まれ、バッチリだ。シフトダウン時の「バフン、バフン」というブリッピングの音が最高にカッコいい。フロントにブレンボのキャリパーを備えるJCW専用のブレーキシステムは、その利き自体も素晴らしいけれど、かっちりしたフィーリングがちょっとポルシェっぽい。
BMW傘下とはいえ、オックスフォード工場で作られる“英国車”だけあって、右ハンドル仕様でもきっちりフットレストが備えられていることも嬉しい。特にラテン系のクルマの右ハンドル仕様は、いまだに運転席で窮屈な思いをすることが多いのだ。
ETCゲートを抜けてシフトアップ。JCW専用のチューンを受けたという6MTはしっとりとしたシフトフィールで、掌にシフトノブの適度な重みを感じながら東西南北どの方向にもスムーズに操作できる。耳で音を楽しみながら、掌でマニュアルトランスミッションの操作を楽しむ。
古典的な楽しみ? いいのだ、ドライバーも古いタイプだから。
パワートレインに古典の魅力があるいっぽうで、シャシーには洗練された新しさがある。最新の高性能車の例に漏れず、意外としなやかで乗り心地がいいのだ。路面の段差を乗り越えても、イヤな感じのショックはない。これなら、ロングツーリングも苦にならないはずだ。205/45R17(銘柄はコンチネンタル・コンチスポーツコンタクト3)という太くて薄いタイヤも、見事に履きこなしている。
電子制御で挙動を安定させるDSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)は標準装備。腕に覚えのあるドライバーなら、スイッチ操作である程度のスライドなら許容するDTC(ダイナミック・トラクション・コントロール)のモードに切り替えて遊ぶこともできる。
スピードを出さなくても楽しめる理由
空いた深夜の首都高速、迫りくるコーナーを次々とクリア。いやいや、自分が“中年ルーレット族”になってしまった。でも、分別をわきまえて楽しむ大人だからお許しください。
思うままに向きを変えるハンドリング、アドレナリンだかドーパミンだかを発生させるエグゾーストノート、繊細なシフトフィール、そしてカチッと速度を殺すブレーキ。こういったものをひとつひとつ味わいながら走っていると、そんなにスピードを出さなくても充分に楽しい。
ちなみに100km/h巡航時、6速だとエンジン回転は2500rpm、ここからの加速はイマイチ緩慢だ。5速だと3000rpmで、ここからアクセルペダルを踏み込んでも少しかったるい。4速に落とすと3500rpm、ここからの加速だとスカッとする。回転計を睨みながらギアを選ぶといった手間が楽しい。
1速でレッドゾーンが始まる6500rpmまで回すと64km/h。1速でフルスロットルを与えると、トルクステアでステアリングホイールをとられておっとっとになる。いろんな意味で、ある程度の経験を積んだオヤジ向きのクルマだ。
普段のアシに使ってもいいし、旅行にいってもいいし、夜中にちょこっと走らせて気分転換をするのにもぴったり。これはいい、相当気に入った。と思って資料をあたって納得だ。さすがにこれだけ丁寧なチューニングが施されていると値段もそれなり。
紳士のためのチョロQ
車両価格は363万円(税込)で、試乗車はエアロパーツやカーボンのトリムが施されたインテリアなど137万4555円のディーラーオプションてんこ盛り仕様だったから、総計約500万円。ま、ルックス系のオプションはいらないとしてもカーナビぐらいは欲しいから、やっぱり乗りだし400万クラス。経験と分別と経済力を備えたオヤジ向けだ。
これを買えるのは真のクルマ好きでお金持ち、てなことを思いながら駐車場に停めた赤と黒のJCWをしみじみ眺める。あ、『赤と黒』だと思った。いや、スタンダールの『赤と黒』じゃなくて、岩崎良美が歌ったほう。たしか、許されない関係の男女が夜中にこっそり会う歌だった。
でも、よくよく考えればJCWにはこっそり乗る必要なんてないのだ。でかい音だけ気をつけたほうがいいけれど、燃費だっていいし、造りがいいからバカみたいに飛ばさなくても楽しめる。このご時世にぴったりの高性能車だ。
それに、古典的な味わいと高価なお値段を考えれば、JCWには身なりがよくてクルマのことがきちんとわかったエンスージアストが乗るはず。ジェントルマンのためのチョロQだ。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。