トヨタ・アクアS(FF/CVT)/アクアL(FF/CVT)【試乗記】
できた末っ子 2012.01.20 試乗記 トヨタ・アクアS(FF/CVT)/アクアL(FF/CVT)……239万8580円/205万3720円
リッター40km走れるという、コンパクトな新型ハイブリッドカー「トヨタ・アクア」。その乗り心地は? 走りっぷりは? ふたつのグレードで試した。
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「2012年に間に合いました」
「トヨタ・アクア」は、ちょっとぜいたくな5ドアハッチバックである。最廉価のグレード「L」が169万円、中間の「S」が179万円、豪華版「G」が185万円から。「ヴィッツ」の上級車種にあたり、(欧州向け)「カローラ」をベースとした(車格がひとつ上の)「オーリス」と、大きく重なる値付けである。
セダン、SUV、ミニバンと、モデルピラミッドの上方へ伸びていたハイブリッド化の枝が、今回、初めて下へ降りてきた。“21世紀に間にあった”初代「プリウス」が登場して10年余り、トヨタのモデルラインナップのなかで、ハイブリッド車のヒエラルヒーがひとまず完成したわけだ。
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「アクア」の成り立ちを一言で説明すると、ヴィッツのフロアパネルを延長し、先代プリウスのハイブリッドシステムを軽量・コンパクト化して押し込んだクルマといえる。大きく、重い車種をハイブリッド化して燃費向上を図るのは理解できるのだが、もともと燃費がいい小型車に、わざわざ複雑で重たいハイブリッドシステムを載せる必要があったのだろうか?
「プリウスの下(のクルマ)がない。そこにハイブリッド(モデル)のニーズがあったんです」とは、プレス試乗会で説明してくださったエンジニア氏。世間の環境への意識が予想以上に高まり、コンパクトなハイブリッド車を求める声が強くなったという。
売れる見込みがあるクルマを造るのは、自動車メーカーとして理の当然。とはいえ、世間の「どうせ買うならハイブリッド」の風潮に、安易に寄りかからなかったのが、トヨタのエラいところ。2007年ごろから開発を始めたアクアは、2011年12月26日、満を持して市場に投入された。
むしろ、ぜいたく
「165/70R14」という、他グレードよりひとまわり細く、小さいタイヤを履き、車重も30kg軽い1050kg(オプション含まず)のベーシックグレード「L」。カタログ燃費は、驚異的な40.0km/リッター(10・15モード値。JC08モードでは35.4km/リッター)。一方、「ヴィッツU 1.5L」は、20.0km/リッター(18.8km/リッター)である。素の値段を比較すると、価格差は9万円。ガソリン1リッター=150円。年間5000km走ると仮定すると、燃費のよさだけで元を取るには、単純計算で5年ほどかかることになる。
「純粋に経済的な合理性からアクアを買う人は少ない。販売店でも、そうした理由付けでアクアを推してはいない」とエンジニアの方はいう。日々アクアに乗っていて、「いい買い物をしたな」という満足感。ガソリンスタンドを訪れるたび、「入れる量が少ない」「行く頻度が減った」とうれしく思う、そうした体験を大事にしてほしい、と語る。アクアを購入するのは、「ハイブリッド車の先進性」に賛同し、「このクルマならではの経験」を期待するから、というわけだ。なるほど。「プレミアムコンパクト」と呼ぶのは少々口はばったいので、冒頭では“ちょっとぜいたくな”ハッチバックと呼ばせてもらった。
アクアの想定ユーザーとして、「20〜30代のヤングシングル・カップル」「子連れシニア」と、いかにもなマーケティング用語が挙げられる。それはともかく、プリウスの購入理由としてもよく口の端に上ったが、アクアも、年配の方が従来の大きなセダンなどから乗り換えるのに、いい選択肢だと思う。「HYBRID」の威光が効いて、“格落ち感”から逃れられる。プリウスより小ぶりな分、よりシニアの方向け……、というのは言葉が過ぎますね。購入価格は少し高めだが、以後の維持費が相対的に低いところも、余裕ある年金生活者に向いている。
トヨタの腕の見せどころ
「次の10年を担う」とうたわれるコンパクトハッチ、アクア。トヨタ車の台数があまり出ていないヨーロッパでは、「ヤリス(ヴィッツ)ハイブリッド」で自社製品の存在感アップを図り、一方、国内では、路上を走る“普通の”ヴィッツと紛れるのを嫌い、専用モデル「アクア」が用意された。ヴィッツより40mm長い2550mmのホイールベースに、全長3995mm、全幅1695mmの5ナンバーボディーを載せる。使いやすい大きさだ。
全高は、プリウスより45mmも低い1445mm。「ショート&トール」のヴィッツとは対照的なスポーティーさを狙った。プリウスとの共通性を感じさせるのがルーフラインで、サイドウィンドウのグラフィックから受ける印象より、水平気味に後方まで延びている。もちろん空力性能向上のためで、Cd値はわずか0.28。屋根は、剛性確保と空力を配慮して、ダブルバブルならぬカモメ型の断面となっている。走行中に空気をきれいに流すため、床下のフラット化にも余念がない。
ハッチバックをハイブリッド化させるにあたって、大きな壁はふたつ。「妥当な価格に抑えられるか」。「実用的なスペースを確保できるか」。前者においては、初代・2代目プリウスの技術的蓄積、生産量の累積による原価低減を生かし、後者はハイブリッドバッテリーの容量を減らして、荷室から後部座席の下に配置を変えることで、妥協点を見いだした。
1.5リッター直4(74ps/4800rpm、11.3kgm/3600-4400rpm)と交流モーター(64ps、17.2kmg)、それに発電機を組み合わせ、動力分配機構をCVTとして機能させるシステムは、基本的には先代プリウスのそれと変わらない。とはいえ、そのままではアクアのフロントに収まらない。モーター、ギアトレインの再設計、電動ウォーターポンプの採用、エンジン用とインバーター用ラジエターの一体化、電気関係の制御をつかさどるパワーコントロールユニットの見直しなど、各部を小型・軽量化し、「THS II(トヨタ・ハイブリッド・システム II)」のコンパクトクラス搭載を可能とした。
コンパクトカーらしからぬ……!?
最初に乗ったは、イエローの「S」。松竹梅の竹クラスである。通常は、「175/65R15」のタイヤサイズなのだが、試乗車は「ツーリングパッケージ」を装着していたため、専用サスペンションに「195/50R16」のタイヤを履いていた。
カムリと同サイズという大きめのシートに座って走り始める。アクアをして「コンパクトハッチの軽快感」を期待していると、あてが外れる。プリウスより300kg近く軽いはずなのに、不思議にドライブフィールは似ている。街なかを運転している限り、エンジンがモソモソとしゃべり、モーターとインバーターがときどき高周波の伴奏を入れながら、いつの間にか速度が上がり、特に盛り上がりがないまま巡航し、必要に応じて止まる。
特徴的なのはステアリングで、ちょっと切ると、グッと曲がる。「オッ」と思わせるギアの速さで、ステアリングホイールのロック・トゥ・ロックはわずか2回転と1/4ほど。回転半径は5.7m(ツーリングパッケージ装着車/ノーマルでは4.8m)。スポーティーな足まわりとの相乗効果で「エキサイティングか!?」というと、そうでもない。市街地では。ほどほどに締まった足でペタペタと走るばかり。山道やミニサーキットへ持って行くと、また印象が違うのかもしれない。
好感持てるシンプルグレード
次のグレードは、梅クラスの「L」。リッター40kmをうたう燃費グレードで、インパネまわりは樹脂の洪水だが、それはそれで潔くてよろしい。エンジニアの方によると法人向け、つまり「営業車用」とのこと。それにしては、ステアリングホイールのテレスコピック機能(前後調整)が省略されているのはともかく、シートリフターまで付かないのは、いかがなものか。走行距離が長くなりがちなセールスパースンの苦労を考えると、残念。サイズ、スライド量とも余裕あるドライバーズシートが泣くというものだ。
……などとブツブツいいながら試乗を開始したところ、アクアL、いいじゃないですか! いみじくも助手席のカメラマンが口にしたように、「なんだかクルマっぽい」。路面からの入力がわかりやすいし、乗り心地も優しい。Lだけはロック・トゥ・ロック=3回転とスローなステアリングギア比で、嫌みがない。
アクア全車のリアブレーキはドラム式だが、利きの遅さや利き始めると急激に制動力が上がる、といった悪癖は見せず、回生ブレーキから上手にストッピングパワーを渡され、ごく自然に止まる。そんな美点に気がつくのも、クルマ全体の印象がいいゆえ。その原因を探っていくと、なんのことはない。運転者の価値基準が旧態依然だからだ。
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広さ、ゆとりに文句なし
つまり「アクアL」は廉価版ゆえ、フードサイレンサーや高遮音製ガラスといったノイズ対策が施されていない。路面からの情報に加え、動力系のサウンドが室内に伝わりやすい。アクティブに運転している気になる。「エンジン・ビート」とか「4気筒のサウンド」なんて言葉に反応する旧式のクルマ好きには、なんだかうれしいグレードである。
最後のグレードは、アクアの松モデルたる「G」。革巻きステアリングホイール……はともかく、各所に銀色の加飾を施した室内は、「ちょっと方向性が違うんじゃないか?」と個人的には感じたが、そこは好き嫌いだろう。
アクアはヴィッツよりホイールベースが延びていることもあって、前席のスライド量アップに加え、後席の足まわりにも十分なスペースが取られる。ふくらはぎの後ろあたりに、座面下に収納されたバッテリーのでっぱりがあるが、普通に座っているぶんにはまったく気にならない。後席背もたれを倒した際に、荷室のフロアと段差が生じるが、実用上は問題ないはずだ。
「2020年のコンパクトカー」とのスローガンを掲げて開発されたトヨタ・アクア。水のような広がりを見せて、新たなハイブリッドモデルを誕生させるのか? はたまた、どこかへ流れ去ってしまうのか? 10年後が楽しみだ。
(文=青木禎之/写真=高橋信宏)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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