ポルシェ911 カレラS(RR/6MT)【試乗記】
カレラSを選ぶワケ 2008.04.16 試乗記 ポルシェ911 カレラS(RR/6MT) ……1536万4000円ポルシェ911シリーズには、実に様々なバリエーションがある。カレラSは、標準モデルのカレラより排気量が200cc大きい“モアパワフル”バージョン。その魅力に迫る。
ベスト911はどれだろう?
ポルシェ911シリーズのラインナップをあらためて見わたすと、その数の多さに驚く。GT2の登場で完成した現行の997型911のグレード数は全部で実に15モデルにも及び、ステアリングの左右、MT/ティプトロニックまで含めれば、選択肢はさらに増える。しかも、そのどれもが明確な個性を持っていて、それぞれに選びたくなる理由があるのだから溜息が出てしまう。どれを選んでも紛れもなく911であり、それぞれが明らかに違った味を堪能させてくれるのだ。
そんなラインナップの中から基本に立ち返って1台を選ぶなら、クーペボディで後輪駆動の「カレラ」シリーズが候補の筆頭に挙げられる。まさに911の基本形と言うべきカレラだが、実際に手に入れるとなったら、さてカレラとカレラSのどちらを選ぶべきか。カレラのエンジンは最高出力325psの3.6リッター。対するカレラSは最高出力355psの3.8リッターを積む。速さで選ぶならカレラSだが、それを突き詰めるならターボもGT3もある。それでもなお、カレラSを選ぶ理由はどこにあるだろうか?
“S”ならではの味わい
19インチターボホイール、PCCB、スポーツクロノパッケージ、スポーツシートを装備する試乗車の乗り心地はノーマルより硬めだ。PASMの効果でガツンッと強い衝撃が加わることはないが、いかにもバネ下が重くボディ全体が上下に揺すられる感は強い。けれども、そんなネガを確認しつつも実際には走り出して間もなく、こう感じていた。「でも、911はいいな」と。
車体が揺すられようとも、ガッチリとしたボディや精度の高い動きを見せるサスペンションがすべてを懐深く受け止めてくれるため、決して不快ではない。確かな直進性と骨太なステアリングフィール、後輪の力強い蹴り出し感、さらには信号での減速すらも快感に繋げるブレーキなどがそれに加わって、911は瞬間的にその独自の世界へと乗り手を誘う。
カレラSは、そこにエンジンの濃密な味わいが加わる。3.8リッターユニットはピークパワーもさることながらトルクに余裕があり、6速2000rpm辺りからでも右足に軽く力を入れればスーッと速度を上げていける。しかも、その時にフォーンと、鼻にかかったような甘いサウンドを奏でるのだから堪らない。これは素のカレラでは聞くことができないものだ。
いや、そもそも一定の速度を保って流している時の「ウー」というハミングさえ、フラット6の存在感を意識させるものとして、ポルシェに乗っている実感をますます濃密にする。それがカレラSのエンジンだ。この心地良い息吹きと、アクセル操作に即応する豊かなトルクのおかげで、速く走らせなくても気持ち良く、それどころか贅沢な楽しみすら味わえるのである。
速さだけでは語れない魅力
これまで、個人的にはカレラとカレラSだったら断然カレラを選ぶと思っていた。カレラ用3.6リッターの演出を極力省いたソリッドな回転フィーリングやサウンドこそが911には相応しく、一方のカレラSはやや演出過多で、最初は刺激的でもすぐ飽きそうだと感じていたのだ。けれど、攻めて走るのではなく適度なペースで流している時には、カレラSのそうした部分が何とも言えない豊潤な心地良さをもたらすことを今回改めて気付かされた。回さずにはいられないカレラとは明らかに違うこのキャラクターは、常に飛ばすばかりでなくもっと深い味わいを求める、少し落ち着いてきた大人の911フリーク向けと言えるかもしれない。
ただし、それを100%味わい尽くすには、やはりMTが必須だ。速さ等々の話ではなく、右足のわずかな動きにもきわめて正確に速度と回転数、そしてそのサウンドを上下させることができるから。ティプトロニックの、その辺のATとはまったく異なる機敏な変速ぶりにも感心させられるのだが、それでもトルコンATであることに変わりはなく、マニュアル車のダイレクト感まで期待できない。せっかくのポルシェの、911の、カレラSの、そうしたとっておきの楽しみをATでスポイルしてしまうのは、個人的にすごくもったいなく感じるのだ。
つくづく思うのは、スポーツカーの価値は速さだけでは語れないということ。そういう観点から見ても、カレラとカレラSの性格分けは巧みで、両車の存在にはそれぞれ意味があるように思える。考えてみれば、ポルシェが単に性能数値の差だけのために、ふたつのモデルをつくり分けするはずがない。911シリーズのワイドなラインナップ展開には、やはりそれに相応しい確固たる理由があるのだ。
(文=島下泰久/写真=荒川正幸)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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