メルセデス・ベンツC63 AMG(FR/7AT)【海外試乗記】
過激な末弟、現わる 2008.01.28 試乗記 メルセデス・ベンツC63 AMG(FR/7AT)……1020万円(車両本体価格)
新型Cクラスのコンパクトボディに、6.2リッターV8エンジンが搭載される「C63 AMG」。『CG』八木亮祐が本国ドイツで試乗した。
『CAR GRAPHIC』2007年12月号から転載。
ハイパフォーマンスの代名詞
ついにやってしまったか。AMG独自設計の“63AMGエンジン”が完成し、それをメインユニットに据えると発表した今、あえて古いSOHCの“55AMGエンジン”を積む理由などどこにもない。そう分かっていても、コンパクトなCクラスのボディに、S63AMGなどと同じ6リッターオーバーのV8が積まれた様を見れば、やはり驚かずにはいられない。AMG兄弟の過激な末弟、メルセデス・ベンツC63AMGの実力を、速度無制限のアウトバーンとのどかなカントリーロードで探ってきた。
メルセデスC63AMGのワールドプレミア発表は、先のフランクフルト・ショーである。しかしながら11月号のリポートでも分かるとおり、今年のショーはエコ一色。いかに設計年次が新しく、エミッション性能が改善されたとはいえ、絶対的に排気量が大きいモデルは二酸化炭素排出量ではどうしたって分が悪い。そういうこともあってか、環境対応への所信表明のようなプレス発表にあっては、その文脈にふさわしくないと判断されたのか、C63AMGはひっそりと展示発表されるに留まった。しかしそうは言っても高級車ブランドを見渡せば、環境色の裏でハイパフォーマンス合戦は沈静化するどころかむしろ熾烈さを増す一方。数年前ならばこのC63AMG、華々しく壇上に上がるに値するモデルだったはずだ。
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これ以上のパワーは危険?
何はともあれ、まずエンジンを紹介しよう。排気量6208cc、圧縮比11.3の4バルブV8から発生するパワーとトルクは、457ps/6800rpm、600Nm/5000rpm。同じユニットがS63AMGなどでは525psを絞り出していることを考えると、Cクラスにはそのデチューン版が搭載されているとも言えるのだが、両者で車重が300kg以上違うことを思えば、決してC63AMGの牙が抜かれているわけではない。ちなみにCクラスのDTMレースカーのパワーは約470psという。それにそもそも旧型にあたるC55AMG(5.5リッターNA V8、367ps/510Nm)と比べれば90psと90Nmの強化を果たしており、95kg増加して1730kgとなってしまった車重を考慮しても、進化の歩幅は大きい(パワーウェイト・レシオは4.5kg/ps→3.8kg/ps)。ギアボックスも旧型の5段ATから、7Gトロニック・ベースの“AMGスピードシフト・プラス”となっている。
最近の話だからあえて言うまでもないかもしれないが、55AMGユニットがメインだった頃には、排気量一律でもスーパーチャージャーの装着/非装着でかなりスペックに差がつけられ、おおまかに言ってボディが大柄なモデルは過給機付き、それ以外の小型モデルはNAだった。しかし今のところ63AMGユニットは自然吸気しか存在しないので、相対的に小柄で軽量なモデルほど過激になる傾向がある。その典型がC63AMGであるのだが、体感的な加速に影響するトルクウェイト・レシオも併せて考えると、“63系”過激さランキングでイイ位置に付けてくるもう1台のダークホースはCLK63AMG。脱線ついでに付け加えておくと、今のところ聞こえてくる噂の範囲では、ターボで武装された63AMGエンジンが出るとすれば、AMGオリジナルモデルとして開発が進むSLクラスのクーペモデルとなるようだ。
迫力のワイドトレッド
このC63AMG、見てほしい場所にはそれなりのアピールがあるので分かりやすい。ボンネットにある2本の長い峰は、V6より長いV8が詰め込まれている主張であるし、戦車のように張り出したフェンダーは、フロントで35mm、リアが12mm拡大されたトレッドの証である。その下に収まるタイアはフロント235/40R18、リア255/35R18となかなか迫力があるが、日本仕様C300アバンギャルドSが225/45R17:245/40R17を履くこと考えるとそうでもない? いやいや、欧州仕様だとC350でも225/45R17(前後とも)だから、日本仕様が太すぎるだけかもしれない。
サスペンション型式は旧型と同じ前が3リンク、後ろがマルチリンクとなっているが設計は新しく、標準Cクラスとはジオメトリーも異なる。スプリング、ガス封入式ダンパー、そしてスタビライザーは標準Cに比べると圧倒的に固いレートに設定されている。後述する乗り心地の話を少しだけ先取りして他モデルとの比較をしておくと、掛け値なしにラクシュリーな乗り心地を提供してくれるS63AMGやCLS63AMGとは、C63AMGは住む世界が明確に違っている。しかしながら旧型C55AMGに試乗した遠い記憶を手繰ったところ、C63AMGの方が“当たり”が丸く、あくまで硬質だったC55AMGのフラット感に対して、そこに柔和な感触が強くなっているから、着実に進化を果たしているのだ。
このサウンドは!
試乗会場にはドイツ的な几帳面さで様々な仕様のC63がズラリと並んでいた(タイトル写真)。これだけあると有り難みの方は薄れるというものだが、1台1台の押し出しの強さと存在感は減じられていない。まず筆者に手渡された試乗車はオプションの19インチ・ホイールを履く仕様だった。サイズはフロント235/35ZR19、リア255/30ZR19で、標準の18インチと幅は同じのままサイドウォールが薄くなっているかたちだ。
何気なくエンジンをかけたら、思いがけない音量の咆吼が上がって、偶然後ろを歩いていた人にスミマセンと言ってしまった。今度は機を見計らって軽くブリッピングして音色を確かめてみると、「フバババンッ!」というまさにチューンドV8としか表現しようのない激しいサウンドが、朝日に輝くライン川を響いて渡った。ほかの63AMGシリーズとはまったく音圧が違うではないか! ひとりのクルマ好きとしては、気持ちの高揚を抑えきれないサウンドだが、日本だと時と場所を考えながら走る必要があるな、なんて細かいことを心配してしまった。
駐車場から道まではしばらく石畳が続いていたが、そこを通る短い間だけでも、タイアとサスペンションが快適性に関して良い仕事をしてくれる予感が濃厚に匂っていた。これだけのハイパフォーマンス・カーだから、基本的にはビシッとダンピングの効いたマッシブな乗り心地だが、ゴツゴツした安っぽい微振動がまるで感じられないため、心が疲れないのだ。加えて驚くほど立体的な形状のシートは、強力なサイドサポート性もさることながら、乗員を包み込むように支えてくれる。少なくともスポーティカーに理解を示す人ならば、毎日苦もなく乗れるに違いない。後に18インチ・ホイール仕様と乗り比べると、意外にもこの19インチ(タイア銘柄はAMGにも採用されるようになったヨコハマ・アドバン・スポーツ)の方が、ダンピング特性のマッチングが良好で、乗り心地が澄んでいると感じた。
力強く、緻密
高速道路、特にアウトバーンのようなスピードレンジが高い道は、C63の真骨頂を味わえる“主戦場”のひとつだ。スタビリティと直進性は十二分で、160〜170km/h程度では「平和」とさえ言える安楽さがある。そのままスロットル・ペダルを踏み込めば、レッドゾーンに向けて突き抜けるような加速が始まり、何の抵抗も不安も感じないまま、意外なほど早く250km/hのスピードリミッターにブチ当たった。この速度域まで来ると風切り音が耳に刺さるようになるので、さすがに長時間の巡航はチトしんどいが、クルマとしてはまさに何の問題もない。現にドイツではこのスピードリミッターを解除するオプション(ドライバー・トレーニングを受ける必要がある)も用意される。
C63AMGの前後重量配分は54:46である。ベースの新型Cクラスは52:48だが、ノーズにぎっしりと詰め込まれた6.2リッターV8や、幾重にも重なる巨大なラジエター群の存在を思えば優秀な値で、AMGのエンジニアがこのV8エンジンの軽量さを主張していたのも頷ける。試乗コース中にあった狭く先の読めないカントリーロードは、C63AMGを存分に解き放つことが憚られるシチュエーションだったが、それでも僅かにスライドを許す程度のペースを心理的な余裕を持って保てたのは、バランスが良く、曖昧な感触を排除したシャシーと、圧倒的な制動力を持つブレーキのおかげだ。剛性感と正確性に富むステアリングを切り込めば、平行移動的なコーナリングを披露する。
このC63AMGから装備される“3ステージESP”はスタビリティ・プログラムの効きを3段階に変更でき、これを“オフ”に設定すると、パワースライドを誘うことは造作もない……というか、この場合させない方が難しいだろう。一方、スリップ感の少ない7段AT(シフトダウン時のブリッピング機能付き)と素直な特性のNAエンジンを駆使して、グリップぎりぎりのオン・ザ・レールを追求しながら走るのも至極楽しい。東京モーターショーで発表されたC63AMGの価格は1020万(税込)。旧C55AMGからは100万円以上値上がりしてしまったことになるが、大幅な性能アップとユーロ高の現状を考慮しなければならない。そもそも2000万円オーバーのS63やCL63と基本的に同じエンジンを積み、このC63から採用された新装備もあるくらいなのだから、これはバーゲン・プライスと言っていいのではないだろうか?
(文=八木亮祐/写真=メルセデス・ベンツ日本/『CAR GRAPHIC』2007年12月号)

八木 亮祐
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