第252回:「小さな故意のメロディー」に大矢アキオ怒る!
2012.07.06 マッキナ あらモーダ!第252回:「小さな故意のメロディー」に大矢アキオ怒る!
歓声もため息もシンクロ
2012年6月28日の夜、ボクは自動車都市トリノにいた。その晩はちょうどサッカー・ユーロ杯の準決勝で、ホテルの周囲に建つ住宅からテレビ観戦している人々の声が聞こえてきた。試合の推移に一喜一憂しているのだろう、各家庭から響く歓声やため息のタイミングがシンクロしているのが愉快だった。
やがて勝利が決まると多くの若者たちはクルマに乗り、高らかにホーンを鳴らしながら用もないのに眼下の広場周辺をグルグル走りだした。
一方、7月1日の決勝戦は悲しかった。サッカー好きの方ならご存じのとおり、イタリアはスペインに4対0でボロ負けしてしまった。ゲーム中盤には不利な戦況を察したのか、近所の家から聞こえてくるのは、準決勝のときとは違い、ため息ばかりだった。
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メロディーあふれる女房の実家
今回は「音」の話である。一般的に女房の実家というものは、夫にとって居心地のいいものではない。ボクの場合、女房の日本の実家にいてさらに居心地が悪いと感じる原因は、「お知らせメロディー」である。
電気炊飯器で米が炊けたとき、石油ファンヒーターの燃料がなくなったときや換気が必要なとき、そのたびに電子音のメロディーが鳴るのだ。あっちでピロピロ、こっちでピロピロ。ちなみにファンヒーターの警告は、燃料切れが「キラキラ星」、要換気が「ラブ・ミー・テンダー」である。
ボクはそのたびエルヴィス・プレスリーの声色で一緒に歌ってしのいでいる。だが本当は、こんなにメロディーが氾濫する日本家庭と、そこに平気な顔をして住んでいる義父と義姉は、かなりヤバいと思っている。
東京の街自体もメロディーであふれかえっている。その代表は鉄道駅である。複数のホームで同時に鳴り響く発車メロディーは、かなりうるさい。
もちろん、どんなに短いメロディーにも作り手がいて、計り知れない苦労をして制作している。限られた秒数にメロディーを濃縮するのは、コピーライターと同様の苦心が伴うだろう。加えて、東京における通勤電車の運転間隔の短さは世界の他都市の比ではないから、乗客に乗降を促すにはインパクトあるメロディーが必要なのかもしれない。しかし、欧州からいきなりやって来て毎日繰り返し聞かされると、かなり疲れが蓄積するのも事実だ。
日本でいくら子供をピアノやバイオリンなどのお稽古事に通わせても、家や公共の場でこんなに余計な音があふれかえっていては、音に対して繊細になれるのか、はなはだ疑問である。
対して、公共の場における心地よいジングルのお手本はパリにある。シャルル・ド・ゴール空港のターミナル内アナウンスの前で流れている「ピロリロリロリロ」という独特の電子音は、ボクが知る限り1980年代から使われているものだが、今もって未来の香りを漂わせる。東京・銀座の百貨店「プランタン銀座」でも店内放送用にサンプリングして使っているので、ご存じの方もいるだろう。
パリ交通営団(RATP)が駅構内でアナウンス前に挿入している短いオルゴール風メロディーも、駅によって若干音が割れていることに目をつぶれば、かわいくて心地よい。
フランス国鉄(SNCF)は女性の声の短いスキャットを駅構内放送のジングルにしている。なおSNCFはそれをテレビやラジオのCMでも使用し、もはや企業のアイコンとなっている。いずれも人の注意をひき、かつ耳障りに感じることが少ない秀逸なものだ。
クルマのよい音、悪い音
残念ながらクルマの世界でも、日本は音に対して配慮が足りず、残念な事例がある。最初にそう思ったのは1990年代初めのことだ。当時日本で販売される自動車は車速が約100km/hを超えると何らかの速度超過アラームが鳴るように保安基準で定められていた。
ある日本製高級車の速度超過アラームは、メロディーでいうと「ミ、ド」を繰り返すようになっていたのだが、“長三度”といわれるその音の開きが微妙に狂っていた。プロでなくても、ちょっと音楽をかじった人なら、気持ち悪くてたまらなかったに違いない。静粛性を追求するいっぽうで、なぜこういうところで手を抜くのかと悲しく思ったものだ。
日本の自動車工場もしかりである。ある工場では何のメロディーだったか忘れたが、無人搬送車がひたすら同じフレーズを繰り返していた。数十分間の見学のためにいたボクでさえ耳についてその晩枕元で繰り返し聞こえてきたのだから、毎日そこで働いている人の潜在意識には知らず知らずのうちにかなり影響し、ストレスの蓄積となっているに違いない。
整理・整頓が日本ほど徹底していない欧州メーカーの工場のほうが明らかに静かなのは皮肉ともいえる。
一方、心地よいクルマのアラーム音としてボクの記憶に残っているものがある。ひとつは昔東京で乗っていたビュイックの「ポ〜ン、ポ〜ン」というアラームだ。ライトの消し忘れか、シートベルトの締め忘れ警告かは忘れたが、当時のGM車によく使われていた音である。ピーピーいうアラームよりも穏やかな気持ちで対処できた。
1980年代の「CX」「BX」といったシトロエン車に装着されていた「ピャッ!」というホーンも、現在各車のスタンダードである「ベッベー」という音ほど威嚇的でなく好ましかった。
最近では「7シリーズ」など、BMWのハイエンドモデルのベルト締め忘れアラームが秀逸だ。さりげない和音なのだが、音色、音量ともに絶妙で高級感が漂う。下手なメロディーによるアラームなど要らないことがわかる。7シリーズは買えなくても、そのアラームユニットだけ別売りしてくれないかと本気で思わせるほどだ。日本車も、アラームの音色でそのクルマ自体が欲しくなってしまうようなモデルの登場を切に願う。
同時に、マイクロソフトやMacのOS起動音、もしくはノキア携帯電話のデフォルト呼び出し音「ノキアトーン」のように、ブランドのアイコンとなるようなメロディーがクルマの世界にも生まれれば楽しいな、と考えるのである。
なお最新情報によると、女房の実家では先日、高齢の義父のために緊急呼び出しボタンが設置され、新たに「おおスザンナ」と「It's a small world」が奏でられるようになったらしい。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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