第27回:ロボットが、踊って恋して人殺し!? これがインドパワー! − 『ロボット』
2012.05.09 読んでますカー、観てますカー第27回:ロボットが、踊って恋して人殺し!? これがインドパワー!−『ロボット』
自動車も映画もインドが一番
「ジャガー」と「ランドローバー」がインドのタタ・モーターズに買収されたのは、2008年のことだった。イギリス自動車ブランドの至宝が、かつての植民地の手に渡ったのだ。世界のIT産業はインド抜きでは成り立たないし、あと15年ほどで中国を抜いて人口が世界一になる。アメリカが抜きんでた超大国として君臨していた時代は終わりつつあり、インドは今一番勢いを感じる国の一つである。
映画の世界でも、それは同じだ。ジャガー・ランドローバー買収と同じ年、スティーヴン・スピルバーグ監督の会社ドリームワークスはインドから出資を受けた。2009年の大ヒット作『スラムドッグ$ミリオネア』は、インドのスラム街を舞台にダニー・ボイル監督が撮ったアメリカ映画だった。そもそも、映画の製作本数や観客動員数では、インドははるか昔から世界一である。
そして、世界を震撼(しんかん)させたインド映画の超問題作が、この『ロボット』である。なんともシンプルなタイトルだが、仕方がない。100体のロボットが踊り、走り、人殺しをするのだから。元気のある国ならではの過剰さが満ちあふれた、お祭りのような映画である。
ロボットの横恋慕で全面戦争に
主人公はロボット工学の権威バシー博士と、彼の作った高性能ロボットである。両者を演じるのは、インドのスーパースター、ラジニカーントだ。日本でも大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』で踊りまくっていた彼である。1995年製作のあの映画でも結構なおっさんだったが、まだ現役バリバリらしい。御年62で、実際にはおでこはハゲあがってテカテカだ。でも、ヅラとメークのおかげでスクリーンの中では30代にしか見えない。
恋人サナ役のアイシュワリヤー・ラーイも、若々しいけれど実は38歳。日本で62歳と38歳の男女が主演の映画を作れば、人生のたそがれを描くしっとりした作品になりそうだ。でも、ここインドでは何でもアリの超絶アクション映画ができあがる。
バシー博士は10年の研究の末、超高性能な二足歩行ロボットを開発する。なぜか自分そっくりの外見に仕上げ、チッティと名付けるのだが、彼は人間の心を理解しないため失敗を繰り返す。それで博士はチッティに感情の機微を教えるのだ。ロボットなのだから記憶チップを取り換えれば済みそうなものだが、古代インドの聖典である「リグ・ヴェーダ」なんぞをテキストにして、徹底的に個人教授する。
チッティは「メモリー1ゼタバイト、スピード1テラヘルツ」といって自己紹介しているから相当な高性能のはずだが、たまに見える内部の回路はハンダ付けしてあったりしてレトロな仕上がりだ。ネジ止めだって手でやっている。
人間の感情を得たチッティは、博士の恋人サナを好きになってしまう。人と機械の境を越えた横恋慕は、ついには軍隊との全面戦争にまで発展するのだ。なんとばからしい、とここで引いてはいけない。ストーリーなんてどうでもいいのだ。もっとばかばかしいことが、この後もどっさりとある。
インドのメルセデスは強化版?
バシー博士=チッティが乗っているのは、「メルセデス・ベンツCLK350」だ。インド仕様が特別なのか、このクルマがめっぽう丈夫なのだ。チッティが運転に慣れていないせいでいきなりクラッシュするのだが、バンパーやフェンダーが変形したように見えた後、何もなかったようにほとんど元通りになって走っていく。その後もカーチェイスで何度も激しく接触を繰り返し、その度に自動的に修復されるのだ。悠久の大国インドでは、いちいちそんな細かいことを気にしないのだろう。
チッティが作った自らのレプリカは最初100体だったはずだが、知らないうちにだんだん増加して最後には500体、いや1000体を超えていたかもしれない。数えきれないほどのロボットが、球体になったり、龍(りゅう)になったり、変幻自在に形を変えながら攻撃してくるのだ。ストーリーそのものがアレなわけだから、アクションシーンだって奇想天外になる。『トランスフォーマー』なんかは、変形にまだそれなりの理由付けがあった。インドでは、理屈よりも見た目の迫力のほうが優先されるらしい。
CGは『ターミネーター』や『アイアンマン』のチームが手がけているというから、間違いなく最先端のものだ。それだけでなくしっかりアナログも配合してくるところがインドのインドたるゆえんで、メイキング映像では本物のクルマをクレーンで放り投げて撮影するシーンもあった。
伝統的なインド映画の作法だって、しっかり守られている。愛の歌が流れる中、すばらしいプロポーションの女性が繰り出すダンスでは、セクシー&ダイナミックが爆発する。AKB48や少女時代が束になっても到底勝てそうにないパワフルさだ。ロボットだって負けてはいない。ゴールドのコスチュームに身を包んだストームトルーパーみたいな群衆が踊り狂う。ロボットだって、インドの魂は共有している。
139分間の上映時間は長いようだが、これは日本用の短縮版で、オリジナルは3時間近くある。それがインドのパワーなのだ。でも、キンキラの画面の中に異彩を放つ和みアイテムを見つけた。パトカーが、クラシックな「アンバサダー」なのだ。50年以上も作り続けられているモデルである。最先端にいても、核となる文化は守る。それが今後インドの強みとなってくる気がする。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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