フォード・フォーカス Sport(FF/6AT)
玄人好み 2013.05.14 試乗記 およそ5年ぶりに日本上陸を果たした、フォードのハッチバック「フォーカス」に試乗。3代目となる新型の走りや、いかに?「さまざまなこと思い出すフォーカスかな」
と、のっけからひどい字余りを呟(つぶや)いてしまうぐらい、「フォーカス」には懐かしい思い出が多い。例えば、途切れながらも延々と続くハドリアンウォールに沿って、丘を越え谷を下り、たどり着いたコッカマス。桂冠(けいかん)詩人ワーズワースの故郷として知られる湖水地方の外れの田舎町だが、ピーターラビットの世界に浸りに行ったわけではもちろんない。このカンブリア地方の小さな町にフォードのワークスラリー活動を請け負っていたMスポーツの本拠地があり、世界ラリー選手権にデビュー直後のフォーカスWRC(ワールドラリーカー)を製作するファクトリーを訪ねたことがあるのだ。その時は近くの森の中の峠道で、今は亡きコリン・マクレーの隣に乗せてもらった。鼻歌を歌いながら、イン側のタイヤを完全に空中に浮かせて(崖からはみ出して)コーナリングするマクレーに「いきなり何すんだ、コイツ」とビックリしたことを覚えている。
ドイツラリーの取材の際に、ベルギー国境近くのアウトバーンで、テスト中とおぼしきフォーカス(たぶん発売前の「RS」)3台と深夜に遭遇したこともある。ラリーの舞台であるモーゼル川流域はヨーロッパ・フォードの本拠地たるザールルイ工場から遠くない。その頃は『カーグラフィック』の長期テスト車として初期型「フォーカス1.6 GHIA(ギア)」に乗っていたこともあり、特徴的なテールランプが一糸乱れぬ隊列を組んで闇に消えて行くのを、親近感をもって見送ったものだ。
WRC取材の関係で市販モデルの発売前からフォーカスに接していたせいで、いつの間にか身びいきになっていた私からすれば、日本におけるフォーカスは過小評価されているようでどうにも歯がゆかった。そもそも1998年デビューのフォーカスは、それまでの「エスコート」を引き継ぐCセグメントの主力モデルであり、フォードの威信をかけて強敵「フォルクスワーゲン・ゴルフ」と真っ向勝負する役目を負った意欲作。実際、一時はゴルフをしのぐほどのベストセラーにもなり、またヨーロッパと北米のカー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞した唯一のクルマでもある。要するに世界的に見ると非常にポピュラーなヒット作だったにもかかわらず、日本では2000年の導入当初に話題に上ったことを除けば、ご存じの通りローキーなまま。特に2005年にボディーがひと回り大きくなった2代目にモデルチェンジして間もなく、フォード・ジャパンが路線を変更して「エクスプローラー」や「マスタング」などアメリカ製モデルに集中し、セダン系がラインナップ落ちしてからは、ますます存在感が希薄になってしまっていた。
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第一級の足まわり
そんな紆余(うよ)曲折を経て再び日本に導入された新型フォーカスは2010年デビューの3代目、今回はタイ工場製の右ハンドル仕様で、自然吸気の直噴2リッター4気筒DOHC(170ps、20.6kgm)とデュアルクラッチ式“パワーシフト”6段ATを搭載し、大きなリアスポイラーや17インチタイヤなどを備えた「Sport(スポーツ)」というグレードのみとなる。タイ工場製と聞いて不安を感じる人がまだいるかもしれないが、それはまったくの杞憂(きゆう)である。というより、新型フォーカスのドライビングクオリティーは最近ではベストと言ってもいいぐらいだ。
何よりもしなやかでスムーズな足まわりが特筆ものである。“スポーツ”という紋切り型のネーミングがもったいないぐらい上質で大人びており、かつハンドリングも俊敏だ。もともとフォーカスはその素直でレスポンスの良いハンドリングには定評があった。「コントロールブレード」と称するマルチリンクのリアサスペンションをこのクラスで真っ先に取り入れて、フォルクスワーゲン・ゴルフに衝撃を与えたのが初代フォーカスである。素っ気なくて洗練度に欠けるインテリアや古臭い4段ATが弱点だったとはいえ、走らせれば素晴らしい実力の持ち主だったのである。ただし、乗り心地についてはNVHの遮断などの面でやや粗い印象もあったが、この新型では見事に改善されている。しっかりとしたボディーの剛性感、フリクションを感じさせない滑らかでフラットな乗り心地、鋭いだけでなく路面からの情報を余すところなく伝えるステアリングなど、ダイナミックな性能は現在のCセグメントハッチバックの中でもトップレベルといえる。あえて難点を挙げるとすれば、非常に軽い電動パワーステアリングを切り込んでいく途中にわずかな操舵(そうだ)力の“段付き”感があることと、Cセグメントとしてはだいぶ大きくなったボディーゆえの(初代に比べると全長で20cmも長い)大きな回転半径(6.0m)ぐらいだろう。
もう少し大人っぽく
健康的に気持ちよく回る自然吸気エンジンと、小気味よくスムーズに変速していくギアボックスの組み合わせも素晴らしい。直噴ターボを積むライバルと比べると低中速域でのトルクの分厚さではさすがに一歩譲るが、実用上は十分以上であり、しかも回転とともにリニアに力強くなっていく感覚は今では逆に新鮮で好ましい。ただし、その切れの良いパワートレインと抜群のハンドリングに誘われてもっと飛ばそうと思うと、やはりシフトパドルが備わらないことが物足りない。代わりにシフトレバー横に付いたシーソー式のサムスイッチでマニュアル操作も可能だが、使いやすさではいまひとつ。これなら立派なシフトレバーそのものを前後に動かすタイプのほうがいい。
個人的な好みも入るが、ゲームセンターのコックピットのようなインストゥルメントもちょっといただけない。中でもセンターコンソール中央のオーディオ操作系は、垂直面に近いパネルにスイッチが独立して設けられているために、使いにくいだけでなく、そのデザインやトリムのテクスチャーも子供っぽいというのが正直な感想だ。そのいっぽうでシートは分厚くがっしりとしてホールド性が高く、ドライビングポジションそのものも非常によろしい。このような機能本位とやややぼったい演出が混在するところもフォードらしいといえるかもしれないが、できればこの抜群の出来栄えのシャシーをもっとシンプルに、すっきりとしたスタイルで楽しみたいと思う。上等なドライビングダイナミクスに子供っぽいエアロパーツや劇画調のコックピットは似合わない。フォーカスの素性の良さをいわゆる玄人さんにアピールするためにも、さらりとした簡潔なモデルをラインナップしてほしい。
(文=高平高輝/写真=田村弥)
テスト車のデータ
フォード・フォーカス Sport
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4370×1810×1480mm
ホイールベース:2650mm
車重:1380kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段AT
最高出力:170ps(125kW)/6600rpm
最大トルク:20.6kgm(202Nm)/4450rpm
タイヤ:(前)215/50R17(後)215/50R17(ミシュラン・プライマシーLC)
燃費:12.0km/リッター(JC08モード)
価格:293万円/テスト車=293万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2765km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:138.4km
使用燃料:9.9リッター
参考燃費:14.0km/リッター(満タン法)

高平 高輝
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